『たにし長者』は、子どものいない老夫婦が子どもを恵んでくださるよう水神様に祈願すると、老婆に子どもができました。しかし、生まれてきた子どもは人間ではなく“タニシ”でした。
今回は、『たにし長者』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
来歴は不明な『たにし長者』ですが、小さなものが突然に立派な若者に変身し、幸福な結婚をするところに特色があります。
そのような物語形式の昔話は、『御伽草子』の「一寸法師」と共通しています。
実際に「たにし長者」でも打ち出の小槌で打つと一人前の若者になったという類話があり、「たにし長者」と「一寸法師」とは、ただの混交とは思えない全体的な交錯があります。
日本ではタニシを水神様の使者とする信仰があるため、この昔話は、そうした宗教的観念を背景にして成り立ったと考えられます。
あらすじ
むかしむかし、あるところに貧しい老夫婦がいました。老夫婦には子どもがなく、子どもを授かれるようにと水神様に毎日お詣りしていました。
するとある日、子どもが産まれました。でもそれは人間ではなく“タニシ”でした。それでも老夫婦は水神様からの授かりものだからと大切に育てました。そして二十年の歳月が流れましたが、タニシはタニシのままでした。
そんなある日、タニシが二人を楽にしたいと言うので、タニシの言われるままに、長者に納める年貢の米俵の上にタニシを乗せました。タニシは米俵を運ぶ馬を上手に操り、それを見た長者はすっかり感心して、自分の娘の婿にならないかと言いました。タニシも喜んでそれを承知しました。長者は二人の娘に尋ねると、姉娘は怒って断りますが、妹娘は水神様の申し子であるならきっと良いことがあるでしょうと言い、タニシの嫁になることにしました。
長者の娘は、老夫婦によく仕え、よく働くので、暮らし向きもよくなりました。夫婦もこれも水神様のおかげだと一生懸命に水神様を信仰しました。
こうして一年が過ぎた頃、タニシと嫁は薬師様のお祭りに出かけました。嫁は願掛けをするため、タニシを田んぼのふちに置き、その場を離れました。
それを見ていた長者の姉娘はタニシの大好物な餌をまき、田んぼからたくさんのタニシが出てくるのを待ちました。そして、姉娘は次にカラスに向かって「タニシやるぞ」と言うと、たくさんのカラスがやってきて口ばしでタニシをつつき始めました。
そこに嫁が戻ってきて、慌ててタニシの上から覆いかぶさってかばいました。すると嫁の帯の下のタニシが大きくなり、立派な若者の姿になりました。二人は喜んで一緒に家に帰り、それを見た老夫婦も、知らせを聞いた長者もたいそう喜びました。
その後、若い夫婦は商いを始めます。商売は大繁盛し、タニシ長者と呼ばれるようになりました。
解説
人間と違った種類の存在と人間とが結婚する異類婚姻を題材にした民話は、『鶴の恩返し』や『雪女』などのように不幸な結末になるものが多いのに対して、『たにし長者』は幸福な結婚に至る結末です。
それは、『たにし長者』が『桃太郎』や『一寸法師』などに代表される異常誕生を題材にした民話でもあることが関係しているのではないかと考えられます。
通常の異類婚姻の場合、生まれや出身といった、その出自は問題にされず、どこからかやって来て男や娘に求婚し、結末では去っていきます。しかし、『たにし長者』のように婚姻関係が続き幸福な結末が生じるという通常の異類婚姻の民話とは異なる展開・結末が生じるためには、それなりの理由を必要としたと考えることができます。
その理由となるのが、異常誕生ではないでしょうか。
つまり、主人公のタニシは誕生の時から特別な存在であり、それゆえに普通では起きない出来事が起きたと理解することができます。
異類婚姻のお話の場合、主人公は女性であることが多く、別の存在である異類と結婚を通していかに関係をとるかが、物語の中心となります。
ところが『たにし長者』では異類婚姻となるタニシの息子が主人公となっています。
まず、主人公が普通ではない誕生をしたことから物語は語られます。それゆえタニシという異常な誕生で生まれた主人公が、成長してどのようになっていくのかが物語の中心となります。
『桃太郎』や『一寸法師』のような偉業を成し遂げた英雄の物語は、特別な存在であることを示すためにこのような異常誕生が語られることが多いのです。それゆえ、『たにし長者』が英雄の物語へと展開する可能性があります。
つまり、異類婚姻という視点からみれば、『たにし長者』で異類が人間になることを可能にした展開として、関係を切るのでなく関係をつなぐ結婚となったことを挙げることができます。
すなわち、娘が父のいうことを聞いて結婚を受け入れます。そして、タニシは人間となり二人の関係は結婚後も末長く続くという結末となります。
感想
『たにし長者』は、初めから終わりまで神様への祈りと信仰を描いています。
ここで信仰される神様は、人々が暮らしの中で水と関わることによりって生みだし信じてきた水の神様である水神様です。
さて、お話で重要な役割を果たすのが嫁となる長者の妹娘です。
先ず、タニシの嫁になろうと自ら申し出ることは、消極的で犠牲的な精神でなく、積極的に受容する精神であると考えます。
この時点で嫁は、タニシを人間に変えようという意図はなく、タニシそのものをありのままに受け入れて大切にする姿勢です。
嫁が薬師様へお祈りしたことにより、タニシは人間の姿となりましたが、仮にタニシのままだとしても、嫁は変わらずに、タニシである夫を大切にし続けたと思われます。
嫁の受容は、何かを期待したり見返りを求めたりするものではないということです。
受容することの重要性、そしてそこに神様の祝福があることを『たにし長者』は教えています。
まんが日本昔ばなし
『たにし長者』
放送日: 昭和50年(1975年) 03月04日
放送回: 第0018話(第0009回放送 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 藤本四郎
脚本: 平見修二
美術: 藤本四郎
作画: 樋口雅一
典型: 異常誕生譚・異類婚姻譚・致富譚
地域: 東北地方(岩手県)
最後に
今回は、『たにし長者』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
日本ではタニシを水神様の使者とする信仰があり、この『たにし長者』は、そうした宗教的観念を背景にして成り立ったと考えられます。ぜひ触れてみてください!