重い物を持ち上げるときや座るときに、思わず「どっこいしょ」と声を発してまうことはありませんか。力を入れるとき、日本人が自然と口から発してしまう、この「どっこいしょ」という言葉の由来が、『仁王とどっこい』です。
今回は、『仁王とどっこい』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『仁王とどっこい』は、東北地方に位置する青森県や、九州地方に位置する佐賀県・熊本県・鹿児島県に伝わる民話です。
日本と中国が舞台のお話ということもあり、中国と地理的に近い九州地方には、多くの地域で類話が伝承されています。
『仁王とどっこい』には、二つの由来のお話が詰まっています。ひとつは、力を入れるときや座るときなどに、日本人が口から発する「どっこいしょ」という言葉の由来と、もうひとつは、どうして仁王が寺院の表門に安置されるようになったかの由来です。
昭和18年(1943年)に地平社書房より発行された荒木精之の『肥後民話集』に「ガマの国に遠征してすごすご逃帰った仁王さんの話」の題で収録されたのが初出といわれています。
あらすじ
むかしむかし、日本に仁王という大変な力持ちの男がいました。
相撲を取っても、綱引きをしても一度も負けたことがありませんでした。
「わしと力くらべをする者はおらぬか」
と言って、仁王は日本中を回ったが、誰も相手になりませんでした。
もう日本では仁王にかなう者はいませんでした。
ある日、仁王は八幡さまへ行って、
「唐の国には、“どっこい”という名の力持ちがいると聞きました。わしはそれと力くらべをしたいと思っています」
とお伺いしたところ、
「よかろう。守り刀の代わりにこれを持って行くがよい」
と八幡さまは言って、南蛮鉄をも切ることが出来るヤスリを仁王に渡しました。
仁王は舟を漕いで中国へ出かけていきました。
唐の国に着いた仁王は、ほうぼうを探し、どっこいの家をようやく探し当てました。
どっこいの家には、お婆さんがひとりでいたので、
「どっこいはいるかね。わしは日本一の力持ちの仁王という者だ。力くらベに来たと伝えてくれ」
と仁王が大声で言うと、
「そろそろお昼じゃ。もう戻ってくるから、少しお待ちなさい」
とお婆さんは仁王に言いました。
仁王が待っていると、お婆さんは飯の仕度に取りかかりました。
大きな釜に米を何俵も入れて、薪をドカドカくべてゴーゴー燃やし、まるで火事みたいな勢いで飯を炊くので、
「そんなにたくさんの飯を炊いて、誰が食うんじゃ」
と仁王が尋ねると、
「これかあ、これはおらと爺さまと息子のどっこいと三人で食う分だ」
とお婆さんが言うので、
「何日分じゃ」
と仁王が聞くと、
「なあに、一回で食ってしまう」
とお婆さんが答えました。
「いくら三人とはいえ、この量を...しかも一回で」
と驚きながら、仁王はつぶやきました。
仁王が、
「こりゃ力くらべどころではないかもしれない」
と弱気になっていると、
ズッシン ドッシン ズシン
ズッシン ドッシン ズシン
と重い響きがしてきて、家がミリミリと音を立てて揺れました。
「婆さま、あれは何の音じゃ」
と仁王が尋ねると、
「ああ、あれかい。あれはおらの息子のどっこいが歩いている音さ。一里向こうからああいう音が聞こえるんだ。いつものことさ」
とお婆さんが答えました。
地ひびきのような足音に、怖くなった仁王は、
「わし、ちょっくら便所さ行ってくる」
と言って、便所の窓から逃げ出しました。
「どっこいというのは、きっと化け物に違いない。これは逃げるが勝ちじゃ」
と思った仁王は、浜辺に着くと舟に乗り、大急ぎで漕ぎ出しました。
さて、どっこいが帰ってくると、戸口に大きな草鞋の跡を見つけました。
「こんな大っきな草鞋を履いているのは、日本の仁王しかいねえぞ。さては、力くらべに来たな。おっかあ、仁王はどこにいる?」
とどっこいが聞くと、
「今、便所さ行っている」
とお婆さんは言いました。
そこで、どっこいが便所に行ってみると、中は空っぽで、仁王はいませんでした。
「さては、逃げたな。ここまで来て、おらと勝負しないで帰るなんて、噂ほどでもない弱虫だな。よーし、とっ捕まえて、連れ戻してくる」
と言って、どっこいは、長い鎖のついた大きなイカリをかついで、仁王の足跡を追いかけました。
どっこいが浜辺に着くと、遠くに仁王の漕ぐ舟が見えました。
「仁王よ、力くらべをしないで逃げるは卑怯だぞー」
と大声で叫ぶと、どっこいは舟めがけてイカリを投げました。
すると、どっこいの投げたイカリはピューンと空を飛び、仁王の漕ぐ舟にズッガと突き刺さりました。
「こらあ大変だ!」
と思った仁王は、必死に舟を漕ぎますが、どっこいが怪力で鎖をドンドン引っ張り、グイグイと舟を手繰り寄せました。
「このままでは、舟が引き戻されてしまう」
と思った仁王は、その時、日本を出発するときに八幡さまからもらったヤスリのことを思い出しました。
「八幡さま、お守りください」
と言いながら、仁王はヤスリで鎖をこすると、鎖はプッツリと切れました。
そのたんに、力一杯で鎖を引っ張っていたどっこいは、ズデーンと海の中に尻もちをつきました。
ドドド ドドド
ドドド ドドド
大きな地響きとともに、津波が起こりました。
仁王は、これ幸いとばかりに、その波に乗って逃げ切ることができました。
切れた鎖を見て、どっこいは、
「なんという怪力だ。おらでもこの鎖は切れない。勝負しなくてよかった」
と驚きました。
日本に帰った仁王は、八幡さまのところを訪れ、唐の国での事の顛末をすべて話し、お礼を述べると、門番として八幡さまにお仕えするようになりました。
大昔にそんなことがあったので、今でも重い物を持つ時、唐の国では「におう」とかけ声を出し、日本では「どっこいしょ」と言うようになりました。
解説
『仁王とどっこい』では、仁王の過信からくる自信により、どっこいとの無茶な力くらべが、「どっこいしょ」という言葉の由来とされていますが、実は、「どっこいしょ」という言葉は、仏教用語が由来ではないかともいわれています。
山岳修行する行者が、霊山に登るときに「六根清浄」と唱えながら歩きます。その掛け声が、時代を経て「どっこいしょ」という言葉に変化したといわれます。
「六根」とは仏教の世界で、人間に備わった、六つの認識の根幹で、眼(視覚)・耳(聴覚)・鼻(嗅覚)・舌(味覚)・身(触覚)・意(意識)のことです。
仏教では、器官そのものより、その働きを重視する見方があるため、この六つが我欲や執着にまみれていると、正しい道を行くことが叶いません。
そこで、不浄なものを断ち切り、山ごもりをして俗世間との接触を絶ち、身も心も清めるため、行者が「六根清浄」と唱えるようになったといわれています。
また、民俗学者の柳田國男は、「何処へ」が語源と説いています。
「なんの!」や「どうして!」といった、相手の発言をさえぎるために使う感動詞がなまった言葉といっています。
つまり、「どこへ」が「どっこい」となり「どっこいしょ」になったということです。
現在でも使われている「ところが、どっこい」という言葉や、相撲で使う「どすこい」という掛け声も同じ語源だそうです。
ちなみに、「どっこいしょ」には脳を活性化する効果があるそうです。
これは科学的に証明されていて、「どっこいしょ」と発することで、脳に刺激が加わり、呼吸をするタイミング、体を動かすタイミングが調節され、力を出しやすくなるそうです。
声を出しながら体を動かすというのは、体を守るための先人の知恵なのかもしれません。ぎっくり腰やケガなどの防止にもつながるので、力を入れるときは、「どっこいしょ」をどんどん発していきましょう。
感想
人は考え方によって、行動が変わり、人生が変わっていきます。それは幸福感につながる大切なことです。特に気分が落ち込んでいる時には、気分転換をすることで、心身ともに様々なメリットを得ることができます。
さて、古来より、日本では、山に宿る神を信仰する「山岳信仰」があります。
山岳修行する行者は、霊山に登る時、仏教用語の「六根清浄」と唱えながら歩きます。ちなみに、「六根」とは、眼(視覚)・耳(聴覚)・鼻(嗅覚)・舌(味覚)・身(触覚)・意(意識)のことです。人が感じる五感に心を足した六感です。
「六根清浄」と声に出しながら山に登ることで、六つの器官から入ってくるさまざまな情報を断ち切り、肉体と精神を清らかな状態にして、山に登ることが大切という思想から生まれた掛け声とのことです。
その「六根清浄」という掛け声が、時代を経て「どっこいしょ」という言葉に変化したといわれています。
身も心も清浄無垢になろうという、祈りの言葉が「どっこいしょ」ということは、つまりは、身も心も気持よく生きるためにリセットする魔法の言葉が「どっこいしょ」ということなのです。
私たち日本人が、力を入れるときや座るときなどに、「どっこいしょ」と口から発することで、新たな気持ちにリセットすることができるということです。
特に意識もせず、日常的に口から発している「どっこいしょ」という言葉が、知らないうちに心身をリセットし、自分を新しく磨いてくれるのかと考えると、言霊と表現される言葉が持つ神秘的な霊力や、日本語が響かせる言葉の意味の精神性と奥深さに、あらためて感心させられます。
まんが日本昔ばなし
『仁王とどっこい』
放送日: 昭和52年(1977年)01月29日
放送回: 第0114話(0069 Bパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 樋口雅一
文芸: 沖島勲
美術: 樋口雅一(青木稔)
作画: 樋口雅一
典型: 由来譚・金剛力士伝説
地域: 東北地方(青森県)
『仁王とどっこい』は「DVD-BOX第10集 第49巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『仁王とどっこい』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
日本人が自然と口から発してしまう「どっこいしょ」という言葉が、日本の「仁王」と唐の国の「どっこい」という、海をは挟んだ二つの国にそれぞれ住む、二人の男の力自慢が由来とは驚きですね。『仁王とどっこい』は、スリル満点で、とても豪快なお話です。ぜひ触れてみてください!