人間によって苦難を救われたツルが、人間に恩返しをするという、ツルと人間との温かい交流を描いたお話が『鶴柿』です。
今回は、『鶴柿』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
本州唯一のナベヅルの越冬地である山口県周南市八代地区には、ツルと里の人たちとの温かい交流を伝えるお話が数多く残されています。
『鶴柿』もその一つです。
『鶴の恩返し』と同様に、人間によって苦難を救われたツルが、人間に恩返しをすることを主題にしたお話です。
ところで、周南市八代地区では、「柿を干し柿にすると、柿の種がすべて消えてなくなる」という不思議な現象が起こるそうです。
『鶴柿』は、八代地区では、なぜ干し柿の種がすべて消えるようになったのか、その由来を伝えるお話でもあります。
※尚、現時点では『鶴柿』に関する絵本は存在しません。
絵本『つるのおんがえし (日本の昔話えほん 8)』は、あかね書房から出版されています。『鶴の恩返し』は、たくさんの絵本が出版されていますが、この絵本『つるのおんがえし』は、馴染み深いそれとは違い、とても切ないお話です。再話を担当した児童文学者の山下明生さんと、絵を担当した気鋭の画家の吉田尚令さんによって、恩返しをするため男に尽くし、次第に弱っていく鶴女房と、働き者の鶴女房によって銭を得た男が、次第に欲深くなっていく様子が、印象的に描かれています。※鶴と人間との温かい交流を描いたお話ですが、昔話とはまったく関係ない絵本です。 『つるのおんがえし (せかい童話図書館 5)』は、いずみ書房から出版されています。命を助けられた鶴が、老夫婦の娘となり、恩返しをするお話です。あきせいじさんの文は、細かいところまでしっかりと書き込まれています。そこに、たかやまひろしさんの雰囲気のある絵が重なることで、幻想的で美しく、そして悲しい物語が展開します。いつまでも子どもたちの心に残る一冊となることでしょう。
※鶴と人間との温かい交流を描いたお話ですが、昔話とはまったく関係ない児童書です。 『周防・長門の民話 第1集 ([新版]日本の民話 29)』は、未來社から出版されています。瀬戸内海と日本海に面した山口県を、周防地方と長門地方に分け、「鶴柿」など山口県独自の語り口調のおもしろさを活かした、明るくおおらかな自然に抱かれた楽しい民話70篇と郷土のわらべうたが収録されています。
あらすじ
むかしむかし、ある年の秋のこと、鶴の親子が空高く飛んでおりました。
子鶴は、長い旅の疲れから病気となり、すっかり弱っていました。
親鶴は、何か子どもに食べさせる物はないかと探していると、丘の上に一本の柿の木を見つけました。
柿の木には、赤く熟して美味しそうな柿の実がなっていました。
親鶴は、この柿の実を子鶴に食べさせようと思いました。
ところが、鶴は、その大きな体と長くて細い足が邪魔をして、柿の木の枝に止まることができませんでした。
仕方なく、鶴は柿の木の下に降りて、恨めしそうに柿の木を見上げていると、一羽のカラスが飛んできました。
カラスは、柿の木の枝に止まると、早速、熟れた柿の実を美味しそうに食べ始めました。
それを見ていた親鶴は、
「子どもに食べさせたいので、私にも一つ熟れた柿の実を取ってください」
とカラスに頼みました。
しばらく、カラスは意地悪そうに、親鶴の方を眺めておりましたが、
「取ってやってもいいけど、お前さんは器量よしだから、よく熟れた柿の実では、きれいな着物が汚れてしまうので、これでよかろう」
と言って、カラスはまだ熟れていない、青くて硬い柿の実を取って親鶴に投げました。
「カラスさん、申し訳ありませんが、子どもに食べさせるので、もっと熟れた柿の実をお願いします」
と丁寧にお願いしました。
しかし、カラスは知らぬ顔で、
「そうか、それならちょっと待っていろ」
と言って、自分だけよく熟れた美味しい柿の実を食べ、種やヘタをパラパラと下へ落としました。
いつまでたってもカラスは意地悪をするばかりで、熟れた柿の実を取ってくれそうもありませんでした。
それでも親鶴は、子どもに熟れた柿の実を食べさせたい一心で、何度もカラスにお願いをしたのでした。
すると、カラスは腹を立てて、
「それなら、お前さんが好きなものを取ればいいじゃないか」
と言って、硬い柿の実を親鶴の頭の上にボトリと落としました。
柿の木のそばで、親鶴とカラスのやりとりの一部始終を見ていた、一人の女の子がおりました。
親鶴を可哀想に思った女の子は、畑仕事をしているおっとうを急いで呼びにいきました。
「おっとう、早く早く!あのカラスが鶴に意地悪ばかりするんだよ」
「よし分かった!今、カラスを追っ払ってやるからな」
そう言って、おっとうは鍬を振り回しながら、
「こりゃ、カラス!あっちへ行け!」
とカラスに言いました。
それでも、カラスは知らぬ顔なので、おっとうは柿の木に登り、カラスが止まっている枝を揺さぶりました。
「こりゃ、カラス!あっちへ行け!」
と言いながら、おっとうが枝を揺さぶるので、遂にカラスはどこかへ飛んでいきました。
カラスを追い払ったおっとうは、柿の実を二つ三つもいで、
「さあ、これをお食べ。よく熟れていて美味しいぞ」
と言って、鶴に渡しました。
クルー、クルー
クルー、クルー
鶴は、何度も何度もお礼を言いました。
そして、親鶴は、赤く熟した柿の実を口にくわえると、子鶴の待つ元へ飛び立っていきました。
それから、しばらく経った、ある寒い日のことでした。鶴に柿の実を渡した、あのお百姓さんの家では、大変なことが起こっていました。
干し柿を食べた女の子が、柿の種を喉に詰まらせて苦しんでいました。
「お医者様は遠いし、どうしたらいいものか」
と、おっとうは困っていました。
おっとうは、女の子を抱いて、日ごろより信仰する天神様に助けを求めて、お参りに出かけようとした時、戸口を叩く音が聞こえてきました。
「はて、誰じゃ」
と言いながら、おっとうが扉を開けると、一羽の鶴が戸口に立っていました。
「私は、先日、柿を取っていただいた鶴です。今度は私が恩返しをする番です」
と鶴は、おっとうに言いました。
家の中へ入ると、鶴は女の子の枕元へ向かいました。
そして、鶴は、長いクチバシを女の子の口の中へ差し込むと、喉に詰まった柿の種を上手に取り出しました。
しばらくして、女の子は意識を取り戻しました。
「あっ!気がついたぞ!よかった、よかった。ありがとう」
とおっとうは、鶴に何度も何度もお礼を言いました
鶴との別れ際、
「八代の柿は美味しいんじゃが、種が多くてしょうがない。種さえなければ、周防一なんじゃが」
と何気なく、おっとうは言いました。
鶴は、それを聞くともなく聞いていましたが、やがて空高く飛び立っていきました。
鶴は、天に昇って、神様に今までのことを話しました。
神様は、鶴が八代の人たちから優しくされたことを大変に喜びました。
それからだそうです。八代の柿は、木にあるうちは種があっても、干し柿にすると、どういうわけか、種がすっかり消えてなくなってしまうようになりました。
そうして八代では、干した柿のことを「干し柿」とも「吊るし柿」とも言わず、鶴の恩返しと考え、「鶴柿」と呼ぶようになったそうです。
解説
山口県周南市八代地区には、10月下旬になると、遠くシベリアから、主にナベヅルが越冬のため渡ってくる、本州唯一のツルの渡来地です。
近代日本で、他の地域に先駆け、明治20年(1887年)からツルの保護を始めた、「近代日本自然保護制度発祥の地」です。
「八代のツルおよびその渡来地」として、八代地区全域が、大正10年(1921年)に天然記念物に指定され、その後の昭和30年(1955年)には国の特別天然記念物に指定されました。
ちなみに、ナベヅルは、ツル目ツル科ツル属に分類される大型の鳥類で、シベリア南東部から中国北東部で繁殖し、冬に日本にやってくる渡り鳥です。
全体的に羽衣は灰黒色をしていて、首の半分から上は白色をしています。頭頂は羽毛がなく赤い皮膚が露出しています。
身長は90~100cm、翼開長は160~180cm、翼長は45~50cm、くちばしは10cm程度で、体重は3.5~4kgほどです。体は大きいですが、ツルの仲間としては中形です。
成鳥と幼鳥の大きさはほとんど変わりませんが、幼鳥は全体に少し茶色がかった色で、特に首から上に茶色の産毛が残っています。
ナベヅルは、成鳥になりオスとメスがツガイをつくると、どちらかが死ぬまでずっとそのツガイを維持します。そして、家族単位で生活し、若鳥は繁殖年齢になるまで、たくさんの仲間たちと群れをつくって行動します。
感想
お釈迦様は、「一切皆苦」という真理を説いています。
「一切皆苦」は、「私たちの世界は、自分の思い通りにならないことばかりである」という意味で、それを知ることから仏教は始まります。
つまり、安らかに生きるためには、「何一つ思い通りになるものはない」という現実を出発点にして、自分や世の中を見つめて、苦しみや悩みを取り去る方法を探すことです。
そこで大切になるものが、世の中のあらゆるものは一定ではなく、絶えず変化し続け、あらゆるものが影響を与え合う関係であり、つながっている相互関係にあるということを理解することです。
これを仏教では「無常」と呼びます。
世の中のあらゆるものが無常であると知れば、一期一会の出会いを大切にすることができますし、自分以外のものに対して慈悲の心を持って接することできるので、今を尊く生きることができます。
『鶴柿』の物語の真髄は、あらゆるものは支え、支えられ、生かされて存在していると伝えたいのではないかと思います。
つまり、“自分だけ”という独立した自我はどこにも存在することはなく、すべてがあらゆる「縁」によって生かされている存在ということです。
あらゆる現象に一喜一憂することがなくなれば、心が安定した状態になるので、結果として幸せに生きることができるということです。
まんが日本昔ばなし
『鶴柿』
放送日: 昭和52年(1977年)04月23日
放送回: 第0132話(0081 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 『周防・長門の民話 第1集 ([新版]日本の民話 29)』 松岡利夫 (未來社)
演出: 森田浩光
文芸: 沖島勲
美術: 下道一範
作画: 森田浩光
典型: 動物報恩譚・由来譚
地域: 中国地方(山口県)
最後に
今回は、『鶴柿』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
世の中のあらゆるものはつながっていて、支え、支えられた相互関係が成り立つ、「縁」によって生かされている存在ということを『鶴柿』は説いています。ぜひ触れてみてください!