昔話『髪長姫』のあらすじ・内容解説・感想|おすすめ絵本
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 『髪長姫かみながひめ』は、史実しじつでいうと藤原不比等ふじわらのふひとの長女ちょうじょで、第だい42代だい文武天皇もんむてんのうの正妃せいひとなり、第45代聖武天皇しょうむてんのうのご生母せいぼとなられた藤原宮子ふじわらのみやこ(宮子姫みやこひめ)です。藤原宮子は、7世紀後半せいきこうはん、九海士くあまの里さと(和歌山県御坊市わかやまけんごぼうし)でお生うまれになったと伝つたえられています。

 今回こんかいは、『髪長姫かみながひめ』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ、感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいします!

概要

 和歌山県わかやまけん日高郡ひだかぐん川辺町かわべちょう(現在げんざいの日高川町ひだかがわちょう)にある道成寺どうじょうじの創建そうけんにまつわる民話みんわです。

 道成寺どうじょうじといえば悲恋ひれんの物語ものがたりである「安珍あんちん・清姫きよひめ伝説でんせつ」が全国ぜんこく的てきには有名ゆうめいですが、この『髪長姫かみながひめ』も平安へいあん時代じだい中期ちゅうきの長久ちょうきゅう年間ねんかん(1040~44年ねん)に編纂へんさんされた『大日本国だいにほんこく法華ほっけ験記げんき』にすでにみえる古ふるいお話はなしで、その後ご『今昔こんじゃく物語集ものがたりしゅう』などに書かきつがれていき、室町むろまち時代じだい中期ちゅうき(1400年ねん代だい)に編纂へんさんされた『道成寺どうじょうじ縁起えんぎ絵巻えまき』でまとまったとされています。
 現在げんざいでも「髪長姫かみながひめ伝説でんせつ」や「宮子姫みやこひめ伝記でんき」と呼よばれ、地元じもとではとても有名ゆうめいなお話はなしです。

 昭和しょうわ44年ねん(1969年ねん)にポプラ社しゃより発行はっこうされた文ぶん: 有吉ありよし佐和子さわこ・絵え: 秋野あきの不矩ふくによる『かみながひめ』の絵本えほんと、昭和しょうわ50年ねん(1975年ねん)に未來社みらいしゃより発行はっこうされた徳山とくやま静子しずこにより『紀州きしゅうの民話みんわ』に「髪長姫かみながひめ物語ものがたり」という題名だいめいで紹介しょうかいされたことで、日本にっぽん中じゅうに広ひろく知しられるようになりました。

 絵本えほん『かみながひめ (むかしむかし絵本えほん 27)』は、ポプラ社しゃから出版しゅっぱんされています。有吉ありよし佐和子さわこさんによる母ははの愛あいが感かんじられる文ぶんと、秋野あきの不矩ふくさんによる美うつくしい日本画にほんがの絵えは、静しずかにゆっくりと心こころにしみこみます。日本にっぽんらしい美うつくしさを感かんじられ、見みごたえのある一冊いっさつです。いつまでも語かたり継つががれてほしい物語ものがたりです。

 『和歌山県わかやまけんの民話みんわ (県別けんべつふるさとの民話みんわ 20)』は、偕成かいせい社しゃより出版しゅっぱんされています。紀伊国きいのくにと呼よばれた和歌山県わかやまけんは、高野山こうやさんや熊野神社くまのじんじゃへの信仰しんこうがあつい地域ちいきです。山やまや海うみに生いきる民衆みんしゅうにより語かたり継つがれてきた、「髪長姫かみながひめものがたり」をはじめとした33篇へんの民話みんわが収録しゅうろくされています。

 『紀州きしゅうの民話みんわ ([新版しんぱん]日本にっぽんの民話みんわ 56)』は、未來社みらいしゃから出版しゅっぱんされています。古来こらいより、紀伊国きいのくにと呼よばれた和歌山県わかやまけんは、信仰しんこうの地ちとして名高なだかく、数多かずおおくの伝説でんせつや説話せつわが生うまれました。紀伊国きいのくにを三みっつの地域ちいきに分わけて、古ふるくから伝つたわる104篇へんの民話みんわとわらべうたが収録しゅうろくされています。

あらすじ

 むかしむかし、九海士くあまの里さとに住すむ海女あまの夫婦ふうふが、美うつくしい女おんなの子こを授さずかりました。女の子は、すくすく育そだちましたが、髪かみが生はえてきませんでした。母親ははおやは悲かなしみ、神仏しんぶつに祈いのりますが、効果こうかがありませんでした。

 ある日ひ、九海士の海うみが荒あれ、夜よるになると沖おきに不思議ふしぎな光ひかるるものが出でるようになりました。漁師りょうしたちは 魚さかなが取とれず、暮くらしに困こまるようになりました。

 その時とき、母親が光るものを確たしかめると名なのりでます。

 子どもの髪が生えないのは、自分じぶんの行おこないが悪わるかったためだろう、里のために光るもの確かめれば、神様かみさまが許ゆるしてくれるかもしれないと考かんがえたのです。

 母親が船ふねで沖へ出でて、海に潜もぐると、海底かいていに光輝ひかりかがやくものがありました。それは黄金色こがねいろの小ちいさな観音様かんのんさまでした。母親は命いのちがけで海底から観音様を引ひき揚あげ浜はまに戻もどると、そのまま息いきを引き取とりました。

 里の人々ひとびとが彼女かのじょを葬ほうむって、観音様を祀まつると、女の子の髪が生えはじめました。髪はどんどん伸のび、やがて里の人々から「髪長姫かみながひめ」と呼よばれる見事みごとな黒髪くろかみの美女びじょとなりました。

 ある日、髪をとかしていた髪長姫のそばに飛とんできたツバメが、抜ぬけ落おちた一本いっぽんの髪をくわえて飛び去さりました。ツバメは、時ときの右大臣うだいじんで奈良ならの都みやこで勢力せいりょくを誇ほこっていた藤原不比等ふじわらのふひとの屋敷やしきに、その髪で巣すを造つくりました。

 巣から垂たれ下さがる長ながい黒髪を見みつけた不比等は、きっと美しい姫ひめに違ちがいないと思おもい、姫を探さがさせました。やがて、髪長姫は、藤原家ふじわらけの養女ようじょとして迎むかえられることになりました。不比等の養女となった髪長姫は宮子姫みやこひめと呼ばれ、その美貌びぼうと才能さいのうを見込みこまれ文武天皇もんむてんのうの妃きさきとなりました。

 文武天皇は宮子姫がご恩返おんがえしをするため、日高ひだかの里に、彼女の母親と観音様を祀るお寺てらを建たてることを命めいじました。それが道成寺どうじょうじだといわれています。

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解説

 大宝元年たいほうがんねん(701年ねん)、文武天皇もんむてんのうは皇后こうごうである藤原宮子ふじわらのみやこの願ねがいを受うけ、道成寺どうじょうじをお建たてになりました。

 宮子みやこは、道成寺の言いい伝つたえでは「髪長姫かみながひめ」と呼よばれる九海士くあまの里さとに住すむ海女あまの娘むすめであったとされます。

 この言い伝えには賛否両論さんぴりょうろんがあり、宮子の人生じんせいには今いまも多おおくの謎なぞが残のこされています。しかし、藤原不比等ふじわらのふひとの長女ちょうじょが文武天皇の正妃せいひとなり、後に聖武天皇しょうむてんのうのご生母せいぼとなったこと。それから、文武天皇の勅願ちょくがんによって道成寺が建立こんりゅうされたことは史実しじつです。

 また、道成寺は、ご本尊ほんぞんとして大小二体だいしょうにたいの千手観音像せんじゅかんのんぞうがお祀まつりされています。昭和しょうわ60年ねん(1985年)に着手ちゃくしゅした、道成寺解体修理どうじょうじかいたいしゅうりの際さいに発見はっけんされた千手観音像は奈良時代ならじだいにさかのぼる作品さくひんで、国内最古こくないさいこの部類ぶるいに入はいる千手観音像とのことです。このことからも8世紀初頭せいきしょとうには寺院じいんが存在そんざいしたことは確実視かくじつしされています。

 ちなみに、大小二体の千手観音像は、大おおきい方ほうは奈良ならの都みやこを向むいて安置あんちされ、その胎内たいないには宮子みやこの母ははが海底かいていから引ひき上あげたと伝つたわる小ちいさな観音像かんのんぞうが納おさめられているそうです。

 『今昔こんじゃく物語集ものがたりしゅう (角川かどかわ書店しょてん編へんビギナーズ・クラシックス)』は、現代語げんだいご訳やくと古文こぶんの生いき生いきとしたリズムによって誰だれもが古典こてんの世界せかいを楽たのしむことができます。

 『古寺こじ巡礼じゅんれい 道成寺どうじょうじの仏ほとけたちと「縁起えんぎ絵巻えまき」』は、東京とうきょう美術びじゅつから出版しゅっぱんされています。「安珍あんちん・清姫きよひめ伝説でんせつ」で有名ゆうめいな1300年ねんの歴史れきしをもつ道成寺どうじょうじ。国宝こくほう・重要じゅうよう文化財ぶんかざいを含ふくむ道成寺どうじょうじの仏像ぶつぞう群ぐんと貴重きちょうな「道成寺どうじょうじ縁起えんぎ絵巻えまき」が写真しゃしんで紹介しょうかいされています。仏像ぶつぞうに関かんする発掘はっくつの成果せいかと修理しゅうりの記録きろく、そしてその考察こうさつが、とても冷静れいせいな解説かいせつで取とり上あげられています。

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感想

 このお話はなしは、まさかというような内容ないようです。

 海女あまの娘むすめが天皇てんのうの妃きさきになり、そして皇子こうしを生うみ、皇子は天皇となる。出自しゅつじの低ひくい娘むすめが入内じゅだいすることは簡単かんたんなことではありません。ましてや産うんだ子こが天皇になるなど考かんがえられないことです。

 ところが、髪長姫かみながひめだとされる藤原宮子ふじわらのみやこは、道成寺どうじょうじの創建そうけんに深ふかく関かかわりのある人物じんぶつとして、長ながい間あいだ失うしなわれることなく伝つたえられてきました。道成寺には「文武天皇勅願所もんむてんのうちょくがんしょ」の碑ひも立たっています。

 想像そうぞうするに、藤原宮子の出自は、このお話にある通とおりでしょう。そして、口くちに出だしてはいけないものとして、公式こうしきな書物しょもつには記しるされず、口伝くでんなどで道成寺周辺しゅうへんでは密ひそかに語かたり継つがれていったのでしょう。

まんが日本昔ばなし

『髪長姫かみながひめ』
放送日: 昭和51年(1976年)03月06日
放送回: 第0040話(第0022回放送 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 今沢哲男
文芸: 鈴木良武
美術: 山守啓陽
作画: 鈴木欽一郎
典型: 宮子姫髪長譚みやこひめかみながたん・道成寺伝説どうじょうじでんせつ
地域: 近畿地方(和歌山県)

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最後に

 今回は、『髪長姫かみながひめ』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ、感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいしました。

 『髪長姫かみながひめ』は、出自しゅつじの低ひくい女おんなの子こが見み違ちがえるほどの成長せいちょうと幸福こうふくを手てに入いれるという成功せいこう物語ものがたりです。道成寺どうじょうじの縁起えんぎを描えがいたものに、ぜひ触ふれてみてください!

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