昔話『分銅狐』のあらすじ・内容解説・感想

　古来こらい、日本にっぽんでは、“分銅ふんどう狐ぎつね”に憑つかれた者ものは大金おおがね持もちになると伝つたわります。商売しょうばいをする者ものの場合ばあいには、物ものを仕入しいれる際さいは天秤てんびん棒ぼうの分銅ふんどうの下したに分銅ふんどう狐ぎつねがぶら下さがって重おもくし、売うる際さいは荷物にもつの下したに分銅ふんどう狐ぎつねぶら下さがって重おもくします。分銅ふんどう狐ぎつねに憑つかれた男おとこの末路まつろのお話はなしが『分銅ふんどう狐ぎつね』です。

　今回こんかいは、『分銅ふんどう狐ぎつね』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ、感想かんそうなどをご紹介しょうかいします！

概要

　霊れいなどが乗のり移うつることを、「憑つく」とか「憑依ひょうい」とかいいますが、人ひとや家いえに憑つく霊れいを「憑つき物もの」といい、古来こらい、日本にっぽんでは、憑つき物ものは霊力れいりょくを持もつと信しんじられ、人ひとや家いえに災わざわいをもたらすと考かんがえられてきました。

　憑つき物ものは、自然しぜんに人ひとや家いえに憑つくものもあれば、人ひとが求もとめることで憑つかせるものの二に種類しゅるいが存在そんざいします。

　憑つき物ものの種類しゅるいには色々いろいろなものがありますが、日本にっぽん各地かくちでは狐きつねの霊れいに憑つかれた「狐きつね憑つき」が一番いちばん多おおく、その名称めいしょうは地域ちいきによって異ことなります。

　一例いちれいを挙あげると、

などと呼ばれ、狐きつね憑つきのお話はなしは日本にっぽん各地かくちに広ひろくみられます。

　『分銅ふんどう狐ぎつね』は、中国ちゅうごく地方ちほうに位置いちする山口県やまぐちけんの南東部なんとうぶの周南市しゅうなんしの北部ほくぶに位置いちする須金すがね地区ちくに伝つたわる狐きつね憑つきのお話はなしです。

あらすじ

　むかしむかし、ある村むらに吞兵衛どんべえという男おとこがおりました。

　吞兵衛どんべえは、山やまで和紙わしの原材料げんざいりょうの樹木じゅもくである「楮こうぞ」を採とり、それを売うって生活せいかつをしていました。

　吞兵衛どんべえは、かかあと五人ごにんの子こどもたちと七人しちにんで暮くらしていましたが、商あきないが下手へたなうえに、お人好ひとよしだったので、いつも商あきないは上手うまくいかず、貧乏びんぼうな暮くらしをしていました。

　ある日ひ、吞兵衛どんべえが商あきないの帰かえりに村むらの稲荷いなり明神みょうじん様さまをご参拝さんぱいし、祠ほこらの前まえで一休ひとやすみしていると、稲荷いなり明神みょうじん様さまの使つかいと名乗なのる白しろい狐きつねに呼よび止とめられました。

　「オイラにお供そなえ物ものをしてくれたら、秤はかりの分銅ふんどうに化ばけて目方めかたをごまかし、お前まえが儲もうかるようにしてやる」
と白しろい狐きつねは吞兵衛どんべえに言いいました。

　「そんなことができるのか」
と吞兵衛どんべえは半信はんしん半疑はんぎでしたが、儲もうかるのならばと、毎日まいにち、お狐きつね様さまに握にぎり飯めしを三さん個こお供そなえすることを約束やくそくしました。

　その日ひから、楮こうぞを売うる際さいは、お狐きつね様さまが秤はかりの分銅ふんどうに化ばけて、目方めかたをごまかしてくれるようになったので、楮こうぞを実際じっさいよりも高値たかねで売うることができるようになり、吞兵衛どんべえは儲もうかるようになりました。

　お狐きつね様さまのおかげで、吞兵衛どんべえ一家いっかの暮くらし向むきはだいぶ良よくなりました。

　そんなある日ひ、お狐きつね様さまが嫁よめをもらい受うけることになりました。

　「オイラが嫁よめをもらうことになったので、お供そなえの握にぎり飯めしを六ろっ個こに増ふやせ。そうすればもう少すこし儲もうけさせてやる」
とお狐きつね様さまは吞兵衛どんべえに言いいました。

　もう少すこし儲もうけることができるのならばと、吞兵衛どんべえは、毎日まいにち、お狐きつね様さまに握にぎり飯めしを六ろっ個こお供そなえすることを約束やくそくしました。

　お狐きつね様さまのおかげで、今いままでよりも少すこしだけ儲もうけさせてもらえるようになり、吞兵衛どんべえ一家いっかの暮くらし向むきはもっと良よくなりました。

　暮くれも押おし詰つまったある日ひ、お狐きつね様さまが、
　「嫁よめとの間あいだに九きゅう匹ひきの子こが生うまれたので、お供そなえの握にぎり飯めしを三十三さんじゅうさん個こに増ふやせ。そうすればお前まえを楮こうぞ問屋どんやにしてやる」
と吞兵衛どんべえに言いいました。

　「楮こうぞ問屋どんやになれるのであれば、お狐きつね様さまの子こどもの面倒めんどうもみる」
と吞兵衛どんべえはお狐きつね様さまに伝つたえて、毎日まいにち、握にぎり飯めしを三十三さんじゅうさん個こお供そなえすることを約束やくそくしました。

　お狐きつね様さまのおかげで、商あきないは益々ますますうまくいき、吞兵衛どんべえ一家いっかの暮くらし向むきは、以前いぜんとは比くらべものにならないほど良よくなり、少すこしずつ贅沢ぜいたくができるほどになりました。

　そんなある日ひ、楮こうぞ問屋どんやとなった吞兵衛どんべえのところに、白しろいお狐きつね様さまが姿すがたを現あらわしました。

　「九きゅう匹ひきの子こどもが嫁よめをもらい、それぞれに孫まごが生うまれた。オイラの家いえは百一ひゃくいっ匹ぴきの大おお所帯じょたいになったので、明日あすからは、毎日まいにち、三百三さんびゃくさん個このお供そなえの握にぎり飯めしを持もってこい」
とお狐きつね様さまは吞兵衛どんべえに言いいました。

　驚おどろいた吞兵衛どんべえは、その場ばにへなへなと座すわり込こんでしまいました。

　そして、
　「さすがにもうお狐きつね様さまの面倒めんどうをみることはできない」
と思おもった吞兵衛どんべえは、その晩ばんから寝込ねこんでしまいました。

　吞兵衛どんべえは、かかあに今いままでのことをすべて打うち明あけました。

　次つぎの日ひ、吞兵衛どんべえは、四よん代目だいめのお狐きつね様さまたちの分ぶんも含ふくめた、二千七百にせんななひゃく個この握にぎり飯めしをお供そなえし、お祓はらいをして、築きずきき上あげた身代しんだいをすべて稲荷いなり明神みょうじん様さまにお返かえしいたしました。

　吞兵衛どんべえは、元もとの貧乏びんぼうな暮くらしに戻もどってしまいましたが、楮こうぞ問屋どんやになった時ときよりも今いまの暮くらしの方ほうが、なんだか温あたたかさを感かんじていました。

　吞兵衛どんべえは、相あいも変かわらずお人ひと好よしで商あきない下手べたでしたが、優やさしいかかあと元気げんきな子こどもたちのために、足あしを棒ぼうにして山やまを歩あるき回まわり、楮こうぞを採とって暮くらしたそうです。

解説

　稲荷神いなりのかみは、稲荷大明神いなりだいみょうじん、お稲荷いなり様さま、お稲荷いなりさんとも呼よばれる、稲いねの精霊せいれいで、穀物こくもつ・食物しょくもつを司つかさどる神様かみさまです。

　そして、稲荷神いなりのかみをお祀まつりする稲荷いなり神社じんじゃは、日本にほん各地かくちにみられる神社じんじゃで、赤あかい鳥居とりいを構かまえ、境内けいだいに狛狐こまぎつねがあることでも知しられています。

　稲荷いなり神社じんじゃの数かずは、全国ぜんこくに三万さんまん社しゃとも四万よんまん社しゃともいわれ、江戸えど時代じだいにはその数かずの多おおさから、江戸えど時代じだい初期しょきのはやり言葉ことばに「伊勢屋いせや、稲荷いなりに犬いぬの糞くそ」といわれるほどでした。

　親したしみを込こめて、人々ひとびとからお稲荷いなり様さまと呼よばれる稲荷いなり神社じんじゃには、狐きつねがつきものです。

　しかし、稲荷神いなりのかみは狐きつねの姿すがたをしていません。

　狐きつねは、稲荷神いなりのかみのお使つかいとなる神使しんしなのです。

　ちなみに、稲荷神いなりのかみとは、須佐之男命スサノオノミコトと神大市比売カムオオイチヒメの間あいだに生うまれたとされる穀物こくもつの神かみである宇迦之御魂神ウカノミタマノカミと同一視どういつしされ、後のちに他たの穀物こくもつの神かみとも習合しゅうごうしました。

　古来こらい、日本にっぽんでは、狐きつねには人ひとの寿命じゅみょうや作物さくもつの収穫量しゅうかくりょうなどを予知よちする能力のうりょくを持もち、人ひとの精気せいきを奪うばい、あるいは人ひとを化ばかすなど、神秘的しんぴてきな動物どうぶつとして扱あつかわれてきました。

　たれ下さがった稲穂いなほが尻尾しっぽに似にていることや、米こめを食たべるネズミを退治たいじすることから、狐きつねは人間にんげんの暮くらしや稲作いなさくと関かかわりが深ふかく、信仰しんこうの対象たいしょうでもあったため、お稲荷いなり様さまのお使つかいに選えらばれたのでしょう。

　つまり、本来ほんらい、狐きつねはお稲荷いなり様さまのお使つかいなので、神格化しんかくかされた位くらいの高たかい狐きつねということになります。

　ところが、いつの頃ころからか神様かみさまのふり・・をして、人々ひとびとの願ねがいを何なんでもかんでも聞きき入いれご利益りえきを授さずける、ワル知恵ぢえの働はたらく位くらいの低ひくい狐きつねが現あらわれました。

　腹はら黒ぐろい狐きつねですから、それなりの見返みかえりを人々ひとびとに要求ようきゅうしました。

　『分銅ふんどう狐ぎつね』も、そういった類たぐいの狐きつねと考かんがえられます。

　さて、江戸えど時代じだい、周防国すおうのくに都濃郡つのぐん徳山とくやま(現在げんざいの山口県やまぐちけん周南市しゅうなんし)を治おさめていたのは、長州藩ちょうしゅうはん(萩藩はぎはん)の支藩しはんである徳山藩とくやまはんでした。

　徳山藩とくやまはんでは、紙かみ漉すきを奨励すいしょうし、年貢ねんぐはすべて紙かみによる上納じょうのうであったと伝つたわります。

　そのため、この地域ちいきでは和紙わしの原材料げんざいりょうの樹木じゅもくである「楮こうぞ」の取引とりひきが盛さかんに行おこなわれていました。

　周南市しゅうなんし須金すがね地区ちくは、明治めいじ時代じだいに約やく400戸この漉すき屋やが軒のきを連つらねて紙かみを漉すいていたといわれますが、大正たいしょう時代じだいに入はいると機械化きかいかにより紙かみ漉すきは急速きゅうそくに衰退すいたいし、昭和しょうわ時代じだいの初期しょきには紙かみ漉すきを行おこなう漉すき屋やはほとんどなくなりました。

感想

　お稲荷いなり様さま、つまり、本来ほんらいなら神様かみさまとなった狐きつねは怖こわいものではありません。

　しかし、お稲荷いなり様さまの信仰しんこうには、「怖こわい」「危険きけん」「祟たたりがある」という噂うわさが常つねに付つきまといます。

　古来こらい、日本にっぽんでは、動物どうぶつである狐きつねを神かみと信しんじることは、人間にんげんの生命せいめいに備そなわる畜生ちくちょう根性こんじょうを呼よび起おこすとされてきました。

　その結果けっか、そういった人ひとは人格じんかくが低落ていらくし、他人たにんを欺あざむいてでも自みずから金かね儲もうけしようとする汚よごれた心こころを持もつと考かんがえられてきました。

　さらに、「狐きつね憑つき」という精神的せいしんてきな異常いじょう行動こうどうと結むすびつけられて、お稲荷いなり様さまの信仰しんこうは危険きけんだと怖おそれられてもきました。

　『分銅ふんどう狐ぎつね』にもある通とおり、崇敬者すうけいしゃに対たいして、熱烈ねつれつなまでの信仰心しんこうしんを求もとめるのがお稲荷いなり様さまといわれています。

　そのことを承知しょうちの上うえで、崇敬者すうけいしゃはお稲荷いなり様さまとは付つき合あわなければならないと『分銅ふんどう狐ぎつね』のお話はなしは伝つたえているのでしょう。

　人間にんげんの方ほうも素直すなおで熱意ねついあるといった、お稲荷いなり様さまと似にた者もの同士どうしならば馬うまが合あうことでしょう。

　しかし、この組くみみ合あわせの唯一ゆいつの欠点けってんは、人間にんげんの方ほうが自分じぶんを見失みうしなってしまう可能性かのうせいがあり、お稲荷いなり様さまに過剰かじょうに振ふり回まわされてしまう恐おそれがあるということです。

　お稲荷いなり様さまに限かぎらず、神仏しんぶつとのお付つき合あいに礼儀れいぎを重おもんじ、幸運こううんのたびに感謝かんしゃするのはよいことです。

　とにかく、何事なにごともやりすぎると、副作用ふくさようを招まねくかもしれないということです。

まんが日本昔ばなし

『分銅ふんどう狐ぎつね』
放送日: 昭和52年(1977年)04月09日
放送回: 第0129話(0079 Aパート))
語り: 常田富士男･(市原悦子)
出典: 『周防すおう・長門ながとの民話みんわ 第だい1集しゅう ([新版しんぱん]日本にっぽんの民話みんわ 29)』 松岡利夫まつおかとしお (未來社みらいしゃ)
演出: 藤本四郎
文芸: 境のぶひろ
美術: 阿部幸次
作画: 上口照人
典型: 幽霊妖怪譚ゆうれいようかいたん･稲荷信仰いなりしんこう･長者伝説ちょうじゃでんせつ･狐譚きつねたん
地域: 中国地方(山口県)

最後に

　今回こんかいは、『分銅ふんどう狐ぎつね』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ、感想かんそうなどをご紹介しょうかいしました。

　信仰しんこうとは、本来ほんらい、人ひとが神様かみさまと結むすばれている事実じじつそのものなので、自分じぶんを見失みうしなうことはありません。しかし、お稲荷様いなりさまは熱烈ねつれつなまでの信仰心しんこうしんを求もとめるので、過剰かじょうに振ふり回まわされてしまう恐おそれがあります。そのことを承知しょうちの上うえで、お稲荷様いなりさまとは付つき合あわなければなりません。「過すぎたるは及およばざるが如ごとし」という言葉ことばにもあるように、何事なにごともやり過すぎは良よくないと『分銅ふんどう狐ぎつね』は教おしえています。ぜひ触ふれてみてください！