昔話『座頭の木』のあらすじ・解説・感想|おすすめ絵本
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 ものへの善行ぜんこうむらゆたかにする
 『座頭ざとう』は、“供養くよう”とはものきるものが「ともささえあうことでこころやしなわれる」という意味いみいをつことを、とてもてきに、そして象徴しょうちょうてきに、どもでも理解りかいできるようつたえた、素晴すばらしい内容ないよう民話にんわです。

 今回こんかいは、『座頭ざとう』のあらすじと解説かいせつ感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいします!

概要

ぼうさまのき 日本むかし話 松谷みよ子 瀬川康男 フレーベル館 『座頭ざとう』は、東北とうほく地方ちほうぞくする秋田県あきたけんつたわる民話みんわです。

 全国ぜんこくでも秋田県あきたけんのみにつたわり、この一話いちわしか採話さいわされていない、たようなおはなし存在そんざいしないという、大変たいへんめずらしい民話みんわです。

 『座頭ざとう』は、「無償むしょう親切しんせつ奇跡きせきぶ」という普遍ふへんてきなテーマを、幻想げんそうてきえがいた傑作けっさくです。

 大雨おおあめ洪水こうずい座頭ざとうのご遺体いたいなど、おそろしい内容ないようからおはなしはじまりますが、座頭ざとうあつくほうむったわたもり善行ぜんこうによって、うつくしくたのしい内容ないようへと展開てんかいするので、どものこころゆたかにはぐくむことへとつながります。

 昭和しょうわ43ねん(1968ねん)に講談社こうだんしゃより発行はっこうされた、松谷まつたにみよの『松谷まつたにみよのむかしむかし いち (日本にっぽんむかしばなし 1)』のなかで「座頭ざとう」のだい紹介しょうかいされれたことにより日本中にっぽんじゅうひろられるようになりました。

 絵本えほんぼうさまのき (日本にっぽんむかしばなし)』は、フレーベルかんより出版しゅっぱんされています。松谷まつたにみよさんが生涯しょうがいをかけてあつめた民話みんわなかでも、とく不思議ふしぎ幻想げんそうてきなおはなしといえるでしょう。松谷まつたにさんは、秋田県あきたけんつたわるめずらしい口承こうしょう民話みんわを、どもにもかりやすいようやさしい言葉ことば再話さいわしました。そして、瀬川せがわ康男やすおさんの大胆だいたんできらびやかなとくけのようなひらきページは、情景じょうけいあざやかによみがえらせます。冒頭ぼうとう衝撃しょうげきからは想像そうぞうできないほど、最後さいごあたたかさにわる展開てんかいは、“供養くよう”というおもいテーマを、こわさではなく「感謝かんしゃおんがえし」というやさしさでつつむところが素晴すばらしく、これぞ民話みんわ真髄しんずいです。また、表紙ひょうしえがかれている秋田県あきたけん能代市のしろし伝統でんとう工芸品こうげいひん「べらぼうだこ」は、けの意味いみめられていて、どもをまもるまなざしをかんじます。こんなにもふかみのあるおはなしひた時間じかんは、かけがえのない宝物たからものとなることでしょう。むかしばなしあたらしいとびらひらき、日常にちじょうやさしさをおもすきっかけとなる絵本えほんです。

 『舌切したきりすずめ ([新装版しんそうばん]日本にほんのむかしばなし 2)』は、講談社こうだんしゃより出版しゅっぱんされています。松谷まつたにみよさんが、ふる方言ほうげんかしつつ、現代げんだいどもたちにもみやすい言葉ことばやわらかく再話さいわした、シリーズぜん3かんだい2だんです。こころおくそこやさしくかきてる松谷まつたにさんのぶんと、こわさとうつくしさを絶妙ぜつみょうにブレンドした、ささめやゆきさんの挿絵さしえがページをやさしくいろどるので、物語ものがたり情感じょうかんがよりふかまります。日本にっぽん各地かくち採集さいしゅしたむかしばなしなかから、表題ひょうだいの「したりすずめ」をはじめ、「山鳥やまどりおんがえし」「あずきとぎのおばけ」「はなたれ小僧こぞうさま」「座頭ざとう」など、何度なんどかえしたくなるのと同時どうじに、だれかにはなしてかせたい気持きもちになる、日本人にっぽんじん先人せんじんからはぐくんできた言霊ことだま24へんまった一冊いっさつです。

 『秋田県あきたけん民話みんわ (県別けんべつふるさとの民話みんわ 29)』は、偕成社かいせいしゃより出版しゅっぱんされています。秋田あきたという北国きたぐにきびしい風土ふうどはぐくんだ民話みんわであるのに、まるでふる火鉢ひばちぬくもりのように、ひとこころやさしくつつんでくれます。方言ほうげんがふんだんにまれた丁寧ていねいかたくちぶんに、井出いで文蔵ぶんぞうさんによるうつくしい挿絵さしえいろどりをえ、物語ものがたり世界せかいまれるだけではなく、イントネーションなど言葉ことば余韻よいんふかこころきざまれます。「つかいひめ」「田村たむらっこのはなし」「あせをながす地蔵じぞうさま」「八郎潟はちろうがた八郎はちろう」「座頭ざとう」「おだいしこふぶき」など、ゆきぶか土地とちいた人々ひとびときるすべまった普遍ふへんてき民話みんわが35へん収録しゅうろくされています。

 『土着どちゃく信仰しんこう (日本にっぽん民話みんわ 6)』は、角川かどかわ書店しょてんから出版しゅっぱんされています。日本にっぽん代表だいひょうする児童じどう文学ぶんがく作家さっか松谷まつたにみよさんと民話みんわ研究けんきゅう瀬川せがわ拓男たくおさん、そして作家さっか辺見へんみじゅん(清水しみず真弓まゆみ)さんが編纂へんさんした、日本にっぽん民話みんわシリーズぜん12かんだい6だんです。挿絵さしえ担当たんとうしたのは、丸木まるき位里いりさん・としさんのご夫婦ふうふです。だい6かんでは、「生命せいめいのふしぎ」「幸福こうふくへのみち」「奇跡きせき物語ものがたり」「四季しき信仰しんこう」とよっつにけし、この分類ぶんるいもとづき、古来こらい日本人にっぽんじんおそれ、たより、ともらしてきた信仰しんこうという“えない存在そんざい”に焦点しょうてんてた民話みんわが70ぺん厳選げんせんして収録しゅうろくされています。「がわりのいしびつ」や「座頭ざとう」が人々ひとびと寿命じゅみょうたましいうつろいをえがき、「おおかみのまゆ」や「かさ地蔵じぞう」が動物どうぶつほとけへのいのりをかたります。「ねこ壇家だんか」や「猪苗代湖いなわしろこはじまり」は動物どうぶつ奇跡きせきちょう自然しぜん介入かいにゅうを、「節分せつぶん由来ゆらい」や「大年おおどし」は、こよみ沿った神事しんじ切実せつじつさをつたえています。科学かがく発達はったつした現代げんだいでは、いのりはただの迷信めいしんぎないかもしれません。しかし、本書ほんしょにて信仰しんこう深層しんそうれると、いのりはしんじるもののこころ宿やど本質ほんしつてき衝動しょうどうであることをらされます。古層こそう信仰しんこうやさしくかす、永遠えいえんいろあせない一冊いっさつです。

 『秋田あきたむがしこ』は、無明舎むみょうしゃ出版しゅっぱんから出版しゅっぱんされています。無明舎むみょうしゃ出版しゅっぱん秋田県あきたけん秋田市あきたし地方ちほう出版しゅっぱんしゃで、秋田県あきたけん中心ちゅうしん東北とうほく地方ちほう関連かんれん書籍しょせきかずおお出版しゅっぱんしています。この『秋田あきたむがしこ』は、昭和しょうわ34ねん(1959ねん)に未來社みらいしゃから刊行かんこうされた『秋田あきたむがしこ だい1しゅう』をあらたにくみなお判型はんがたおおきくしたものです。今村いまむら義孝よしたかさん・泰子やすこさんご夫妻ふさいはん世紀せいき以上いじょうかけてあつめた「むがしこ(むかしばなし)」を、秋田弁あきたべんのまま丁寧ていねいめています。秋田県あきたけんを「米代川よねしろがわ流域りゅういき」「秋田平野あきたへいや」「鳥海山ちょうかいさん北部ほくぶ」「雄物川おものがわ北部ほくぶ流域りゅういき」「雄物川おものがわ南部なんぶ流域りゅういき」のいつつの地域ちいきけ、それぞれの土地とち言葉ことば記憶きおくをそのままめた奇跡きせき一冊いっさつです。「古屋ふるやのもり」「絵紙えがみ女房にょうぼう」「こぶとりじいさん」「座頭ざとう」「ちょうふくやま山姥やまんが」「田根森たねもり」「山伏やまぶしとこっこたぬき」など、厳選げんせんされたぜん109へんむかしばなしが、地域ちいきごとにならんでいるから、ページをめくるたびに風景ふうけいわり、方言ほうげんいろいも微妙びみょうちがうのがたまらない魅力みりょくです。また、巻末かんまつの「秋田あきた方言ほうげん解説かいせつ」では、むかしばなしかたはじめの「むかし、あったずおん」やわりかたの「とっぴんぱらりのぷう」といったまり文句もんくをはじめ、地方ちほうごとの方言ほうげんちがいがくわしくしるされ、秋田あきた風土ふうどかんじられるような工夫くふうがされています。むかしばなし収集しゅうしゅうが1ごとに明記めいきされているのも、たび気分きぶんいざない、かえりたくなります。きっとあなたも「むがしこ(むかしばなし)」のとりこになるはずです。

 『松谷まつたにみよのむかしむかし だい1かん ([新装しんそう改訂版かいていばん]日本にっぽんむかしばなし 1)』は、講談社こうだんしゃから出版しゅっぱんされています。昭和しょうわ43ねん(1968ねん)に刊行かんこうされた『日本にっぽんのむかしばなし 1』の新装しんそう改訂版かいていばんで、シリーズぜん10かんだい1だんには、17民話みんわならびます。松谷まつたにみよさんのぶんは、口承こうしょうがれきたかたこえを、やさしく丁寧ていねい再話さいわしているので、しずかなかたくちによって、日本にっぽん里山さとやま息吹いぶきはいります。「きつねとかわうそ」「ももたろう」「磐司ばんじときりのはな」「つるのよめさま」「さるかに」「座頭ざとう」など、定番ていばんながら地域ちいきしょくゆたかな物語ものがたり魅力みりょくてきです。また、瀬川せがわ拓男たくおさんのやわらかい水墨画すいぼくがふう挿絵さしえが、物語ものがたり情景じょうけい詩的してきいろどり、ものふる里山さとやまへといざないます。日本人にっぽんじんこころげん風景ふうけいがすべてまった一冊いっさつです。

あらすじ

 むかしむかし、あるおおきなかわのほとりに、わたもりばれるわたぶね船頭せんどうんでいました。

 あるとし、ひどいあめつづいて川のみずがあふれし、ちかくのむら洪水こうずい大変たいへんなことになりました。洪水のあとながれてくるひろおうと渡し守がふねすと、ちょうど手頃てごろな木が流れてきました。さっそくせてみるとそれは木ではなく、なんと座頭ざとうのご遺体いたいでした。

 村のどもたちにかれて、座頭が子どもたちに独楽こまたこつくっている姿すがたを渡し守もたことがありました。どくおもった渡し守は、はたけなか丁寧ていねいに座頭を埋葬まいそうしました。

 それから数日後すうじつご、渡し守がおそなものって座頭をめた場所ばしょってみると、そこには木がえていました。そして、その木はるうちに、大きな木になりました。やがてその大木たいぼくにつぼみがなり、あかしろの大きなはなかせました。

 ある、村の子どもが花のなかに座頭がすわっているのをつけました。さらに座頭は、ふえ太鼓たいこ三味線しゃみせんらしながらにぎやかなお囃子はやしはじめました。

 この座頭の木のうわさはあっというひろまり、そのにぎやかな様子ようすや花のいろかおりをたのしむ人々ひとびとが、とおくのまちからも毎日まいにちのようにせました。

 そこで、渡し守は見物客けんぶつきゃく相手あいてに、饅頭まんじゅう弁当べんとう商売しょうばいはじめました。洪水でいえを流された村人むらびとも渡し守も大勢おおぜいの見物客のおかげで、らしがかなりらくになりました。

 何日なんにちかすると、花が川にはじめました。花の中の座頭は川に流れながらも賑やかに楽器がっきらすので、川を流れる花と一緒いっしょに座頭のお囃子をたのしみたいという見物客がえたので、渡し守は舟を出すようになり、本職ほんしょくの渡し船でもおかねかせぐことができるようになりました。

 そしてあきになり、中に座頭が座っている花はすべて散って見物客はいなくなりました。

 やがてゆきいはじめ、北風きたかぜつよくなってきた正月しょうがつちかころ、座頭の大木はをつけるわりに、独楽やまりや凧や人形にんぎょうなど、子どもたちがしがるおもちゃをみのらせるようになりました。

 座頭の木は正月になるまで、村中むらじゅうの子どもたちにしいものおくりました。

 これは子どもきだった座頭から子どもたちへのお正月のおくものでした。

解説

 座頭ざとうとは、琵琶法師びわほうし所属しょぞくする剃髪ていはつした盲人もうじん名称めいしょうです。中世ちゅうせいには琵琶法師の通称つうしょうとなり、近世きんせいには琵琶びわ三味線しゃみせんなどをいてうたうたい、物語ものがたりかたり、按摩あんまはり治療ちりょう金融きんゆうなどを生業なりわいとしました。

 さて、供養くようとはもともとは仏教ぶっきょうおしえであり、ほとけささげものをすることを言葉ことばです。しかし、仏教がインドから日本にっぽんつたわり、なが時間じかんなかで日本の祖先崇拝そせんすうはい風習ふうしゅうわさっていったことで、だんだんと祖先そせん故人こじん冥福めいふくいの行為こうい全般ぜんぱんを供養とぶようになりました。

 そして、自然しぜん万物ばんぶつのあらゆるものに神様かみさま宿やどるという日本古来こらいかんがかたかさなりったことで、今日こんにちの日本では供養の対象たいしょう先祖せんぞや故人のほかに、動物どうぶつ人形にんぎょう大事だいじ道具どうぐなどもふくむようになりました。

 供養には故人の冥福を祈る他にも、一族いちぞくきずなふかめあったり、自身じしん人生じんせいについてかんがなおしたりする目的もくてきがあります。供養には、さまざまな種類しゅるいとそれぞれに意味いみがありますが、いずれにしてももっと大切たいせつなことは故人の冥福を祈る気持きもちです。

感想

 孔子こうしひらいた儒教じゅきょうは、つぎみっつのことを人間にんげんの“つとめ”としてしています。
 ひとは、祖先祭祀そせんさいしをすることです。仏教ぶっきょうでいうところの先祖供養せんぞくようです。
 ふたつ目は、家庭かていにおいておやあいし、かつうやまうことです。
 みっつ目は、子孫しそん一族いちぞくつづくことです。
そして、この三つの“つとめ”をわせたものを「こう」とびます。

 あらゆるひとには祖先そせんおよび子孫しそんというものがありますが、祖先とは過去かこであり、子孫とは未来みらいです。その過去と未来をつなぐ中間ちゅうかん現在げんざいがあり、現在は現実げんじつ親子おやこによってあらわされます。

 すなわち、親は将来しょうらいの祖先であり、子は将来の子孫の出発点しゅっぱつてんです。だから、子の親にたいする関係かんけいは、子孫の祖先に対する関係かんけいでもあります。

 つまり、現在を生きているわたしたちは、みずからの生命せいめいいとをたぐっていくと、はるかな過去かこにも、はるかな未来みらいにも、祖先も子孫も含め、みなと一緒いっしょともきていることになります。私たちは個体こたいとしての生物せいぶつではなくひとつの生命として、過去も現在も未来も、一緒に生きるということです。

 『座頭ざとう』は、「遺体いたい」の本当の意味は、文字もじどおり「のこしたからだ」と教えています。

 遺体とは、自分がこの世に遺していった体、すなわち「」ということです。あなたは、あなたの祖先の遺体であり、ご両親の遺体なのです。あなたが、いま生きているということは、祖先やご両親の生命も一緒に生きているということを『座頭の木』は教えています。

まんが日本昔ばなし

座頭ざとう
放送日: 昭和51年(1976年)05月01日
放送回: 第0052話(第0030回放送 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 馬郡美保子
文芸: 沖島勲
美術: 馬郡美保子
作画: 福田皖
典型: 奇譚きたん
地域: 東北地方(秋田県)

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最後に

 今回こんかいは、『座頭ざとう』のあらすじと解説かいせつ感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいしました。

 供養くようとは、ものへの尊敬そんけいねんから、行動こうどう()と言葉ことば(くち)とこころ()の三種さんしゅ方法ほうほうによって供物くもつささげることをいます。『座頭ざとう』は、普段ふだんわすれがちなものへの感謝かんしゃおもすきっかけとなるとともに、どもに供養くよう意義いぎものたいする感謝かんしゃねんおしえる物語ものがたりです。ぜひれてみてください!

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