近くの山にすむ天狗が、被ると姿を消すことができる『天狗のかくれみの』を持っていることを知った彦一は、それが欲しくて欲しくてたまりませんでした。そこで彦一は得意の頓智を利かせ、一本の竹筒で天狗から“かくれみの”をだまし取ることを思いつきます。
今回は、『天狗のかくれみの』のあらすじと内容解説、感想などをご紹介します!
概要
『天狗のかくれみの』は、日本では非常に有名な説話で、「彦一ばなし」と呼ばれる著名な頓智話の一つです。
吉四六さんや一休さんと共に、彦一は、日本を代表する頓知話の主人公ですが、先の二人とは違い、空想の人物ではないかといわれています。
「彦一ばなし」の舞台は、九州地方に位置する熊本県の八代地方と伝わります。
彦一を主役とする「彦一ばなし」は、熊本県八代地方を中心として、現在も人々に愛され語り継がれていますが、類話も日本各地に存在します。
代表的な類話を挙げると、山形県の佐兵、石川県の三右衛門、兵庫県・岡山県・島根県の彦八、佐賀県の勘右衛門、鹿児島の侏儒どん等々があります。
あらすじ
むかしむかし、ある所に、大変に頓智が利く、彦一という若者がおりました。
ある日のこと、山にすむ天狗が、被ると姿を消すことができる、「隠れ蓑」を持っていることを、彦一は聞きつけました。
彦一は天狗の隠れ蓑が欲しくてたまりませんでした。
そこで、天狗から隠れ蓑を騙し取れないかと考え、何やら思いつくと、竹筒を一本持って山へ登って行きました。
彦一は、山のてっぺんに着くと、竹筒を目にあてて、
「むむっ、こいつはいい眺めだ。はるか天竺が、手に取るように見えるぞ!」
とはしゃぎました。
すると、それを見ていた天狗が、
「その竹筒は何だ」
と彦一に尋ねました。
「これは南蛮渡来の千里眼といって、ずっと遠くにあるものもよく見えるものだ」
と彦一は答えました。
天狗は、
「ワシにも見せてくれ」
と彦一に頼みましたが、
「姿も見せんやつに、千里眼は貸せない」
と言って、彦一は断りました。
「いま、姿を現すからな」
と天狗は言って、隠れ蓑を脱ぎました。
すると、天狗の姿が現れました。
「隠れ蓑というのは、大したもんじゃなあ」
と彦一は驚きました。
天狗は、
「ちょっとの間だけ、隠れ蓑と千里眼を取り替えないか」
と言い、彦一に隠れ蓑を差し出しました。
「そんなら貸してやろう」
と言って、彦一も天狗に竹筒を渡しました。
天狗から隠れ蓑を受け取った彦一は、サッと被って姿を消し、あっという間に山を下って逃げました。
彦一が逃げたことを知らない天狗は、竹筒をのぞきましたが、もちろん何も見えません。
「彦一、だましたな!」
と天狗はカンカンに怒りましたが、時すでに遅し、隠れ蓑を被った彦一の姿を探すことはできませんでした。
天狗は竹筒を投げ捨てると、彦一を探すのを諦めて、山へ帰っていきました。
山を下りた彦一は、そのまま町へ向かいました。
隠れ蓑を被っているので、誰ひとり彦一には気がつきませんでした。
それをいいことに、彦一は、蕎麦屋へ入って美味しいお蕎麦をたらふく食べると、お勘定をしないで店を出ました。
店主が、慌てて彦一を追いかけますが、隠れ蓑を被った彦一の姿を見つけることはできませんでした。
“食い逃げ”が上手くいったので、それからは働きもせず、隠れ蓑を使ってお金を盗み、彦一は勝手気まま暮らしをしていました。
とある朝、何も知らない彦一の女房が、
「いやだよ、こんな汚いもの、誰がタンスに入れたんだろ」
と言って、隠れ蓑を燃やしてしまいました。
彦一が気づいた時には、隠れ蓑は竃で真っ黒な灰になっていました。
ところが、頓智が利く彦一は、灰となっても姿を消すことができるのではないかと思い、灰を集めて体に塗ってみたところ、ものの見事に姿を消すことが出来ました。
大喜びの彦一は、さっそく酒屋へ行き、酒をがぶがぶと飲みました。
ところが、酒を飲んだことで、口の周りの灰が剥げてしまい、酒屋の主人に見つかってしまいました。
「口のお化けが酒を飲んおる!誰か捕まえてくれ!」
と酒屋の主人に叫ばれたので、彦一は夢中で逃げました。
逃げ回っている間に、汗で体に塗った灰が剥げ落ちて、裸の彦一の姿が少しずつ現れてきました。
そして、最後は川に落ちて灰が全部流れ落ち、みっともない姿をさらしてしまい、彦一はみんなの笑い者になってしまいました。
捕まった彦一は、
「もう二度と悪戯はしません」
と謝って、町の人たちからやっと許してもらったのでした。
解説
熊本県八代地方に伝わる「彦一ばなし」の彦一は、日本を代表する頓智話の主人公ですが、素性に関して謎の部分が多く、空想の人物ではないかといわれています。
ただ一方では、肥後国(現在の熊本県)の熊本藩八代城の城下町の出町に居住していた下級武士で、定職を持たず、農作業や傘職人などをして生計を立てていたともいわれています。
また、出町の光徳寺には彦一の墓があると伝えられています。
「彦一ばなし」の特徴は、町人やお殿様などのお話のみならず、タヌキやキツネなどの動物から河童や天狗などの妖怪まで、素材がとても豊富だということです。
そして、彦一が働かせる頓智は、ズルい者や権力者を懲らしめたりするのではなく、失敗をして彦一が赤っ恥を掻いたり、民衆に笑いを振りまいたりと、『天狗のかくれみの』に代表されるように、陽気な彦一の人物像が描かれています。
感想
人は、自分の弱い部分を隠すために様々な服を着ます。それは、地位や肩書きと呼ばれるものだったりします。そして、多くの服を着ていると、心のどこかで人は安心します。
仏教の世界では、身心の本来の姿にたちもどることを「身心脱落」といいます。
つまり、仏教では、服を着ることではなく、脱ぎ捨てることが大切だと説いているのです。
さて、彦一は服を脱ぎ捨て、裸の自分に灰を塗りました。
これが、もしも彦一が服を着た状態で、服の上から灰を塗っていたらどうだったでしょうか。
その場合、灰が剥げ落ちても、ただ服を着ている人に戻るだけなので、町の人混みに紛れ込めば、彦一が見つかることはなかったでしょう。
しかし、実際の彦一は、裸の体に灰を塗ったことで、灰が剥げ落ちたら、みっともない姿となってしまい、目立ってしまったから、町の人たちに捕まってしまいました。
つまり、裸の体に灰を塗ったからこそ、彦一は最後にしっかりと謝ることができたのです。
今の自分を見極めたことで、初めて自分の身や心に対する執着がなくなり、彦一は解脱の境地に達したと『天狗のかくれみの』は教えています。
まんが日本昔ばなし
『天狗のかくれみの』
放送日: 昭和51年(1976年)10月02日
放送回: 第0085話(第0052回放送 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 樋口雅一
文芸: 沖島勲
美術: 山守啓陽
作画: 上口照人
典型: 頓智話・彦一噺・天狗譚
地域: 九州地方(熊本県)
最後に
今回は、『天狗のかくれみの』のあらすじと内容解説、感想などをご紹介しました。
「悪銭身に付かず」ということわざのように、不正な手段で得た金銭は、手元に残らないで、すぐに無くなってしまう、という意味を、そのまま物語にしたものが『天狗のかくれみの』です。ぜひ触れてみてください!