『牛方と山んば』は「逃走譚」と呼ばれる物語の一つです。牛方が牛に荷を積んで峠にさしかかると、山に住み、女の人喰い鬼である山姥が現れます。山姥が「食い物をよこせ」というので、牛方は積んでいた食べ物を投げ続けて最初は逃走しますが、最後は山姥を退治します。
今回は、『牛方と山んば』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『牛方と山んば』は、『牛方山姥』や『馬子と山姥』とも呼ばれ、東北地方に位置する青森県や山形県、中部地方に位置する新潟県や長野県、中国地方に位置する鳥取県や岡山県、島根県など、日本各地に広く伝わる民話です。
ちなみに、『牛方と山んば』は、東日本では牛方、西日本では馬子が主人公になっています。
牛方や馬方は、ただの運送業者ではなく、どちらかといえば行商人の側面が強かったようです。
日本全国北から南まで行脚する行商人の牛方や馬方が、もしかしたら『牛方と山んば』を語り広めたものかもしれません。
絵本『うしかた と やまうば (こどものとも絵本)』は福音館書店から出版されています。関野凖一郎さんの絵は、日本の原風景を感じることができます。そして、瀬田貞二さんが新潟県の伝承を軸として、他の多くの口承資料から選び再話した文が秀逸です。『牛方と山んば』の代表的な“型”と言っても過言ではない一冊です。あらすじ
むかしむかし、あるところにあるところに一人の牛方がおりました。
ある日のこと、牛方は、山向こうの村で売るため、浜でたくさんの塩鯖を仕入れ、それを牛の背に積み、山道を登っていました。
その途中、恐ろしい山姥が現れ、
「塩鯖を一匹くれ」
と牛方に言いました。
牛方は、塩鯖を食わせろと詰め寄ってくる山姥に、一匹渡しました。
山姥は塩鯖をぺろりと平らげ、
「塩鯖をもう一匹くれ」
とせがんできました。
怖くなった牛方は、もう一匹の塩鯖を出すと、それを山姥の後ろに投げて、一目散に逃げました。
山姥は、牛方の投げた塩鯖を一口で食べてしまうと、
「塩鯖をくれ!」
と言いながら牛方を追いかけてきました。
牛方は、時間を稼ぐため、一匹ずつ塩鯖を投げて、山姥から必死に走って逃げました。
山姥は、牛方の投げた塩鯖を食べながら、牛方を追いかけてきました。
山姥が塩鯖を食べるのが早いので、あっという間に塩鯖は減っていきました。
「塩鯖を全部置いていけ!そうしなければお前を喰うぞ!」
と叫びながら、山姥は牛方を追いかけてきました。
とうとう塩鯖はすべて山姥に食べられてしまいました。
すると山姥は、
「その牛を喰わせろ!そうしなければお前を喰うぞ!」
と怒鳴りながら牛方を追いかけてきました。
恐ろしくなった牛方ですが、牛がいなくなれば仕事ができません。しかし、このままでは自分が喰われてしまいます。
断腸の思いで牛を置いて、牛方は死に物狂いで走って逃げました。
牛を丸呑みにした山姥は、さらに牛方を喰うため追いかけてきました。
後ろから、
「待たぬか!」
と恐ろしい声が聞こえてきました。
牛方は逃げて逃げて、大きな池のほとりにたどり着くと、着物を池へ投げ、近くの木に登って隠れました。
ところが、牛方の姿は池の水に映っており、追ってきた山姥に見つかってしまいました。
「しまった!」
万事休すと牛方は思いました。
「今、喰ってやるぞ」
と言うと、山姥は池に飛び込みました。
牛方は、その間に木から降りて、夢中で逃げました。
すると一軒の家を見つけたので、牛方はそこへ急いで逃げ込み、屋根裏に隠れました。
牛方が屋根裏でホッと一息ついていると、ずぶ濡れの山姥が「寒い、寒い」と言いながら入ってきました。
この家は、なんと山姥の家だったのでした。
家に帰ってきた山姥は、
「甘酒でも沸かして飲むか」
と言いながら、囲炉裏の火をおこしました。
そのうち山姥は居眠りを始めました。
それを見た牛方は、屋根から藁を一本抜いて、それを使い、屋根裏から甘酒をすべて吸い上げました。
すると山姥が目を覚まし、甘酒がなくなっていることに気がつき、
「誰がわしの甘酒を飲んだんだ!」
と怒鳴りました。
牛方は、
「火の神、火の神」
と鼠の真似をしてささやきました。
「それじゃあしかたねぇ。それなら餅でも焼いて食うか」
と山姥は言いました。
山姥はそのうちまた居眠りを始めました。
やがて餅が膨らんでくると、牛方は、先ほどの藁を餅に突き刺し、餅をすべて食べてしまいました。
すると山姥が目を覚まし、餅がなくなっていることに気がつき、
「誰がわしの餅を食ったんだ!」
と怒鳴りました。
牛方は、
「火の神、火の神」
とまた鼠の真似をしてささやきました。
「また火の神の仕業か。それじゃあしかたねぇ。そんなら寝ることにするか」
と山姥はぶつぶつ言いました。
「火の神さま、今夜は石の唐櫃に寝ようか、木の唐櫃に寝ようか」
と山姥はひとり言をぶつぶつと言いました。
そこで牛方が鼠の真似をして、
「木の唐櫃、木の唐櫃」
とささやくと、
「火の神さまが言うんじゃあしかたねぇ。木の唐櫃にしよう」
と山姥は言って、木の唐櫃の中に入って蓋を閉めると、大きないびきをかいて眠ってしまいました。
そこで、牛方は屋根裏から降り、山姥の寝ている木の唐櫃が中から開けられないようにするため、大きな石を蓋の上に置こうと持ち上げたら、ゴロゴロと音がしてしまい、山姥が目を覚ましてしまいました。
山姥は寝ぼけながら、
「ゴロゴロ鳥は鳴くな。まだ夜は明けんぞ」
と言って、眠ってしまいました。
今度は、湯を沸かそうと、囲炉裏に鍋を掛け、火打ち石を擦ったら、カチカチと音がしてしまい、山姥がまた目を覚ましてしまいました。
山姥は寝ぼけながら、
「カチカチ鳥は鳴くな。まだ夜は明けんぞ」
と言って、また眠ってしまいました。
次は、木の唐櫃に錐で穴を開けようとしたら、キリキリと音がしてしまい、またまた山姥が目を覚ましてしまいました。
山姥はうとうとしながら、
「キリキリ虫が鳴いている。まだまだ夜は明けないな」
と言うと、またまた眠ってしまいました。
穴が開くと、牛方はその穴からグラグラ煮立った湯を注ぎ込みました。
初めのうちこそ、
「鼠の野郎、しょんべんかけやがって」
と言っていまいしたが、だんだん熱くなりだし、木の唐櫃から出ようとして蓋を開けようとしましたが、大きな石があって出ることができませんでした。
「許してくれ」
と山姥は言って大きな声で叫び、木の唐櫃を中からドンドンと叩き、暴れましたが、
「これは大事な牛を喰われた仇討ちだ」
と牛方は言って、煮立った湯をどんどん注ぎ込みました。
やがて木の唐櫃は、煮立った湯でいっぱいになり、すき間から湯が流れ出し始めると、もう中からは何も聞こえてこなくなりました。
「塩鯖も牛も喰われてしまった。これからどうしたらいいものか」
と牛方は、へろへろとその場にへたり込みました。
ところが、そのへたり込んだところには、金銀財宝がいっぱいあったのでした。
「これでまた牛を買って商売が出来る」
と牛方は言い、金銀財宝を持って家へ帰りました。
解説
『牛方と山んば』は、『旅人馬』と同じ「逃走譚」と呼ばれる民話の一つです。
ただし、『三枚のお札』にあるような、逃げる際に、ある物が他の物に変化することにより、追跡者から逃げようとする「呪的逃走譚」の形は取っていません。
しかし、『牛方と山んば』のお話の形は、現存する日本最古の歴史書である『古事記』にみられる、伊耶那美のいる黄泉の国を伊邪那岐が訪ねる物語が、その典型だと思います。
それは、イザナギが、最初は黒い鬘、次に野葡萄の実、さらに櫛、最後は桃の実を三個投げつけて、それら投げつけたものが色々な物に変化したことにより追手を退けますが、『牛方と山んば』においても、牛方がさまざまな知恵を働かせて逃げ延びる点が類似するからです。
また、『牛方と山んば』には、仏教における「生飯」という施食作法が背景にあるように感じてなりません。
生飯は、食事の前に餓鬼に施す“ごはん粒”のことで、仏教における実践すべき徳目の一つとされます。
そこに、旅の僧が「鯖」を乞う、阿波国(現在の徳島県)を中心に伝わる「鯖大師」の高僧伝説と結びつけたのではないかと想像します。
つまり、『牛方と山んば』は、「生飯(さば)」と「鯖(さば)」を結びつけた日本人特有の遊び心から生れたお話ではないでしょうか。
人を喰う恐ろしい山姥に鯖を与えるという行為は、山の神に供物を捧げて山での安全を祈った、日本古来の風習と結びついているということです。
『牛方と山んば』は、牛方が知恵を使って生き延び、恐ろしい山姥をこらしめるお話ですが、実は『古事記』と「鯖大師」という神道と仏教が交わり合う、日本人の潜在意識が生み出した民話ではないかということです。
感想
『牛方と山んば』に出てくる山姥は、『三枚のお札』がそうであったように、「親による我が子への執着」を表しているといわれています。
子どもを想う気持ちが強すぎることは、愛を与えているようで、実は我が子への執着で、それが親と子どもに不幸をもたらすといわれています。
親の一方的な想いは、愛情という名を借りた子どもへの支配です。
そうならないためにも、親は現在の親子関係を客観的な視点で冷静に見つめ、無自覚のうちに我が子への執着と束縛になっていないか、自分自身の心を洞察し自己理解を深めていくことが大切なのです。
親子が互いに高め合えるような関係性をつくるには、“気づき”が必要ということです。
まんが日本昔ばなし
『牛方と山んば』
放送日: 昭和51年(1976年)08月21日
放送回: 第0076話(第0046回放送 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 石黒昇
文芸: 境のぶひろ
美術: 山守正一
作画: 福田皖
典型: 逃走譚
地域: 東北地方/中部地方(新潟県)
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『牛方と山んば』は「DVD-BOX第7集 第33巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『牛方と山んば』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『牛方と山んば』は、牛方と山姥の絶妙なやり取りは、ハラハラドキドキの連続で、子どもの感情を揺さぶることでしょう。ぜひ触れてみてください!