『かしき長者』の「かしき」とは、漁師とは異なり、船に乗って食事の世話をする人のことです。『かしき長者』は、食べ物を大切にする、正直で信心深いけれど、貧しい「かしき」のお話です。
今回は、『かしき長者』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『かしき長者』は、愛知県の三河湾に浮かぶ日間賀島に伝わる民話です。
『かしき長者』の舞台である日間賀島は、恵まれた漁場に囲まれていることから、七世紀頃より人々が住み、日間賀神社境内にある14基の古墳からは、石錘や釣針などの漁具が数多く出土していることから、漁業で生活をしていたことがうかがえます。
『かしき長者』は、そんな漁業が中心である日間賀島が生みだした民話です。
昭和53年(1978年)に未來社より発行された小島勝彦の『尾張の民話』に「炊き長者」の題で収録されたことで広く知られるようになりました。
あらすじ
むかしむかし、ある島に佐助という間抜けな少年がいました。
佐助はまだ漁に出たことはありませんが、親方に頼み込んで食事の世話をする「かしき」として漁に連れて行ってもらえることになりました。
かしきの仕事は想像以上に大変で、漁師が寝静まった後も佐助は独りせっせと働いていました。
佐助は決して食べ物を粗末にすることをせず、残った食べ物は全て「どうぞ、おあがり」と言って魚に食べさせていました。
それから何年か経ちましたが、佐助は漁師としてではなく、相変わらずかしきとして働いていました。
ある日、また佐助だけ夜遅くまで働いていると、突然波の音が消え、船の揺れも止まりました。
不思議に思った佐助が甲板に出てみると、海の水がなくなり、あたりは砂漠になっていました。
砂漠は月の光に照らされ輝いており、この砂で鍋を研いたらきれいになると思った佐助は、桶いっぱいに砂をつめて船に戻りました。
翌日、このことを人に話したのですが、誰も信じてくれませんでした。
桶いっぱいにとってきた砂を見せようと船底に降りると、桶の中は砂金でいっぱいになっていました。
親方は佐助の話を聞いて、これは神さまが佐助に授けた物だから、全て佐助のものだと言い、立派な長者となりました。
その後も佐助は決して食べ物を粗末にすることはありませんでした。
今でも、この島の人たちは海に残った食べ物を捨てるとき「どうぞ、おあがり」と言って、魚に食べさせているということです。
解説
古来、日本人は四季折々のお祭りを大切にしてきました。お祭りといえば、東京人ならば、お神輿が町内を練り歩く光景をすぐに思い浮かべることでしょう。しかし、お祭りで最も重要なのは、その前に執り行われる「神事」です。その神事とは、「神饌」と呼ばれる食べ物を神様にお供えして、神様を迎える儀式です。つまり、お祭りは神饌から始まるということです。
お祭りとは、神様を崇め尊び、慰めながら除災を願い、豊作豊漁を祈る儀式です。日本人は「自然万物に神様が宿る」という宗教観なので、お祭りを始めるにあたって、まずは食べ物を供え、神様をお招きしなければなりません。そして、お祭りの最後には、お供えした食べ物を神様と一緒に食すという「直会」と呼ばれる儀式があります。直会は、神様と同じ食べ物を一緒にいただくことで、神様と人間が一体感を持ち、霊力をいただき、神様のご加護を得て、恩恵に与ります。
お祭りにおいて神饌は、神様と人間をつなぐ非常に重要な役割を果たすものです。これほどまでに、食べ物を大切に神様に捧げる国は日本以外にはありません。しかし、現在は、食への感謝の心や食べる喜びが希薄になり、ただただ空腹を満たすだけの食が増えているように感じます。
『かしき長者』には、現在の日本人が忘れている、自然の恵みへの感謝が、脈々と受け継がれています。
感想
「物を大切にしなさい」と叱られている子どもを目にすると、幼い頃に私も両親や祖父母、先生から同じように叱られたことを懐かしく思います。
日本人の多くは無宗教と言われますが、子どもに物を大切にするように叱る両親や『かしき長者』のお話を読むと、すべてのものに神が宿るという八百万の神という考え方は、現代も脈々と受け継がれているのだと感じます。
日本人は、物や食べ物に対して接頭辞の「お」や接尾辞の「さん」を付け、丁寧に表現する独特の習慣があります。これは、よくよく考えてみると無意識のうちに物に神様が宿るという考え方の影響を受けて生活していることにほかなりません。
昔ばなしは、ただお話を面白おかしく楽しむだけではなく、日本人の独自の考え方や信仰を伝えるという大きな役割も担っているのではないでしょうか。
昔ばなしからは、長年にわたり受け継がれた日本人の精神性に触れることができます。そして、そこには日本人が今まで培ってきた独自の伝統や文化を学ぶことができます。
色々な昔ばなしに接することは、日本の伝統や文化に改めて目を向けるだけではなく、それを伝えていこうとする態度を育てることにつながります。
『かしき長者』には、昔の日本人が残してきた伝統や文化とどう関わるか、それと同時に現代の日本人がどのようにそれと関わっていくかを考えさせられる物語です。
まんが日本昔ばなし
『かしき長者』
放送日: 昭和51年(1976年)04月17日
放送回: 第0049話(第0028回放送 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: まるふしろう
文芸: 沖島勲
美術: 下道一範(サキスタジオ)
作画: 高橋信也
典型: 長者譚
地域: 中部地方(愛知県)
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『かしき長者』は「DVD-BOX第2集 第10巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『かしき長者』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
お話の舞台である日間賀島は、観光の宣伝広告にもある通り「蛸と河豚」の島です。そして『かしき長者』は、まさしく「タコ(多幸)」と「フグ(福)」のお話です。ぜひ触れてみてください!