日本には、男が約束を破り、禁じられた場所に立ち入ったことで、悲劇的な結果が訪れる昔話が数多く存在します。その中でも『へび女房』は、蛇の母親が子を想う気持ちがとても切なく、涙を誘われるお話です。
今回は、『へび女房』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
蛇である女が人間の姿に化けて、人間である男と結婚する『へび女房』は、日本の昔話の中に数多くみられる「異類婚姻譚」の一つです。
それと同時に、何かをしているところを「見てはいけない」と禁止が課せられていたにも拘らず、それを破ってしまったために悲劇的な結果が訪れる、「見るなの禁止」や「見るなのタブー」、「禁室型」と日本では呼ばれる類型の昔話にも、『へび女房』は分類されます。
『へび女房』は、『つるの恩返し』や『うぐいす長者』にみられる、「見るなの禁止」に分類される昔話とは少し異なり、結末を別離で終わりにせず、母親の愛情の限りなき深さが加えられているため、心に哀しみが残ります。
あらすじには、その土地ごとに若干の差異がありますが、『へび女房』は日本各地に広く分布します。
あらすじ
むかしむかし、あるところに、貧しい木こりの男がおりました。
ある日、男が山へ入ると、どこからか女のうめき声が聞こえてきました。
男が声のする方に近づいてみると、きれいな娘さんが、黒くて長い髪の毛を木にグルグル巻きつけて、身動き出来ないでいました。
「どうして、こんな目にあったんだい」
と男は言いながら、木に巻きついた髪の毛をほどいてやると、娘はやっとのことで目を開け、涙を流しました。
男は、娘さんを背負うと、家へと連れて帰り、体を温めてやると、お粥を食べさせました。
毎日、娘さんを看病しているうちに、気持ちが通じ合うようになり、男と娘さんは夫婦になりました。
やがて、二人の間には子どもができました。
子どもを産むとき、女房は男にお願いをして、外に小屋を作ってもらいました。そして、女房は男に、
「お産が終わるまで、決してこの小屋を覗かないでください」
とお願いすると、小屋に入っていきました。
男は女房に言われた通りにしていましたが、二日経っても、三日経っても女房は小屋から出てきませんでした。
心配になった男は、少しだけ扉を開けて、そっと小屋の中を覗いてみました。
すると、小屋の中には大きな蛇がいて、生まれたばかりの赤ん坊を抱くようにトグロを巻いていました。
男はびっくりして、腰を抜かしてしまいました。
七日目に、女房は男の赤ん坊を抱いて小屋から出てきました。
「あれほど中を見ないでとお願いしたのに...私は女人禁制の山に入り、山の神の怒りに触れて蛇にされてしまいました。そして、沼の主になりましたが、山の神にお願いをして一度だけ娘の姿に戻してもらいました。お前さまが小屋を覗かなければ、私はそのまま人間でいることが許されるはずでした。でも、それももう叶わなくなりました。私はすぐに山の沼へ帰らなくてはなりません」
と涙を流しながら言いました。
そして、
「どうぞこの子を大事に育ててください。この子が泣くときには、これを舐めさせてください」
と言いと、自分の左の目をくり抜いて男に渡しました。
女房は、だんだんと蛇の姿に変っていき、名残惜しそうに山の中へ姿を消していきました。
赤ん坊は、母の目玉をしゃぶってスクスク育ちました。
しかし、目玉は月日が経つにつれて、だんだん小さくなり、ついにはなくなってしまいました。
目玉がなくなると、赤ん坊は何を与えても泣き止みませんでした。
困り果てた男は、泣く赤ん坊を背負って、山の沼へ女房を捜しに行きました。
山の奥深くの大きな沼に着くと、
「おっ母ぁ、どこだぁ」
と男は叫びました。
すると、沼の水が渦を巻いて、片目の大きな蛇が現われました。
「お前にもらった目玉を舐めつくしてしまった。どうしたらいいだろうか」
と男が言うと、
「それではもう片方の目をあげましょう。これで、私は朝も晩もわからなくなりましまったので、この沼の近くに鐘を吊して、その鐘を朝と晩に鳴らし、時刻を知らせてください」
と大きな蛇は男に頼むと、残っていた右の目をくり抜いて赤ん坊に握らせました。
そして、
「元気に育ちなさい」
と言うと、蛇は沼の中に沈んでいきました。
男は言われた通り、沼の近くに鐘を吊るし、朝と晩にその鐘を鳴らして、沼の蛇に時刻を知らせました。
赤ん坊は、再び母の目玉をしゃぶって大きくなりました。
子どもが十歳になった頃、男は、
「お前のおっ母ぁは山の沼の主になっている」
と教えました。
朝と晩の鐘を鳴らす際、蛇のすむ沼に向かって子どもが、
「おっ母ぁ、おっ母ぁ」
と呼んでみましたが、 蛇が姿を見せることは一度もありませんでした。
解説
海辺や川・池の畔には、水の神様として弁財天が祀られています。
日本において蛇は、弁財天の使者とされていることから、蛇の姿をした人頭蛇身像や、頭の上にとぐろを巻いた蛇を乗せている弁財天像が、社や祠に祀られています。
さて、『へび女房』の昔話は、日本各地で広く語られています。
代表的なものとしては、岩手県の稗貫・江刺地方の『蛇の目玉』、奈良県吉野郡天川村(洞川温泉)の『龍泉寺の龍の口』、滋賀県大津市の園城寺に伝わる『三井の晩鐘』、佐賀県佐賀市川副町と長崎県島原地方の『蛇女房』などです。
おおむね共通して語られる筋立てではありますが、子どもの涙が蛇の目に落ち、蛇が人間の姿に変わり、目も見えるようになり、親子三人で仲むつまじく暮らす結末や、子どもが長じて位の高い僧になったという結末などがあります。
また、お寺の鐘の由来として語られることもあります。
そのほとんどが、滋賀県大津市の園城寺に伝わる『三井の晩鐘』がもとになっていて、愛知県の道成寺や和歌山県の宝勝寺などの著名なお寺にも同様の伝承があります。
ちなみに、『三井の晩鐘』として親しまれている園城寺に伝わる有名な鐘の正体は、琵琶湖の龍神とされています。
日本各地に広く分布する『へび女房』ですが、その中でも特に興味深い筋立てが、子どもに与えた目玉を殿様に取り上げられた怒りから、蛇が復讐として災害を起こすという展開の昔話です。
長崎県島原地方の伝承をまとめた『島原くずれの肥後いたん』には、「雲仙岳の噴火は、蛇女房の怒りによって引き起こされた」と記されています。
絵本『三井の晩鐘』は、小学館から出版されています。琵琶湖のほとりの三井寺(正式名: 園城寺)で、昔から語りつがれている、母と子の美しく悲しい近江湖底伝説を、梅原猛さんが綴った感動の一冊です。強く深い母子の愛にやどる人間の真実を、梅原さんに見出された池田一憲さんによる、独特な世界観と重厚な絵肌によって生まれた絵本です。 『岩手の民話 ([新版]日本の民話 2)』は、未來社から出版されています。『遠野物語』に代表されるように、日本の中でも民話が豊かに残る地方として、古くから関心をひいていたのが岩手県です。京の都を中心とした中央の文化の伝搬を阻む、厳しい地勢の中で育まれた「山伏石」「蛇の目玉」などの独特な民話が39篇収録されています。 『佐賀の民話 第一集 ([新版]日本の民話 60)』は、未來社から出版されています。「そばの根はなぜ赤い」「蛇女房」「蛙の恩返し」などのバラエティに富んだ民話を、鳥栖・三養基地方、神崎地方、佐賀・小城地方、多久・武雄地方、東松浦地方、白石・有明・太良地方、唐津・伊万里地方の七地域に分け、佐賀に古くから伝わる84篇の民話と郷土のわらべうたが収録されています。感想
『へび女房』には、日本的な特徴が現れています。
その特徴とは、禁を破った者が罰せられずに、禁を破られた者が去っていく点です。
しかし、禁を破った男は、妻が去るという立派な罰を受けていると捉えれば、禁を破るということは、取り返しがつかないことをしてしまったという点に重要な意味があると理解することができます。
つまり、禁を破ったら、それですべて終わりという点が、実に日本的な特徴を現しているといえます。
『へび女房』からは、「禁じられたことは破ってはいけない」という教訓を学ぶことができるということです。
まんが日本昔ばなし
『へび女房』
放送日: 昭和52年(1977年)03月12日
放送回: 第0122話(0075 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 藤本四郎
文芸: 沖島勲
美術: 下道一範
作画: 上口照人
典型: 禁室型・異類婚姻譚・龍蛇譚
地域: ある所
『へび女房』は未DVD化のため「VHS-BOX第6集 第56巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『へび女房』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『へび女房』は、欲望や感情にとらわれ、たったひとつの約束さえ守ることのできない人間の愚かさを戒めると同時に、母親の愛情の限りなき深さが心に響く素晴らしいお話です。ぜひ触れてみてください!