『みやこ鏡』は、鏡や池などに映る自分の顔や姿を、別の実在する人物と取り違え、勘違いや思い込みから起きるドタバタ劇を題材にした笑話です。
今回は、『みやこ鏡』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『みやこ鏡』は、『鏡騒動』とも呼ばれ、古典落語で演じられたり浪曲で語られたりする『松山鏡』の題材でもある著名な笑話です。
似たようなお話が日本各地に広く伝わり、あらすじは地域ごとに若干の差異がありますが、主人公が鏡や池などに映る自分の顔や姿を、別の実在する人物と取り違え、勘違いや思い込みから起きるドタバタ劇を題材にしている点は共通しています。
ちなみに、昔話では長門国の厚狭郡と豊浦郡(現在の山口県の山陽小野田市と下関市)が舞台とされていますが、落語や浪曲では越後国頸城郡松之山郷(現在の新潟県の十日町市松代・松之山地区)が舞台とされています。
また、アイソーポスという古代ギリシアの奴隷が、紀元前6世紀にお話を作ったとされる『イソップ寓話』には、「犬と肉」という題で、ふと川を見た犬が、水面に映った自分の姿を、見知らぬ犬の姿と勘違いしてしまうという、欲張りな犬を題材にした教訓話が載っています。
絵本『みやこかがみ (いもとようこの日本むかしばなし)』は、金の星社から出版されています。鏡を知らない人たちが、初め鏡に映った自分自身を見た時、人はどのように感じるのでしょうか。その様子を、いもとようこさんが、迫力のある絵と温かみのある文で、面白おかしく描いています。あらすじ
むかしむかし、ある山奥に“鏡”のない村がありました。
鏡がないので、この村の住人は、自分の顔を知りませんでした。
自分の顔を知らないということは、なかなか厄介なもので、これは鏡がないことで大変なことが起きるお話です。
鏡がない村に太郎作と女房が仲良く暮らしていました。
太郎作は大変な親孝行で、ある時、お殿様から親孝行のご褒美をいただくことになりました。
太郎作がお城に登城すると、お殿様から、
「その方、両親が世を去ってから18年間、一日も欠かさず墓参りをしたと聞いておる。その親思い、褒めてつかわす。褒美を与えるので、望みがあれば遠慮なく申してみよ」
と言われました。
驚いた太郎作ですが、
「当たり前ことをしているだけなので、ご褒美はいりませんが、あえて言うならば、ひと目でいいから亡くなった父親に会いたいです」
と答えました。
「なるほど」
と言ったお殿様は、少し考えると、名案が浮かびました。
「これは、余が京の都で求めた家宝の鏡である。これをその方に遣わす」
とお殿様が言うと、太郎作の前に、立派な箱が差し出されました。
「太郎作、箱の中を覗いてみよ」
とお殿様から言われたので、太郎作は恐る恐る箱を開け、そっと中を覗いてみました。
そこには太郎作が映っていましたが、太郎作の父親は太郎作にそっくりだったため、
「父さん!息子の太郎作だよ!」
と言いいながら、太郎作は、嬉しくて、目に涙をいっぱい浮かべながら、さらに鏡に話しかけました。
「父さん、私は心配ないよ。泣かないでください」
と太郎作は言いました。
この様子に、一同はすっかり感心しました。
「太郎作、その方の親思いには、ほとほと感心いたした。家宝である鏡であるが、その方に遣わす。ただし、決して他人に鏡を見せてはならんぞ」
とお殿様は、太郎作に念押しするように伝えました。
太郎作は、お殿様からいただいた鏡を、大切に胸に抱いて家に帰りました。そして、お殿様からの言いつけ通り、女房にも内緒にして、こっそり裏の納屋の古葛籠にしまいました。
こうして太郎作は、毎日、こっそり裏の納屋へ行き、鏡を覗いては父親との再会を楽しんだのでした。
ある時、
「どうも近ごろ、うちの人の行動がおかしいような気がする。何か私に隠し事をしているに違いない」
と思った女房は、太郎作が仕事に出かけると、納屋に入りました。
そして、女房は、太郎作が隠していた鏡を見つけたのでした。
女房が鏡を覗いてみると、そこには女がいました。
鏡の中の女はとても不細工でしたが、それでも、内緒でこっそり女を納屋に隠していたことを知った女房は、激しく嫉妬しました。
そして、鏡の中の女に向かって、
「お前は、どこのおなごだ!うちの人を取りやがって!なんで泣いているんだ!泣きたいのはこっちだ!」
と泣きながら女房は言いました。
夕方になり、仕事から亭主が戻ってまいりました。
案の定、女房と太郎作は、鏡のことで大喧嘩になりました。
しかし、太郎作にとって鏡は、死んだ父親と再会するものであるので、女房から納屋の女と言われても、さっぱり理解することができませんでした。
そこに、たまたま通りかかった同じ村の尼さんが、女房と太郎作の夫婦喧嘩の仲裁に入りました。
「いつもは仲の良いお前たちが、どうして喧嘩をしているだね」
と尼さんが二人に向かって言うと、
「尼様、聞いてください。この野郎は私の目を盗んで、納屋におなご隠していたんです」
と女房が答えました。
そこで、太郎作は、女房に全てを打ち明けることにしました。
「あれは親孝行をしたとのことで、お殿様からいただいた、いつでも死んだ父親に再会できるものであって、おなごは隠していない。お殿様から『誰にも見せてはならんぞ』と言われたので、今まで内緒にしていたんだ」
と太郎作は女房に言いました。
そこで、尼さんが、納屋に女がいるのか死んだ父親がいるのかを確かめることにしました。
三人して納屋へ行き、尼さんが鏡を覗いてみると、そこには尼さんの姿が映りました。
太郎作と女房が、
「おなごか?父親か?」
と尋ねると、
「女がおる」
と尼さんは答えました。
そして、尼さんは、
「確かに中には女がいるが、もう頭を丸めて尼になっているので、亭主の浮気は心配ないよ」と笑いながら言いました。
誰も鏡というものを知らない、鏡のない村のお話でした。
解説
鏡の始まりは「水鏡」だと考えられています。
鏡が誕生するまで、人々は水たまりや水を溜めた鉢などに、自分の顔や姿を映していたようです。そのことは、日本各地に「姿見の池」などと呼ばれる池が残っていることからも、水面が鏡であったことがうかがえます。
その後、鋳造技術が誕生したことから、金属の鏡が作られるようになります。そして、現代の一般的な鏡が登場します。
日本には、今から約2200年前の弥生時代前期に中国大陸から鏡が伝来します。その鏡はというと、青銅製のもので、顔を映す道具というより、太陽の光を反射する神秘的なものとして、祭祀や魔除けなどの儀式に用いられたと考えられています。また、有力豪族の権力の象徴としても青銅製の鏡は珍重されました。
天皇の位のしるしとして相伝されている三種の宝物は、「三種の神器」と呼ばれ、「八尺瓊勾玉」「草薙剣」と共に、「八咫鏡」という巨大な鏡が伝えられています。
江戸時代になると、技術の向上により、庶民向けの青銅製の鏡が作られるようになり、一般庶民にまで広く浸透していきます。
感想
鏡は、鏡の前にあるものを、そのまま映し出します。
例えば、鏡に立てば、自分の立った姿が映し出されるので、身だしなみを整えるのにとても重宝します。
鏡は、現代では誰しもが日々の暮らしの中で、当たり前に使うようになった、なくてはならない道具です。
本来ならば見ることができない自分を、鏡を使えば見ることができるという点が、鏡のとても面白いところです。
つまり、鏡は、自分自身を見つめる機会を与えてくれるという役割を担っているということです。
これは、外見だけではなく、内面に対してもいえることでしょう。
そのためには、じっくりと鏡と向き合うことが必要です。
じっくりと鏡と向き合えば、そこには周りから見られている時の自分自身が映し出され、今まで自分自身が気づいていなかった新しい自分に気づかされるからです。
では、毎日の生活の中で、どのように鏡と向き合えばいいのかを、具体的に考えてみましょう。
まず、一日の始めに、鏡を通して自分自身に挨拶してみましょう。
朝、目が覚めたら、まずは鏡の前に立ち、そこに映し出された自分の顔に、
「おはよう。今日の調子はどう」
と語りかけてみませんか。
声を発することで、鏡を通して向かい合う自分自身と客観的に対峙することができるので、心と体にどのような変化が起きているのかを気づくことができます。
鏡を通して自分自身との会話をすることは、心に余裕が生まれ、豊かな表情にもつながることが期待できます。
次に、朝、家を出る前に鏡の前に立ち、そこに映し出された自分自身に笑顔があるかを確認しましょう。
笑顔がなければ、その場で笑顔を作りましょう。そして、服装などの乱れがないことを確認しましょう。
意識して鏡に向き合えば、今日、一日を過ごそうとしている自分自身の顔や姿が、周りからどのように見えるのかを、鏡を見るだけですぐ分かります。
三つ目は、学校や会社など、自分が活動している場所で、自分の顔を鏡で見ましょう。
周りから自分がどう見えているのかを意識し、それを自問自答しながら鏡と向き合ってください。
最後は、寝る前に鏡と向き合い、そこに映し出された自分の顔に、
「おやすみ。明日も佳い一日になりますように」
と語りかけながら、今日一日を自分自身がどのように過ごしたのかを振り返りましょう。
鏡と向き合う行動の中で、一番重要なことが、寝る前に鏡と向き合い、今日という一日の自分自身の行動や状態を客観的に振り返ることです。
実は、一日をしっかりと振り返ることで、心というものは、大きく、逞しく成長します。
毎日、鏡と向き合い、今の自分自身を見つめ、過去の自分と今の自分を比べ、これからの理想の自分を想像することが出来れば、人生は良い方向に向かいます。
自分を磨き、心を磨く。
毎日、鏡を通して、刻々と変わっていく自分自身と、丁寧に向き合いましょう。
まんが日本昔ばなし
『みやこ鏡』
放送日: 昭和52年(1977年)07月02日
放送回: 第0147話(0091 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 『周防・長門の民話 第2集 ([新版]日本の民話 46)』 松岡利夫 (未來社)
演出: 芝山努
文芸: 境のぶひろ
美術: 芝山努
作画: 芝山努
典型: 笑話
地域: 中国地方(山口県)
最後に
今回は、『みやこ鏡』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
川や池などの水面に映る自分の姿を、初めて見た古代の人たちは、そのこと自体に驚いたのと同時に、そこに神秘的な力を感じたことでしょう。「鏡がない」もしくは「鏡を知らない」という世界と、鏡とは一体どのような存在だったのかを描いたお話が『みやこ鏡』です。ぜひ触れてみてください!