源平合戦の最後の地である「壇ノ浦の戦い」で入水した、幼い安徳天皇を祀っている阿弥陀寺(現在の山口県下関市に鎮座する赤間神宮)は、源平合戦で敗れた平家一門を祀る塚があることで有名です。そして、阿弥陀寺は盲目の琵琶法師『耳なし芳一』の舞台でもあります。
今回は、『耳なし芳一』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『耳なし芳一』とは、盲目の琵琶法師である芳一が、怨霊から逃れるために経文を全身に書き記し、難を逃れようとしますが、耳だけ経文を書き忘れられたため、怨霊に耳だけ引きちぎられるという怪談話です。
芳一が実在した人物なのかどうかは不明です。しかし、一説には、南北朝時代(1337~1392年)の平家琵琶演奏家である明石覚一ではないかと言われています。
『耳なし芳一』は、明治時代の文豪であるラフカディオ・ハーンこと小泉八雲が怪奇文学作品集『怪談』に取り上げられたことにより日本中で広く知られるようになりました。
あらすじ
むかしむかし、赤間関の阿弥陀寺というお寺に、芳一という盲目の琵琶法師が住んでいました。
芳一の琵琶の弾き語りは、少年の頃から師匠をしのぐ腕前でした。その中でも芳一は『平家物語』の弾き語りが得意で、「壇ノ浦の戦い」の歌を謡うと「鬼神も涙を流す」と言われるほどの名手でした。
ある夏の夜、和尚の留守の時に、芳一が琵琶の稽古をしていると、裏門から近づいてくる足音が聞こえてきました。けれどもそれは和尚ではありませんでした。
そして、
「芳一!」
と低い声で呼んだのでした。
芳一は怯えながら、
「は、はい。わたくしは目が見えません。いったいどなたさまでございましょう」
と訊ねたのでした。
すると声の主は、
「わしは、主人の使いで参った。我が主人は高貴なお方で、お主の琵琶の語りを聞いてみたいとお望みだ。さあ、屋敷へ案内しよう」
と言いました。
芳一はその申し出に従うことにしました。芳一が男の声の後についていくと大きな屋敷へ通されました。
「芳一をつれて参ったぞ」
と男が声をかけると、衣擦れの音、ささやく声があちらこちらから聞こえてきました。
すると、奥の方から年老いた女の声で、
「芳一、さあ壇ノ浦の話をきかせておくれ」
と言われました。
「かしこまりました」
と芳一は答え、声を張り上げて、激しい海戦の歌を謡いました。芳一の琵琶の弾き語りを、皆が熱心に聴き入り、語りが佳境になると、皆が激しく泣いたのでした。
語りを終えた芳一に、
「なんと素晴らしい。今夜から後六日間琵琶の弾き語りを聞かせてほしい。また、このことは誰にも言わないように」
と年老いた女に言われました。
そして、芳一がお寺に帰ったのは、もう明け方に近い頃でした。
約束通り、芳一はこの不思議な出来事を誰にも言わず、翌日も高貴なお方の所へ行き琵琶の弾き語りをしました。
ところが、和尚は、目の見えない芳一が夜ごと無断でお寺から抜け出し一人で出かけ、明け方に帰ってくることに気付いて不審に思い、その理由を芳一に問い詰めましたが、芳一は黙ったままでした。
和尚は、お寺の男たちに芳一を見張るよう命じました。
その夜、雨の中、芳一が出かけていきました。お寺の男たちは芳一の後を追いかけましたが、見失ってしまいました。ところが、阿弥陀寺の墓地の近くを通りかかると、大雨にもかかわらず、一心不乱に琵琶を掻き鳴らす芳一の姿を見つけたのでした。
近づくとそこは安徳天皇の墓前で、芳一は恐ろしいほど無数の鬼火に囲まれて琵琶を掻き鳴らしていました。
驚愕したお寺の男たちは強引に芳一を連れ帰りました。
和尚は芳一にこの晩の出来事を教え、打ち明けるようにと迫りました。事実を聞かされ、和尚に問い詰められた芳一はとうとう事情を打ち明けました。
芳一が、平家一門の邪悪な怨霊に取り憑かれていることを知った和尚は、
「芳一、このままではお前の命が危ない。だが、わしは今夜も出かけなければならない。その前に、お前の身体中にお経を書こう。お経がお前を守ってくれるはずだ」
と言い、和尚は芳一を裸にして、弟子の僧侶とともに身体中の隅々まで般若心経と呼ばれるお経を書きました。
そして和尚は、
「もし名を呼ばれても、返事をしてはいけない。動いてもいけない。わしの言う通りにしておけば、間違いなく危険は通り過ぎるであろう。しかし、もし声を出したり、少しでも動いたりすれば、お前は八つ裂きにされるだろう」
と芳一に堅く言い含めたのでした。
その晩、芳一が一人で座っていると、いつものように怨霊が芳一を迎えに来ました。けれども、お経の書かれた芳一の身体は、怨霊には見えません。
「芳一、芳一、琵琶はあるが芳一はおらん。いったいどこにおるのだ」
と当惑した怨霊は芳一を探し回りました。
芳一は和尚の申しつけに従い、物音のひとつ立てず、じっとしていました。
怨霊は芳一を探し回った挙句、写経し忘れた耳のみが暗闇の中で見えました。
「おや、これは芳一の耳ではないか。それではここへ来た証拠に、この耳を持って帰るとしよう」
と怨霊は言い、芳一からその両耳を引きちぎったのでした。
それでも芳一は身動き一つせず、声を出しませんでした。
そして怨霊はそのまま去って行きました。
明け方になり帰って来た和尚は、両耳を引きちぎられて血だらけになり意識のない芳一の姿に驚きました。
芳一から昨夜の一部始終を聞いた和尚は、初めて、芳一の身体に般若心経を写経した際に、弟子の僧侶がお経を耳にだけ書き漏らしてしまったことに気付き、芳一に、そのことを見落としてしまった自の非を深く詫びたのでした。
その後、平家一門の邪悪な怨霊は二度と現れず、芳一の耳の傷も無事に治りました。
この奇妙な出来事は世間に広く知れ渡り、芳一の琵琶の腕前も評判になり、人々が絶えずお寺にやってくるようになりました。
そうして芳一は、いつしか「耳なし芳一」と呼ばれるようになりました。
解説
源義経の率いる源氏軍に追い詰められて、壇ノ浦の海に沈み平家は滅亡します。幼い安徳天皇を抱き寄せながら入水した平清盛の正室である二位尼(平時子)をはじめ、安徳天皇の母の建礼門院( 平徳子)など、平家の女たちが次々と入水していったというその情景は、涙なくしては語ることができません。
それを記したものが『平家物語』です。
その語り部として日本で最も有名な琵琶法師が、『耳なし芳一』の主人公である盲目の芳一ではないでしょうか。
山口県下関市に鎮座する赤間神宮の境内の宝物殿の奥には、「芳一堂」があります。
山口県芸術奨励賞を受賞したこともある彫刻家の押田政夫氏(山口県防府市出身)による芳一像は、昭和32年(1957年)に舞台となった赤間神宮に祀られました。
芳一堂は小さなお堂ですが、小泉八雲の『怪談』で知られていることもあり、赤間神宮の中でも人気の場所です。
また、赤間神宮は、源平合戦で敗れた平家一門を祀る塚があることでも有名です。
耳を引きちぎられた芳一ですが、その後は平家の怨霊に祟られることもなく、琵琶の名手として何不自由なく暮らしたと物語は締めくくります。
その結末にひと安心しました。
「祇園精舎の鐘の声」の有名な一説から始まる『平家物語』は、日本人なら誰しも一度は読んでみたいと思う物語といわれています。『吉村昭の平家物語』は、原文の雰囲気を残しながらの現代語訳でありながら、意外なほど読みやすいです。鎌倉時代の日本人の感性をうかがい知ることができ、日本人の精神の根源を感じることができます。感想
『耳なし芳一』の舞台は、山口県下関市に鎮座する赤間神宮の前述である阿弥陀寺です。
そこに住む琵琶法師の芳一が、「壇ノ浦の戦い」で海に沈んだ平家の怨霊たちに請われて、壇ノ浦の悲話を琵琶をかき鳴らしながら語るところから物語が始まります。
毎夜のように安徳天皇や平家一門を祀った墓所へと出かける芳一は、無数の鬼火が飛び交う中、何かに取り憑かれたように壇ノ浦の悲話を、琵琶をかき鳴らしながら一心不乱に語り続けます。
これを知った和尚が芳一の身を案じて引き戻し、怨霊から見えないようにするため、芳一の身体中に般若心経の経文を書き記しました。
前夜同様、芳一を迎えに怨霊が再び訪れますが、怨霊には琵琶が見えるだけで芳一の姿は見えません。
それでも、耳だけが見えたので、芳一の耳を強引に引きちぎり、その場を立ち去ります。
これは、芳一の耳にだけ経文を書き記し忘れたことにより起こりました。
そして、芳一の耳の傷も癒え、怨霊も現れることもなくなり、物語は幕を閉じます。
「壇ノ浦の戦い」により、栄華を誇った平家は滅亡に至ります。その死に様があまりにも無残だったことで、怨霊となってこの世を彷徨することになったと、一般的には捉えられています。
しかし、壇ノ浦で戦いに巻き込まれて死出の旅へと急き立てられた幼帝や女たちは、その悲運を芳一の琵琶の弾き語りによって慰めてもらっていたのではないでしょうか。
そう考えると、幼帝や女たちは、むしろ健気ではないでしょうか。
芳一が耳を引きちぎられたことは悲運とはいうものの、それが怨霊となった平家一門の精一杯の報復だったという気がしてなりません。
まんが日本昔ばなし
『耳なし芳一』
放送日: 昭和51年(1976年)07月10日
放送回: 第0067話(第0040回放送 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 杉田実
文芸: 吉田義昭
美術: 馬郡美保子
作画: 馬郡美保子
典型: 怪異譚
地域: 中国地方(山口県)
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『耳なし芳一』は「DVD-BOX第2集 第8巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『耳なし芳一』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『耳なし芳一』は、壇ノ浦の海に沈んだ平家一門の恨みが怨霊となり、琵琶法師の芳一に祟ったという物語です。ぜひ触れてみてください!