桃の中には『桃太郎』
竹の中には『かぐや姫』
そして、みかんの中には...仙人がいました。それも二人。さらに二人は碁を打っていました。みかん栽培が盛んな地域に伝わる、どうして美味しくて大きなみかんができるようになったかの由来のお話が『仙人みかん』です。
今回は、『仙人みかん』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『仙人みかん』は、伊豆国君沢郡西浦木負(現在の静岡県沼津市西浦木負)に伝わる民話といわれていますが、和歌山県にも『みかんの中の仙人』という題で類話が伝わることから、みかん栽培が盛んな地域には広く伝わる民話と考えられます。
昔から、静岡県伊豆地方の南部に位置する内浦・西浦地区は、みかんの産地として知られています。
現在でも西浦木負地区は、みかん栽培が有名な地域で、伊豆地方は東伊豆だけでなく、沼津から戸田にかけても山林ではみかんが盛んに栽培されています。
『せんにんみかん 伊豆の昔話 (こどものとも 2019年1月号)』は、福音館書店から出版されています。みかんの実の中で起こる不思議な出来事を、福知伸夫さんが分かりやすい文と迫力ある絵で、面白おかしく表現しています。想像力が弾ける一冊です。 『伊豆の民話 ([新版]日本の民話 4)』は、未來社から出版されています。太平洋の海のなかに、ずんと片腕をのばしたような伊豆半島。そこには、豊かな自然に恵まれた生活条件のなかに、明るくおおらかな風格をもつ民話が伝わります。人間本然の哀愁のなかに、のんびりとした明るさがある伊豆の民話が55篇収録されています。あらすじ
むかしむかし、伊豆国の西浦の木負に、広い「みかん山」を持つ一人の男がおりました。
ある年のこと、その年は当たり年で、どの山でもびっしりとたわわにみかんが実り、枝は実が重そうで、折れそうに垂れさがっていました。
ところが、当たり年だというのに、どうしたことか、実がつかない山が一つだけありました。
男は不思議に思い、いく度となく山を見て回りましたが、どうしても原因がわかりませんでした。病気ではなく虫もついていないのに、実が一つもつかないなんてことは、今までに一度だってなかったのでした。
「何百本もある木に一つぐらいなっていてもよさそうなものだ」
と男は思いながら、丁寧に下枝を調べていくと、みかんの葉の色にまぎれて、一つの大きな実のみかんを、ようやく探し出しました。
「たった一つだけあったぞ」
と男はつぶやきました。
一つだけ付けておいても仕方がないので、男は「もぎ捨てようか」と思いましたが、どんなみかんの実になるか気になり、残しておくことにしました。
それからというもの、一つのみかんが気になるので、男は山に出かける度に、見に行くようになりました。
すると、その度に、みかんの実はどんどん大きくなっていくので、男は楽しみになりました。
その後、
「へんてこなみかんじゃのう」
と人の頭ほどにもなったみかんを見守りながら、男は思いました。
そろそろ色づきはじめ、取って食べられる頃になりましたが、男の好奇心もふくらみ、どれだけ大きくなるか試してみようと思うようになりました。
枝は実の重さでだんだん下がり、とうとう地面につくほどの大きさになりました。
それでも、実はとまる様子もなく、ずんずん大きくなって、ついにひとかかえほどになってしまいました。
「もうこのへんでよかろう」
と思った男は、はさみを持って山へ出かけました。
熟したみかんを指先で、コツコツたたいてみたところ、
「まて、まて」
と中から声がしてきました。
「おかしなこともあったものだ」
と思った男は、もう一度たたいてみました。
すると、
「まて、まて」
とまた声がしました。
男は、どんな具合になっているのかと不思議に思い、みかんに耳をあててみると、
「また、わしの勝ちじゃな」
「いやいや、そうたびたび負けてばかりおられぬ」
「それでは、こうといくか」
と話し込んでいる声と、パチンと石で木の面をたたく音が中から聞こえてきました。
しばらくすると、
「まてよ、まてよ、ううん」
とたまりかねたような声が聞こえたと思うと、今度はしばらく音も声もしませんでした。
男はなんのことか、さっぱりわからないので、中を覗いてみたくなり、小さな棒きれを取ってみかんの皮に穴をあけ、目を細めて覗きこみました。
みかんの中には白いひげを伸ばした二人の老人が、碁盤を囲んでさかんに碁を打っていました。
穴に背を向けている老人の方が、勝っているらしく、余裕をもってあごひげを、ときどきしごいているのに、穴の正面にいる老人は、碁盤を見てうつむき、頭を左に右にしきりにひねっていました。
ときたま、
「うーむ」
と正面を向いていた老人は、苦しそうな声を出していました。
そして、ようやく正面の老人は、思い切ってパチリと黒の碁石を打ち、顔を上げると光の差し込むみかんの穴に目を向けたのでした。
すると、老人の目と男の目があって、驚きながらもお互いに、にっこりと笑いました。
やはり碁は、正面の老人が負けそうで、なんとか挽回をねらっているようでした。
実は、男もなかなかの碁打ちでして、食事も忘れて碁を打ち続け、家族の者に叱られるほどでした。
こうなっては、男はもうじっとしていられませんでした。黒が勝てる手を男は探し始めました。
そして、みかんの皮の穴を大きく拡げて、指を差し込み、黒に合図をして、石を置く場所を教えてやりました。
黒の碁石を持った老人は、にっこりとうなずくと、力をこめてパチンと石を置いたのでした。
「うむ、これは良い手じゃ」
と背を向けた老人は残念そうにいい、チエッと舌を鳴らしました。
男の指が、つぎの石を置くところを示すと、老人はうなずいてまた、パチンと石をおろしました。
「こりゃこりゃ、また読まれたか」
と後ろ向きの老人は、正座にすわりなおして、真剣になるのでした。
男はもう完全に、自分が碁を打っている気持ちになり、とうとうみかんの皮に、体が入るほどの穴を開けてしまい、体を半分のり入れました。
男の助け舟で、碁の勝負は逆転し、黒の碁石を持つ老人はニコニコあごひげをしごきながら、相手の手を待っているのでした。
「変だなあ、今までおぬしに一度だって、負けたことないのに」
「そうはいかんさ、いつも柳の下にどじょうはおらんからな」
と正面の老人はいつにない調子のいい顔つきで、大きくあいた穴のほうに目をむけ、相づちを打つように首をたてに振りました。
そのとき、碁盤から目を上げた、うしろ向きの老人は、体をのり出した男をとうとう見つけてしまいました。
うしろ向きの老人が、
「ややや、こいつはずるいぞよ、内緒で教えていたな」
と言うと、正面の老人は、
「アハハハハ、ばれてしまってはしょうがない」
と言い、うしろ向きの老人が、
「アハハハハ、急にバカ強くなったと思ったが、どうりで」
と言ったら、 「アハハハハ」
「アハハハハ」
と二人の老人は、大きな口を開けて笑い転げました。
すると、二人の老人は立ち上がりながら碁盤の上の石を、わしずかみにし、
「けしからんやつじゃ」
と言いながら、男めがけてバラバラふざけるように投げつけました。
男も笑いながら碁石をあびたが、二人の老人は、あっという間にどこかへ消えてしまいました。
大きなみかんは、ぽっかりと二つに割れてしまい、中から種がバラバラとこぼれ落ちました。
男は夢でも見ていたような気持ちで、今しがたの出来事をしばらく思い出していました。
やがて、何を思ったのか、男は散らばった大粒のみかんの種をかき集めて山を下りました。
男がこの種を畑にまき、苗を育てたところ、めずらしくほど大きく、その上、味も色もよいみかんがたくさん実りました。
こうして、木負のみかんは、ますます多くの人に知られていったのでした。
解説
古来、日本では、屋敷の庭には「必ず植えておくべき」といわれる木があり、それを「吉祥樹」と呼びました。
それぞれの地域や各々の家によって多少の違いはありますが、いずれも「厄除け」「家内安全」「商売繁盛」「不老長寿」「子孫繁栄」「家運隆昌」「五穀豊穣」を祈願したものです。
みかんの原産地はインドのアッサム地方です。それが中国を経て日本に伝わったとされ、古くから日本人に愛されてきた、なじみ深い果物の一つです。
みかんは、その仲間も含めて、すべてが吉祥樹とされます。
みかんは、海外から伝わりましたが、「橘」だけは、昔から日本に自生している日本の特産種です。
橘は、京都御所紫宸殿の左近の桜とともに右近の橘として知られ、三月の雛飾りとしてもなじみ深い果物ですが、沖縄県から静岡県までの温暖な気候の海岸地域に自生していて、寒冷な気候の地域では育ちにくいのが特徴です。
そこで、寒冷な気候の地域では、みかんと同じ仲間である「柚子」を吉祥樹として植えます。
柚子は、寒さに強く、よく実をつけるのが特徴ですが、成木になるまでに年月がかかることから、大きな柚子の木がある家は旧家の証といわれました。
ちなみに、「桃栗三年、柿八年、梨の阿呆が十六年」という唄がありますが、その後に続く歌詞は、「柚子のおとぼけ二十五年」と歌われます。
これも柚子がなかなか実をつけないことから、そう歌われたのでしょう。
感想
樹木は、古来の人々の思いや考え方、さらには人々の心までも代弁してくれる環境要素でした。
人々は、家庭から凶(鬼)を払い、吉(福)を呼ぶ願いを、「厄除け」「家内安全」「商売繁盛」「不老長寿」「子孫繁栄」「家運隆昌」「五穀豊穣」などの年中行事や言葉とともに、樹木に託しました。
日本には「八百万の神」という神観念がありますが、『仙人みかん』は森羅万象に神を感じる日本古来の考え方を色濃く反映したお話ということです。
まんが日本昔ばなし
『仙人みかん』
放送日: 昭和52年(1977年)01月08日
放送回: 第0109話(0066 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 『伊豆の民話 ([新版]日本の民話 4)』 岸なみ (未來社)
演出: 樋口雅一
文芸: 沖島勲
美術: 青木稔
作画: シンエイ動画
典型: 怪異譚・由来譚
地域: 中部地方(静岡県)
最後に
今回は、『仙人みかん』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
古来、日本人は、自然の森羅万象の中に神が宿ると考え、聖域を作り、神々と繋がろうとしました。『仙人みかん』は、日本人の自然に対する敬意と畏怖の気持ちを表したお話です。ぜひ触れてみてください!