「大和撫子」は日本人女性の美称です。態度や表情が穏やかで、容姿端麗、清楚で言葉遣いが美しく、男性を立てるような女性を指します。そして、なによりも一途で健気な女性なのが特徴です。『オオカミと娘』は、ひたむきな娘の切なくて悲しい物語です。
今回は、『オオカミと娘』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『オオカミと娘』は、『オオカミ石 』とも呼ばれ、柳田國男による『遠野物語』に「遠野の狼石」として収められている逸話です。
東北地方に位置する岩手県上閉伊郡附馬牛村(現在の岩手県遠野市附馬牛町)に伝承されてきた民話とされます。
青森県・岩手県・宮城県・福島県の東北地方の太平洋沿岸を中心とした、いわゆる“みちのく”と呼ばれる地域には、オオカミを神様として祀る「狼信仰」が広く伝わります。
そんな背景から生まれた民話が、『オオカミと娘』ではないかと考えられます。
あらすじ
むかしむかし、ある険しい山の麓、陸中国と羽後国の国境に、たった二十軒ばかりの寂しい村がありました。
この村には、「よそ者を入れることも泊めることもするな」という掟がありました。
ある寒い冬の晩、朝からチラチラと雪が降っていて、夕方になるとそれが大吹雪に変わりました。
この日、どこから来たのか、吹雪の中を貧しい姿をした旅の巡礼の母と娘が、重い足を引きずりながら村を通りかかりました。
歩き疲れた母と娘は、一晩泊めてもらおうと村の家々を訪ねましたが、見知らぬ者を泊めてくれるところはありません。
吹雪はますます強くなり、母娘は泣きながら、一軒一軒を訪ねて歩き、とうとう村はずれの二十軒目の家の戸口に立っていました。
トントン
トントン
戸を叩くと、その家の女房が出てきたので、
「歩いているうちに日が暮れてしまい、とても困っています。どうか一晩泊めてください」
と母娘が泣きながら頼むと、
「それはお気の毒に。泊めてあげたいのはやまやまですが、あいにく旦那さんがやかましくてお泊めすることができません。でも、この先に龍雲寺というお寺があるから、そこならきっと泊めてくれるでしょう」
と女房は言い、母娘におにぎりを手渡しました。
母娘はやっとの思いでお寺へたどり着き、
「どうか一晩泊めてください」
と和尚さんに頼みましたが、
「よそ者を泊めるところなどない。本堂の軒下でよければ、勝手に泊まっていけ」
と言い捨てて、和尚さんはさっさと中へ引っ込んでしまいました。
その夜、旅の母娘は、風と雪が吹き込み、凍るような寒さの本堂の軒下で、ブルブルと震えながら抱き合っていました。
その姿を見た和尚さんは、
「かわいそうに……今夜のうちに狼に喰われてしまうだろう」
と思いました。
その夜は大変な大吹雪になりました。
夜更けになると、裏山から狼の鳴き声が、吹雪の合間から聞こえてきました。
狼の鳴き声がだんだんとお寺に近づいて来るので、母娘は、寒さと怖さに震え固く抱き合っていました。
狼の吠える恐ろしい声を聞きながら、和尚さんが、
「とうとう狼がやって来た。あの母娘もいよいよ獲って喰われてしまうだろう」
と思いましたが、それでも母娘をお寺の中へは入れようとしませんでした。
そして夜が明けると、和尚さんは早く起きて、本堂の軒下を覗き込むと、案の定、そこには母娘の姿はありませんでした。ただ、隅の方に古い笠が一つ置かれていました。
それで和尚さんは、
「昨夜、旅の母娘は狼に喰われた」
と思いました。
それから、しばらく経ったある日のこと、和尚さんは隣村の法事で遅くなり、夜の山道を足早に帰っていました。
すると、背後の方から狼の鳴き声が聞こえてきました。
怖くなった和尚さんは走り出しました。
ところが、いつの間にか和尚さんが進む方向に、六頭の大きな狼が待ち伏せをしていて、和尚さんを喰い殺してしまいました。
そこで、村人たちは熊平という、腕の良いマタギに狼の退治を頼みました。
「よし、オレが狼を退治してやる」
と言って、熊平は鉄砲を持って狼の住む洞穴を探し出すと、近くの木に登って、狼が洞穴から出てくるのを待ち構えました。
しばらくすると、六頭の大きな狼が洞穴から飛びだしてきて、木の上の熊平を見つけると、しきりに吠え立てました。
「今だ!」
ドスーン!
ドスーン!
と熊平は狙いをつけて次々と鉄砲を撃ちましたが、狼たちが素早く身をかわすので、弾は一発も狼には当たりませんでした。
やがて、熊平の鉄砲の弾が尽きてしまいました。
弾がなくなったことを知った狼たちは、熊平がいる木の下にやって来ると、その木に六頭で飛びついて、木を揺らして熊平を落とそうとしました。
その時、狼の住む洞穴から、一人の美しい娘が出てきて、
「あの人はもう鉄砲を撃ちません。そして帰りを待つ家族がいます。許してやりなさい」
と言って、狼たちを制したのでした。
すると、狼たちは木の下を離れて、洞穴へ戻って行きました。
驚いた熊平は、木から下りると、一目散に村へ逃げ戻りました。
それからまたしばらく経った、寒気に冴えわたる月夜のこと、不意に六頭の狼が村を襲いました。
村人たちは驚いて、鉄砲を撃ったり弓矢を射ったりしましたが、狼たちの動きが素早く、どうすることもできませんでした。
すると、いつか熊平を助けた娘がそこに駆けつけ、荒れ狂う狼たちを鎮めようとしました。
その時、村の猟師の放った一本の矢が飛んできて、娘の胸に刺さったのでした。
娘は悲しそうな声を出し、その場に倒れました。
それを見た狼たちは、再び荒れ狂い、村人を五、六人喰い殺してしまいました。
倒れた娘は、苦しみながらも、
「この村には、お寺への道を教えてくれた優しい方がいるんだよ。だから、村の人たちを殺してはいけません」
と言うと、そのまま息絶えました。
その時に村人たちは、初めてこの美しい娘が、あの時の巡礼の娘だったことを知ったのでした。
六頭の狼は、娘の言葉を聞くと、悲しそうに鳴きながら、娘の遺体をひきずりどこかへ運んでいきました。
そんなことがあってから、村人たちは、自分たちが不親切であったことを後悔し、それからは「悪いことをすると狼がやって来るぞ」といって、旅人などを親切にもてなすようになりました。
ある日、村人の一人が峠を通ると、六頭の狼が悲しそうな声をあげて鳴いているのを見かけました。
それは、狼たちが亡き娘を慕い、悲しんでいるように映りました。
六頭の狼が並んで、日毎夜毎、「ウォー、ウォー」と遠吠えを繰り返し、ついには、そのまま六つの石になってしまいました。
それからというもの、月夜の晩には、石になった狼の悲しそうな遠吠えが、峠の道から聞こえてくるようになったそうです。
解説
関東地方では、埼玉県の南西部に位置する秩父市に鎮座する三峯神社を中心とした広い範囲で、オオカミを神様として祀る「狼信仰」があります。
関東地方で発生した狼信仰が、日本各地に伝わり、現在も残っています。
東北地方も狼信仰が強く残っている地域のひとつで、三峯神社という名の神社をはじめ、オオカミを神様として祀る神社も至る所に存在します。
そして、面白いことに、東北地方の狼信仰は、いわゆる“みちのく”と呼ばれる太平洋側に痕跡が多く残り、日本海側には少ないという傾向がみられます。
それと同時に、『オオカミと娘』にあるような“何かが石に変化する”という「石化」と呼ばれる民話も、みちのく地方には数多く伝わります。
その名残である、「立石」という地名と「石神神社」にみられる石を神様として祀る信仰が、みちのく地方には至る所に存在するという点も大変に興味深いです。
『オオカミと娘』は、東北地方に伝わる狼信仰と石神が結びついて生まれた民話ではないかと考えられます。
感想
男性・女性限らず、真っすぐで一生懸命に健気な人は、誰からも愛される魅力が沢山あります。
健気な人は、何事にも一生懸命で、努力を惜しまないことが特徴といえます。そんな姿に、愛おしさを感じる人も少なくないでしょう。
そして、健気な人は、一途な心を持っていることも特徴として挙げられます。誠実で真っすぐということは、悪意を持って相手を傷つけたり裏切ったりすることはしません。
また、健気な人は、自分の事よりも他人のことを優先する傾向があります。周囲がよく見えているので、困っている人にすぐに気づくことができるから、気遣い上手で人に喜ばれます。
生きていれば、色々なことが生活には関わってきます。
体を鍛えたり、勉強をしたり、人に対して優しくしたり……なりたい自分を目指して努力する“自分磨き”もその一つです。
あらゆる事に、思いやりと情熱を持って接すれば、一生懸命さが「健気」として伝わることでしょう。
そうすれば、周囲から尊敬されるような人間になることができるでしょう。
まんが日本昔ばなし
『オオカミと娘』
放送日: 昭和51年(1976年)12月11日
放送回: 第0100話(第0062回放送 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 藤本四郎
文芸: 沖島勲
美術: 藤本四郎
作画: 藤本四郎
典型: 霊験譚
地域: 東北地方(岩手県)
『オオカミと娘』は未DVD化のため「VHS-BOX第3集 第29巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『オオカミと娘』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
日本人がオオカミを含めた「イヌ」というものをどう捉え、習俗信仰の中にどのように組み込んできたのかを『オオカミと娘』では知ることができます。ぜひ触れてみてください!