昔話『仁王とどっこい』のあらすじ・内容解説・感想|おすすめ絵本
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 おもものげるときやすわるときに、おもわず「どっこいしょ」とこえはっしてまうことはありませんか。ちかられるとき、日本人にっぽんじん自然しぜんくちからはっしてしまう、この「どっこいしょ」という言葉ことば由来ゆらいが、『仁王におうとどっこい』です。

 今回こんかいは、『仁王におうとどっこい』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいします!

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概要

 『仁王におうとどっこい』は、東北とうほく地方ちほう位置いちする青森県あおもりけんや、九州きゅうしゅう地方ちほう位置いちする佐賀県さがけん熊本県くまもとけん鹿児島県かごしまけんつたわる民話みんわです。

 日本にっぽん中国ちゅうごく舞台ぶたいのおはなしということもあり、中国ちゅうごく地理的ちりてきちか九州きゅうしゅう地方ちほうには、おおくの地域ちいき類話るいわ伝承でんしょうされています。

 『仁王におうとどっこい』には、ふたつの由来ゆらいのおはなしまっています。ひとつは、ちかられるときやすわるときなどに、日本人にっぽんじんくちからはっする「どっこいしょ」という言葉ことば由来ゆらいと、もうひとつは、どうして仁王におう寺院じいん表門おもてもん安置あんちされるようになったかの由来ゆらいです。

 昭和しょうわ18ねん(1943ねん)に地平社ちへいしゃ書房しょぼうより発行はっこうされた荒木精之あらきせいしの『肥後ひご民話集みんわしゅう』に「ガマのくに遠征えんせいしてすごすごにげかえった仁王におうさんのはなし」のだい収録しゅうろくされたのが初出しょしゅつといわれています。

 かつてテレビで一大いちだいブームをつくった『まんが日本にっぽんむかしばなし』が、二見ふたみ書房しょぼうより二見ふたみサラ文庫ぶんことして刊行かんこう。『仁王におうとどっこい』のおはなしは『まんが日本にっぽんむかしばなし だい20かん』のなか収録しゅうろくされています。

 『肥後ひご民話みんわ ([新版しんぱん]日本にっぽん民話みんわ 27)』は、未來社みらいしゃから出版しゅっぱんされています。荒々あらあらしい自然しぜん環境かんきょう生活せいかつする阿蘇あそ地方ちほう熊本くまもと天草あまくさ地方ちほうなどの民衆みんしゅう伝承でんしょうされた、おおらかであり、たくましくもあるのに、とぼけたユーモアにもみちあふれた、型破かたやぶりの民話みんわ60ぺんとわらべうたが収録しゅうろくされています。

 『薩摩さつま大隅おおくま民話みんわ ([新版しんぱん]日本にっぽん民話みんわ 28)』は、未來社みらいしゃから出版しゅっぱんされています。九州きゅうしゅう南部なんぶ地域ちいきばれるみなみ九州きゅうしゅうは、民芸みんげい民間みんかん伝承でんしょう宝庫ほうこです。農民のうみん伝承でんしょうたくして、支配しはいそうである武士ぶしたちを批判ひはんしたり抵抗ていこうしたり、あたらしい社会しゃかいもとつづけた庶民しょみんきる知恵ちえたくましさがりなす民話みんわ81ぺんとわらべうたが収録しゅうろくされています。

 『種子島たねがしま民話みんわ 第一集だいいっしゅう ([新版しんぱん]日本にっぽん民話みんわ 33)』は、未來社みらいしゃから出版しゅっぱんされています。異国船いこくせん黒潮くろしお潮流ちょうりゅうり、日本にっぽん鉄砲てっぽう伝来でんらいしました。南海なんかいみどりしまである種子島たねがしまは、いわば日本にっぽんみなみ玄関口げんかんぐちです。きゅう石器せっき時代じだいには人類じんるい生活せいかいをしていた、数少かずすくない離島りとうひとつでもある種子島たねがしまは、いにしえの時代じだいから民話みんわ豊富ほうふです。ゆたかな民話みんわ60ぺん収録しゅうろくされています。

 『桃太郎ももたろうしたきりすずめはなさかじい』は、岩波文庫いわなみぶんこから出版しゅっぱんされています。じっくりとすすめることで、多面性ためんせい意外性いがいせい、そして物語ものがたり魅力みりょくあじわうことができます。大人おとなだからこそむべき昔話むかしばなしが70ぺん収録しゅうろくされています。

あらすじ

 むかしむかし、日本にっぽん仁王におうという大変たいへんちからちのおとこがいました。

 相撲すもうっても、つなきをしても一度いちどけたことがありませんでした。

 「わしとちからくらべをするものはおらぬか」
って、仁王におう日本にっぽんじゅうまわったが、だれ相手あいてになりませんでした。

 もう日本にっぽんでは仁王におうにかなうものはいませんでした。

 ある仁王におう八幡はちまんさまへって、
 「とうくにには、“どっこい”というちからちがいるときました。わしはそれとちからくらべをしたいとおもっています」
とおうかがいしたところ、
 「よかろう。まもがたなわりにこれをってくがよい」
八幡はちまんさまはって、南蛮なんばんてつをもることが出来できるヤスリを仁王におうわたしました。

 仁王におうふねいで中国ちゅうごくかけていきました。

 とうくにいた仁王におうは、ほうぼうをさがし、どっこいのいえをようやくさがてました。

 どっこいのいえには、おばあさんがひとりでいたので、
 「どっこいはいるかね。わしは日本にっぽんいちちからちの仁王におうというものだ。ちからくらベにたとつたえてくれ」
仁王におう大声おおごえうと、
 「そろそろおひるじゃ。もうもどってくるから、すこしおちなさい」
とおばあさんは仁王におういました。

 仁王におうっていると、おばあさんはめし仕度したくりかかりました。

 おおきなかまこめ何俵なんひょうれて、まきをドカドカくべてゴーゴーやし、まるで火事かじみたいないきおいでめしくので、
 「そんなにたくさんのめしいて、だれうんじゃ」
仁王におうたずねると、
 「これかあ、これはおらとじいさまと息子むすこのどっこいと三人さんにんぶんだ」
とおばあさんがうので、
 「何日なんにちぶんじゃ」
仁王におうくと、
 「なあに、一回いっかいってしまう」
とおばあさんがこたえました。

 「いくら三人さんにんとはいえ、このりょうを...しかも一回いっかいで」
おどろきながら、仁王におうはつぶやきました。

 仁王におうが、
 「こりゃちからくらべどころではないかもしれない」
弱気よわきになっていると、

 ズッシン ドッシン ズシン
 ズッシン ドッシン ズシン

おもひびきがしてきて、いえがミリミリとおとててれました。

 「ばあさま、あれはなんおとじゃ」
仁王におうたずねると、
 「ああ、あれかい。あれはおらの息子むすこのどっこいがあるいているおとさ。一里いちりこうからああいうおとこえるんだ。いつものことさ」
とおばあさんがこたえました。

 ひびきのような足音あしおとに、こわくなった仁王におうは、
 「わし、ちょっくら便所べんじょってくる」
って、便所べんじょまどからしました。

 「どっこいというのは、きっとものちがいない。これはげるがちじゃ」
おもった仁王におうは、浜辺はまべくとふねり、おおいそぎでしました。

 さて、どっこいがかえってくると、戸口とぐちおおきな草鞋わらじあとつけました。

 「こんなっきな草鞋わらじいているのは、日本にっぽん仁王におうしかいねえぞ。さては、ちからくらべにたな。おっかあ、仁王におうはどこにいる?」
とどっこいがくと、
 「いま便所べんじょっている」
とおばあさんはいました。

 そこで、どっこいが便所べんじょってみると、なかからっぽで、仁王におうはいませんでした。

 「さては、げたな。ここまでて、おらと勝負しょうぶしないでかえるなんて、うわさほどでもない弱虫よわむしだな。よーし、とっつかまえて、もどしてくる」
って、どっこいは、ながくさりのついたおおきなイカリをかついで、仁王におう足跡あしあといかけました。

 どっこいが浜辺はまべくと、とおくに仁王におうふねえました。

 「仁王におうよ、ちからくらべをしないでげるは卑怯ひきょうだぞー」
おおごえさけぶと、どっこいはふねめがけてイカリをげました。

 すると、どっこいのげたイカリはピューンとそらび、仁王におうふねにズッガとさりました。

 「こらあ大変たいへんだ!」
おもった仁王におうは、必死ひっしふねぎますが、どっこいが怪力かいりきくさりをドンドンり、グイグイとふねせました。

 「このままでは、ふねもどされてしまう」
おもった仁王におうは、そのとき日本にっぽん出発しゅっぱつするときに八幡はちまんさまからもらったヤスリのことをおもしました。

 「八幡はちまんさま、おまもりください」
いながら、仁王におうはヤスリでくさりをこすると、くさりはプッツリとれました。

 そのたんに、ちから一杯いっぱいくさりっていたどっこいは、ズデーンとうみなかしりもちをつきました。

 ドドド ドドド
 ドドド ドドド

 おおきなひびきとともに、津波つなみこりました。

 仁王におうは、これさいわいとばかりに、そのなみってることができました。

 れたくさりて、どっこいは、
 「なんという怪力かいりきだ。おらでもこのくさりれない。勝負しょうぶしなくてよかった」
おどろきました。

 日本にっぽんかえった仁王におうは、八幡はちまんさまのところをおとずれ、とうくにでのこと顛末てんまつをすべてはなし、おれいべると、門番もんばんとして八幡はちまんさまにおつかえするようになりました。

 おおむかしにそんなことがあったので、いまでもおもものときとうくにでは「におう」とかけごえし、日本にっぽんでは「どっこいしょ」とうようになりました。

解説

 『仁王におうとどっこい』では、仁王におう過信かしんからくる自信じしんにより、どっこいとの無茶むちゃちからくらべが、「どっこいしょ」という言葉ことば由来ゆらいとされていますが、じつは、「どっこいしょ」という言葉ことばは、仏教ぶっきょう用語ようご由来ゆらいではないかともいわれています。

 山岳さんがく修行しゅぎょうする行者ぎょうじゃが、霊山れいざんのぼるときに「六根ろっこん清浄しょうじょう」ととなえながらあるきます。そのごえが、時代じだいて「どっこいしょ」という言葉ことば変化へんかしたといわれます。

 「六根ろっこん」とは仏教ぶっきょう世界せかいで、人間にんげんそなわった、むっつの認識にんしき根幹こんかんで、げん(視覚しかく)・(聴覚ちょうかく)・(嗅覚きゅうかく)・ぜつ(味覚みかく)・しん(触覚しょっかく)・(意識いしき)のことです。

 仏教ぶっきょうでは、器官きかんそのものより、そのはたらきを重視じゅうしする見方みかたがあるため、このむっつが我欲がよく執着しゅうちゃくにまみれていると、ただしいみちくことがかないません。

 そこで、不浄ふじょうなものをり、やまごもりをして俗世間ぞくせけんとの接触せっしょくち、こころきよめるため、行者ぎょうじゃが「六根ろっこん清浄しょうじょう」ととなえるようになったといわれています。

 また、民俗みんぞく学者がくしゃ柳田國男やなぎたくにおは、「何処どこへ」が語源ごげんいています。

 「なんの!」や「どうして!」といった、相手あいて発言はつげんをさえぎるために使つか感動詞かんどうしがなまった言葉ことばといっています。

 つまり、「どこへ」が「どっこい」となり「どっこいしょ」になったということです。

 現在げんざいでも使つかわれている「ところが、どっこい」という言葉ことばや、相撲すもう使つかう「どすこい」というごえおな語源ごげんだそうです。

 ちなみに、「どっこいしょ」にはのう活性化かっせいかする効果こうかがあるそうです。

 これは科学的かがくてき証明しょうめいされていて、「どっこいしょ」とはっすることで、のう刺激しげきくわわり、呼吸こきゅうをするタイミング、からだうごかすタイミングが調節ちょうせつされ、ちからしやすくなるそうです。

 こえしながらからだうごかすというのは、からだまもるための先人せんじん知恵ちえなのかもしれません。ぎっくりごしやケガなどの防止ぼうしにもつながるので、ちかられるときは、「どっこいしょ」をどんどんはっしていきましょう。

感想

 ひとかんがかたによって、行動こうどうわり、人生じんせいわっていきます。それは幸福感こうふくかんにつながる大切たいせつなことです。とく気分きぶんんでいるときには、気分きぶん転換てんかんをすることで、心身しんしんともに様々さまざまなメリットをることができます。

 さて、古来こらいより、日本にっぽんでは、やま宿やどかみ信仰しんこうする「山岳さんがく信仰しんこう」があります。

 山岳さんがく修行しゅぎょうする行者ぎょうじゃは、霊山れいざんのぼとき仏教ぶっきょう用語ようごの「六根ろっこん清浄しょうじょう」ととなえながらあるきます。ちなみに、「六根ろっこん」とは、げん(視覚しかく)・(聴覚ちょうかく)・(嗅覚きゅうかく)・ぜつ(味覚みかく)・しん(触覚しょっかく)・(意識いしき)のことです。ひとかんじる五感ごかんこころした六感ろっかんです。

 「六根ろっこん清浄しょうじょう」とこえしながらやまのぼることで、むっつの器官きかんからはいってくるさまざまな情報じょうほうり、肉体にくたい精神せいしんきよらかな状態じょうたいにして、やまのぼることが大切たいせつという思想しそうからまれたごえとのことです。

 その「六根ろっこん清浄しょうじょう」というごえが、時代じだいて「どっこいしょ」という言葉ことば変化へんかしたといわれています。

 こころ清浄せいじょう無垢むくになろうという、いのりの言葉ことばが「どっこいしょ」ということは、つまりは、こころ気持きもちよくきるためにリセットする魔法まほう言葉ことばが「どっこいしょ」ということなのです。

 私たち日本人にっぽんじんが、ちかられるときやすわるときなどに、「どっこいしょ」とくちからはっすることで、あらたな気持きもちちにリセットすることができるということです。

 とく意識いしきもせず、日常的にちじょうてきくちからはっしている「どっこいしょ」という言葉ことばが、知らないうちに心身しんしんをリセットし、自分じぶんあたらしくみがいてくれるのかとかんがえると、言霊ことだま表現ひょうげんされる言葉ことば神秘的しんぴてき霊力れいりょくや、日本語にほんごひびかせる言葉ことば意味いみ精神性せいしんせい奥深おくぶかさに、あらためて感心かんしんさせられます。

まんが日本昔ばなし

仁王におうとどっこい
放送日: 昭和52年(1977年)01月29日
放送回: 第0114話(0069 Bパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 樋口雅一
文芸: 沖島勲
美術: 樋口雅一(青木稔)
作画: 樋口雅一
典型: 由来譚ゆらいたん金剛力士伝説こんごうりきしでんせつ
地域: 東北地方(青森県)

 Amazonプライム・ビデオで、『まんが日本にっぽんむかしばなし』へ、ひとっび。

 かつてテレビで一大いちだいブームをつくった『まんが日本にっぽんむかしばなし』のなかから傑作けっさく101厳選げんせんしました!

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 『仁王におうとどっこい』は「DVD-BOXだい10しゅう 第49かん」でることができます。

最後に

 今回こんかいは、『仁王におうとどっこい』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいしました。

 日本人にっぽんじん自然しぜんくちからはっしてしまう「どっこいしょ」という言葉ことばが、日本にっぽんの「仁王におう」ととうくにの「どっこい」という、うみをははさんだふたつのくににそれぞれむ、二人ふたりおとこちから自慢じまん由来ゆらいとはおどろきですね。『仁王におうとどっこい』は、スリル満点まんてんで、とても豪快ごうかいなおはなしです。ぜひれてみてください!

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