奉公先で仕事に励みながらも、また逢える日を夢みて、母に似たお面を眺めては、遠くにいる母を想う——娘が母を想う心の大切さを描いた物語が『母の面と鬼の面』です。
今回は、『母の面と鬼の面』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『母の面と鬼の面』は、『鬼の面』とも呼ばれ、出雲国仁多郡(現在の島根県仁多郡奥出雲町)に伝わるとされ、上方落語にも取り上げられている民話です。
奥出雲町は、島根県出雲地方の東南部に位置し、広島県と鳥取県に接している山間の町で、『古事記』や『日本書紀』に記される「ヤマタノオロチ神話」の舞台として、悠久の歴史を持つ町として知られています。
また、奥出雲町には「たたら製鉄」という、日本古来の伝統的な製鉄法が受け継がれ、日本刀の素材となる玉鋼は、たたら製鉄でしか作ることができません。
今から約1300年前の天平5年(733年)に編纂された『出雲国風土記』の「仁多郡条」には、横田郷、三処郷、布施郷、三澤郷の四つの郷を指して、
「以上の諸郷より出す所の鐵、堅くして、尤も雑具造るに堪ふ」
(この地で生産される鉄は堅く、いろいろな道具をつくるのに最適である)
と生産される鉄の優秀性が記されているほど、古くから製鉄が盛んに行われ栄えてきました。
絵本『かあさんのおめん (幼児みんわ絵本 24)』は、ほるぷ出版から出版されています。松谷みよ子さんの監修による絵本です。なかなか想像しにくい、貧しさから母親と離れて暮らす娘の気持ちを、吉沢和夫さんが子どもにも分かりやすいように優しい文で伝えています。その文と北島新平さんの穏やかな絵が重なることで、この時代を生きた子どもたちのことが、現代の子どもたちにも語り継がれます。遠目がきく絵本です。あらすじ
むかしむかし、出雲国の仁多の奥に、年老いた母親と一人の幼い娘が、二人でひっそりと暮らしていました。
年老いた母親は体が弱く病気ばかりしていたので、家は貧乏でした。
そこで母親思いの娘は、
「お母さん、私を隣村のお金持ちのお家へ、働きに行かせてください」
と母親に告げました。
「すまないね。ありがとう」
と母親は涙を流して、娘に礼を言いました。
娘は、翌日から、隣村のある大金持ちのお家に奉公することになりました。
娘は、正直者で、素直で、どんな辛いことを命令されても、いつも「はい、はい」と、よく言いつけを守って、嫌な顔ひとつしないで、ニコニコと働いていました。
そんなある日、村の鎮守の神様のお祭りがあるので、娘が主人の子ども背負ってお宮へ行きました。
すると、お面が並ぶ店の前で、娘は「あっ!」と小さな声で叫びました。
たくさん並んでいるお面の中に、母親にそっくりの顔をした女のお面を見つけたのでした。
母親が恋しくなっていた娘は、今まで働いて貯めたお金を全部使い、その女のお面を買って屋敷に戻りました。
そうして、毎日夜になるとお面を出しては、
「お母さん、今日も私は無事でした。お母さんもご無事で」
と娘は話しかけていたのでした。
ある日、同じお金持ちのお家で働く、いたずら好きの下男が、娘の毎晩の行動をこっそり見て、
「何を見てぶつぶつ言っているのかな」
と言いながら、行李を開けてみました。
そうしたら、行李の中に女のお面が入っていたのでした。
「そういうことか。それなら脅かしてやれ」
と言って、女のお面の代わりに鬼のお面を入れておきました。
あくる晩、
「今日のお母さんは、どうしているだろうか」
と思い、娘が行李を開けたところ、母のお面が鬼のお面になっていたのでした。
「これは、どうしたことか。お母さんのお面が鬼のお面になっている。これはお母さんの身に何かあったに違いない」
と娘は思いました。
「お母さんの身に何かあったに違いないから、お暇をいただきたいです」
と娘が主人に伝えると、話を聞いた主人は、
「それほど心配なら、里に帰らせてあげよう。ただ、里へ帰るのは明日の朝にしなさい。夜は冷え込むし、途中の山には山賊が出るとのうわさがある」
と娘に優しく言いました。
あくる日、娘は、朝早くに出発しましたが、峠まで来たら日が暮れてしまいました。
それでも、娘は、一刻でも早くお母さんに会いたい一心で、暗い山道歩き続けました。
やがて、深い木に囲まれた暗い山道の向こうに、ゆらゆら揺れている灯りの当たる樹々が見えてきました。
「誰かが、焚き火をしているんだわ。ほんの少しだけ、焚き火の前で休ませてもらおう」
と思った娘は、灯りの見える方向へ向かいました。
すると、火を囲んでいたのは、恐ろしい顔をした体格のいい男たちで、たくさんのお金や宝物を並べて、酒盛りをしていました。
その中の男が娘を見つけて、
「お前はこんな晩にどこへ行くんだ。そこで焚き火に薪をくべるのを手伝え」
と言って、娘を捕まえました。
「ご勘弁ください。お母さんが大変なことになっているので、私は急いで実家に帰らなければならないのです」
と娘は男に伝えましたが、許してはもらえませんでした。
そうして娘は、
「夜が明けるまでは仕方ない」
と思い、焚き火の番をすることにしました。
パチッ、パチパチ薪が燃える音を聞きながら、焚き火の番をしていた娘の顔は、だんだんとほてって熱くなってきました。
仕方がないので、娘は、荷物の中から鬼のお面を取り出して、それをかぶりました。
すると、男の中の一人が、
「うわー、娘が鬼になっている。あの娘は鬼の化身だったのか」
と言って、そのまま転がるように逃げていきました。
他の男たちも、
「鬼が出た、鬼が出た」
と言って、たくさんのお金や宝物を放り出して、あわてて逃げていきました。
後には、鬼のお面をかぶった娘と、たくさんのお金や宝物が、焚き火の前に取り残されました。
そして娘は、
「きっとお母さんが、私のことを守ってくれたんだわ」
と思いました。
それから娘は、男たちが残したお金や宝物を風呂敷に包んで、家へと急ぎました。
家に帰ってみると、お母さんは病気ではありませんでした。
その後、母と娘は末永く仲良く暮らしました。
解説
『母の面と鬼の面』の舞台である、島根県仁多郡奥出雲町の「仁多」という地名の由来は、『古事記』『日本書紀』によると日本国を創った神とされる大国主命(大穴持命)が、
「此の国は、大きくも非ず、小さくも非ず。川上は木の穂刺し加布。川下は河志婆布這ひ渡れり。是は爾多志枳小国なり」
(この国は適度な大きさで、川上は木の枝が梢を差し交わし、川下は葦の根が這い渡っている。ここは豊潤で水田に適した、こぢんまりとした国である)
とおっしゃったためと記されています。
つまり、仁多とは、「水田に適した豊潤な土地」ということを意味します。
古代の人々にとって、日当たりが良く、水が確保できて、災害にあいにくいことは、日々の暮らしのうえでとても重要なことでした。
空間の広がりを感じるオオクニヌシのこの表現は、仁多という土地に対する最高の誉め言葉といえましょう。
また、オオクニヌシが、
「此の地、田好し」
(この地の田は良い)
とおっしゃったとの記述もあるので、仁多は肥沃な土地で、稲作が盛んに行われていたことがうかがえます。
感想
中国戦国時代の思想家である荘子は、
「親を敬う気持ちで親孝行するのは簡単だが、愛する気持ちで親孝行するのは難しい」
と『荘子』に記しています。
つまり、親孝行の核心は「子が親を愛する心」、すなわち「孝行心」を子が持っているかどうかということになるということです。
子が親に対して愛する心をもっていれば、子は親に関心を持つようになりますし、子が親に対して関心を持つようになれば、親が何を必要としているのか、どうすれば満足してもらえるのかを子が分かるようになります。
親にとって子は人生のすべてです。親の子に対する愛には条件がありません。子がいくら親を愛したとしても、親が子を愛する心にはまったく及びません。
だから、子は親を惜しみなく愛さなければならないと、『母の面と鬼の面』は説いています。
まんが日本昔ばなし
『母の面と鬼の面』
放送日: 昭和52年(1977年)05月07日
放送回: 第0136話(0083 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 『出雲の民話 ([新版]日本の民話 12)』 石塚尊俊/岡義重/小汀松之進 (未來社)
演出: 小林三男
文芸: 沖島勲
美術: 阿部幸次
作画: 高橋信也
典型: 致富譚
地域: 中国地方(島根県)
最後に
今回は、『母の面と鬼の面』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
日本には美しい伝統と価値観が多くあります。その中の一つが「親孝行」です。親孝行というと、どうしても大袈裟なことに思えてしまいますが、実は難しいことではなく、「孝行心」を子が持ち、惜しみなく親を愛すればいいと『母の面と鬼の面』は語っています。ぜひ触れてみてください!