山口県周南市の太陽寺には、「ご恩返しの雷の水」と呼ばれる、こんこんと湧き出る清水があります。その由来のお話が『落ちた雷』です
今回は、『落ちた雷』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
中国地方に位置する山口県周南市は、本州で唯一のナベヅル渡来地として有名です。その周南市大字八代にある太陽寺を舞台としたお話が『落ちた雷』です。
太陽寺は、南北朝時代の貞和3年/正平2年(1347年)に、室町幕府第三代将軍・足利義満の帰依をうけた天徳曇貞が創建したとされる歴史ある曹洞宗のお寺で、周南市大字長穂の龍文寺などとともに「防長の曹洞宗四古刹」に数えられます。
太陽寺は「雷の恩返し」の伝説が残るお寺です。境内の裏庭には「心」の字の形をした池があり、池と岩間からこんこんと湧き出る清水があります。その清水は、太陽寺の境内に落ちてきた雷様の伝説から、「ご恩返しの雷の水」と呼ばれています。
絵本『おちたかみなり (せっつむかしばなし 3)』は、摂津の民話絵本刊行委員会から出版されています。宇津木秀甫さんの文と森田幹夫さんの絵により、恐ろしいはずの鬼が、ゆかいで明るく生き生きと親しみやすい存在で描かれています。読み聞かせにも、お子様が自分で読むのにもぴったりな一冊です。 絵本『かみなり どん (こわいおともだちシリーズ)』は、あすなろ書房から出版されています。雲から落ちてきた子どもの鬼が、地上の子どもたちと仲良くなるお話です。武田美穂さんにより、ちっとも怖くない鬼っ子の雷どんです。※空から落ちてきた子どもの雷様を描いた内容ですが、昔話『落ちた雷』とはまったく関係のない絵本です。 『周防・長門の民話 第1集 ([新版]日本の民話 29)』は、未來社から出版されています。瀬戸内海と日本海に面した山口県を、周防地方と長門地方に分け、山口県独自の語り口調のおもしろさを活かした、「落ちた雷」など明るくおおらかな自然に抱かれた楽しい民話70篇と郷土のわらべうたが収録されています。
あらすじ
むかしむかし、周防国の八代の山の中里に、天徳曇天さまという偉いお坊さんが開いた、太陽寺という古いお寺がありました。
村人たちは親しみを込めて、天徳曇天さまのことを、どんてん様と呼んでいました。
ある日、空がにわかに曇ったかと思うと、大粒の雨が降り始めました。
「雨じゃ、雨じゃ。ちんねん、かんねん、急いで桶を持ってこい」
と和尚さんは言うと、小僧のちんねんとかんねんに桶を持って来させ、自らも大きな桶を担いで、慌ててお寺の庭へと駆け出し、雨水を取ろうとしましたが、雨は間もなく止んでしまいました。
「なんだ通り雨か」
と小僧のちんねんとかんねんはがっかりしていました。
太陽寺の悩みは、お寺の境内のどこを掘っても水が出ないので、井戸を作ることが出来ず、生活に必要な水は、雨水を貯めるか、遠い山の麓の川まで水を汲みに行くしかありませんでした。
そんなある日、和尚さんは小僧たちとお寺でお経をあげていると、境内の方で物凄い地響きがしました。
「何事じゃ」
と驚きながら、和尚さんと小僧たちが恐る恐る境内へ出てみると、そこに大きな雷様が落ちていました。
「どうも、お騒がせして申し訳ない。すぐに立ち去ります」
と雷様は丁重に詫びると、お寺の境内にある一本杉に登り、そこから天に帰ろうとしました。
雷様が杉の木のてっぺんまで登り、
「さようなら~」
と手を振って、天に帰ろうとしたその時、突然、和尚さんは雷様に対して、
「おつち」
と大きな声で呼びかけました。
するとどうでしょう、雷様は再び真っ逆さまに下に落ちてしまいました。
そして、雷様が再び木に登ろうと、いくらやっても、木に登ることはできませんでした。
一度、人間に名前を付けられた雷様は、天へ帰る力をなくしてしまうことを、和尚さんは知っていたのでした。
名前を付けられた雷様は、すっかり力が抜けてしまいました。しかも、「おつち」という女の人の名前をつけられたのですから、尚更でした。
そして、和尚さんは、おつちを本堂へ連れて行き、
「よいか、おつちが天から落ちたのは、修行が足りないからじゃ。今一度、ここで修行を積んでから帰るとよい」
と諭したのでした。
こうして、雷様はおつちと呼ばれ、その太陽寺で小僧たちと一緒の修行することになりました。
毎朝、おつちは、ちんねんとかんねんと一緒に遠い山の麓の川まで行って、桶一杯に水を汲み、それを大きな樽に移すのが、おつちのの主な仕事になりました。
慣れないお寺での生活に、おつちはだんだんと痩せていきましたが、それでも愚痴ひとつこぼすことはありませんでした。
ある晩のこと、和尚さんの夢枕に、おつちの子どもが現れ、
「どんてん様、あなたのところで水を汲んでいますのは、私の父でございます。どうぞ一日も早く天に戻してくださいませ」
と涙ながらに頼むのでした。
和尚さんは、目が覚めても夢と思えず、また親を想う子の心と思い、夢枕の事を、おつちに話して聞かせました。
すると、
「実は、私も息子の夢を見ました」
とおつちは和尚さんに言うと、続けて、
「息子が言うには、天に戻ってくるとき、杉の木ではなく、お寺の裏庭の岩に足をかけて登れば、このお寺の水の心配はなくなるとのことです」
と言いました。
この話を聞いて、和尚さんは、おつちを境内まで連れて行き、しばらく夕空を眺めていたかと思うと、
「帰れ、おつち」
と大声で叫びました。
そうすると、空が瞬く間に曇り、大雨が降り始めました。
おつちは、息子に言われた通り、杉の木ではなく、裏庭の岩めがけて走り出し、そこに足の爪を引っ掛けると、岩を蹴って勢いよく飛び上がり、雨雲に乗りました。
ちんねんとかんねんは、その岩を指差して、
「和尚さん、岩から水が」
と大はしゃぎでした。
「和尚さん、ありがとうございました。ちんねんかんねん、達者でなぁ~」
と言いながら、おつちは天高く昇っていきました。
おつちが足を掛けた岩からは水があふれ出し、それからというもの、太陽寺では水に困るようなことはなくなりました。
この岩からあふれ出した水は、「雷水」と呼ばれ、太陽寺ではいつまでも大切にされたそうです。
解説
山口県周南市にある太陽寺は、釈迦如来を本尊とする曹洞宗のお寺です。
天徳曇貞大和尚が、南北朝時代の貞和3年/正平2年(1347年)に建立したとされる古刹で、曹洞宗が山口県に入ってきた最初のお寺であるとともに、その昔は多くの僧が集う修行の場でありました。
安永年中(1772~1780年)の火災により、観音堂をはじめとする大部分が焼失しましたが、再建され現在に至ります。
また、大寧寺、永興寺、龍文寺ともに、「防長の曹洞宗四古刹」と称されています。
この太陽寺には、雷伝説を伴う「太陽寺の七不思議」の伝説があります。
1.どんな日照りでも清水が絶える事がない
2.山内では雉や山鳩が鳴かない
3.心字の池では蛙が鳴かない
4.山内ではマムシが人をかまない
5.山内では蚊が住まない
6.屋根が高くても軒の雨だれが地面を掘ることがない
7.心字の池は濁ることがないが、もし赤く濁ったらお寺に何か異変が起こる
なんとも幻想的な七不思議ですね。
感想
助けてもらった相手に「恩返し」を行うことは、社会生活では極めて重要なことです。
人間の場合、恩返しの動機となるものは、“感謝”のようなポジティブな感情であることもあるし、“負い目”や“借り”の意識のような必ずしもポジティブではない感情であることもあります。
心理学では、前者のポジティブな感情はそのまま「感謝」、後者を「心理的負債」と称されます。
恩を受けた「感謝」と「負い目」は、表裏一体の感情であるように感じられるかもしれませんが、この感謝と負い目を同時に感じてしまうのは、日本人の独特の特徴といわれています。
これは、日本人が、恩に対して何かしら相手にとって利益のあることを“しなければいけない”という感覚が強いからと考えられています。
それが一番表れている言葉が「すみません」ではないでしょうか。
だから、助けてもらうと、その負い目から、「ありがとう」ではなく、「すみません」と日本人は言ってしまうのかもしれません。
「ありがとう」と相手にお礼の言葉を伝えることは、お礼を言われた人の向社会性が増すということです。
つまり、ひいては社会のためになるということです。
日本の未来を考えると、恩に対しては、まず「ありがとう」と感謝の気持ちを口にする癖をつけることが、とても大切なことなのかもしれません。
まんが日本昔ばなし
『落ちた雷』
放送日: 昭和52年(1977年)04月02日
放送回: 第0128話(0078 Bパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 『周防・長門の民話 第1集 ([新版]日本の民話 29)』 松岡利夫 (未來社)
演出: 小林治
文芸: 境のぶひろ
美術: 青木稔
作画: 小林治
典型: 由来譚・鬼譚
地域: 中国地方(山口県)
最後に
今回は、『落ちた雷』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
雷様が出てくる昔話の多くは、「どうか雷が落ちませんように」という、昔の日本人の切なる願いが込められています。自然を畏れ敬う気持ちを表したお話が『落ちた雷』です。ぜひ触れてみてください!