
『鬼の刀かじ』は、日本の中部地方に属する石川県の奥能登地方に伝わる昔話です。優れた老刀鍛冶とその一人娘、そして謎めいた若者との間で繰り広げられる伝説の刀工を描いた、とても興味深いお話です。
今回は、『鬼の刀かじ』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『鬼の刀かじ』は、『剱地の刀かじ』や『鬼神大王波平行安』とも呼ばれ、石川県の北西部に位置し、能登半島北部の奥能登地区の中核となる輪島市にある門前町の剱地(旧・石川県鳳至郡剱地村)と呼ばれる地名の名称由来のお話です。
そして、『鶴の恩返し』や『うぐいす長者』に代表される「見るなの禁」と呼ばれる禁室型に分類され、「見るな」や「覗くな」が禁忌であり呪詛となる民話でもあります。
『鬼の刀かじ』には、「鬼」ではなく「蛇」というお話も存在するなど、いくつかのバリエーションが、同じ中部地方に属する新潟県を始め、東北地方に属する青森県や四国地方に属する徳島県にも分布します。
そして、すべてのお話に共通する点が、刀を鍛えた刀工は勿論のこと、先人への敬意と感謝です。
『鬼の刀かじ』は、刀の卓越した出来栄えが、超自然的なものとして語られ、日本の刀の文化における神秘性が強調されています。
絵本『おにさんばなし こわごわドキドキ30話 (親子の名作よみきかせ絵本)』は、大泉書店から出版されています。怖いようで、でも楽しい、おっかなびっくりする鬼のお話が30篇収録されています。恐ろしい鬼、優しい鬼、愉快な鬼など、「赤おにからもらった力」や「おにの刀かじ」をはじめとする色々な鬼が登場するので、もし鬼と仲良くなりたいとお考えならば最強の一冊です。 『松谷みよ子のむかしむかし 三 (日本の昔話 3)』は、講談社から出版されています。松谷みよ子さんの読みやすく整えられた文と瀬川康男さんの絵が素晴らしいです。民話への温かい心が感じられる一冊です。「小判の虫ぼし」や「鬼の刀かじ」など17篇が収録されています。 『加賀・能登の民話 第1集 ([新版]日本の民話 21)』は、未來社から出版されています。中央から遠い辺地で、四方を山と海にかこまれ、自然条件とのきびしい闘争を余儀なくされた中で生れ伝承されていった、あるいは不気味な、あるいはこっけいな「蟹淵の化け蟹」や「鬼神大王波平行安」などの民話103篇を収録しています。あらすじ
むかしむかし、能登国の海辺の村に一人の年老いた刀鍛冶がおりました。
トンテン カーン
トンテン カーン
老刀鍛冶は、とても働き者で、毎日毎日、鍛冶場から鎚を打つ音が聞こえてきました。
老刀鍛冶の願いは、一生涯にただ一本でいいので、身震いするほど立派な刀を作ることでした。
そんな老刀鍛冶には、一人の娘がおりました。
老刀鍛冶の家は大変に貧しかったので、娘の身なりは粗末でした
しかし、気立ては優しく、色の白い、美しい娘でしたので、あちらこちらの村から
「嫁にくれ、嫁にくれ」
と多くの若者が老刀鍛冶の家に訪れてきました。
それなのに、
「嫁の婿として迎える男は、立派な鍛冶でなければならない」
と老刀鍛冶は思っていたので、訪れてくる若者たちを次々と追い返しました。
娘は父の仕事に誇りを持っていましたので、父の考えを理解し、父をいたわり、身の回りの世話や畑仕事などをして父を支えました。
そんなある日の夕方のこと、一人の見知らぬ若者が訪ねてきて、
「私は、遠い国の者だが、お爺さんの娘を一目見て、惚れてしまいました。婿にして欲しい」
と老刀鍛冶に申し出ました。
この若者は、目元がキリリとしていて、たくましく、男らしい青年だったので、
「一番鶏が鳴くまでに、刀を千本鍛えることが出来るのならば、娘の婿にしてやる」
と老刀鍛冶は若者に伝えました。
すると若者も、
「私にも約束をしてもらいたいことがあります。私が刀を鍛えている間、何があっても鍛冶場を覗かないで欲しい」
と老刀鍛冶に伝えました。
老刀鍛冶は、
「妙なことを言うなぁ~」 と思いましたが、
「若者が秘伝の技術を持っているのかもしれない」
と考え、その申し出を許しました。
早速、若者は井戸へ向かうと、服を脱ぎ、ふんどし一丁の姿になりました。
そして、何かを唱えながら井戸水をかぶり体を清め始めました。
若者の身体は筋骨隆々で、水をかぶる姿は美しく感じるほどでした。
体を清め終わると、若者は服を着て、さっそうと鍛冶場へ入り鎚を振るい始めました。
カーン ゴーン
カーン ゴーン
若者が鎚を打つ音は激しく、地を揺るがすほどでした。
娘は大きな音に怯えましたが、老刀鍛冶は、
「なんともたくましい音だ!」
と言って、顔をほころばせて笑いました。
コケコッコ~
一番鶏が鳴き、朝を迎えました。
老刀鍛冶が鍛冶場へ行ってみると、若者は鍛冶場の前で、大きないびきをかきながら大の字で寝ていました。
鍛冶場の戸を開けた老刀鍛冶は、
「おおっ!」
と驚きの声を漏らしました。
鍛冶場は、たくさんの鍛え上げられた刀が積み上げられていました。
「お爺さん、おはようございます。先ほど千本目の刀を鍛え上げたので、一休みしていたところでした」
と目を覚ました若者が老刀鍛冶に言いました。
老刀鍛冶は、若者が鍛えた刀の内の一本を手に取って驚きました。
「鉄が均一に鍛えられ、ゆがみ一つない。反りも美しい。見事な出来栄えだ。これこそワシが追い求めた刀だ」
と震えながら老刀鍛冶は言いました。
ようやく思い通りの若者が現れたので、
「娘はお前にやる!」 と老刀鍛冶は喜びながら言いました。
こうして若者は娘の婿になりました。
そして、老刀鍛冶は、刀鍛冶を若者に任せて、のんびり暮らすことにしました。
トンテン カーン
トンテン カーン
若者の打つ刀は、良く切れると、たちまち評判になり、暮らし向きは少しずつ良くなっていきました。
そうして、数年の月日が流れましたが、相変わらず娘の婿は働き者で、毎日毎日、鍛冶場から鎚を打つ音が聞こえていました。
娘のことも大切にしていました。
ところが、娘は、どんどんと痩せていき、顔の色も青白くなっていました。
すると娘は、
「夫には、毎日、とても良くしてもらっていています。しかし、私…あの人が…何だか普通の人でないような気がして」
と言いました。
「そりゃあ、一晩に千本もの刀を鍛える男だから、ただの者ではないぞ」
と老刀鍛冶が言うと、
「そういうことを言っているのではないんです!」
と娘は声を荒立て怒鳴りました。
「夫に隠し事があると、やはり不安になります。私、鍛冶場を覗いてみたい!」
と娘は老刀鍛冶に言いました。
それを聞いた老刀鍛冶は、 「それはいかん!覗かないと約束したのだから、覗くものではない!」
と娘に伝えました。
ところが、娘は断固として老刀鍛冶の言うことを聞き入れませんでした。
ゴォー!ゴォー!
カーン!カーン!
「うわぁ〜!」
と鍛冶場を覗いた娘は声を上げ、腰を抜かすほど驚き、その場にへたり込んでしまいました。
それに気づいた、老刀鍛冶が娘の元へと駆け寄り、
「どうしたんだ!しっかりせんかい!」
と言って、娘は一体何を見たのかと思いながら、鍛冶場を覗いてみました。
ゴォー!ゴォー!
カーン!カーン!
「うわぁ〜!」
と言って、老刀鍛冶もその場にへたり込んでしまいました。
鍛冶場には、らんらんと目を光らせ、口から火を噴き、素手で真っ白に溶けた鉄を飴のようにグルグルと捻じ曲げ、刀を鍛える巨大な赤鬼の姿がありました。
ゴォー!ゴォー!
カーン!カーン!
若者の正体が鬼と分かったので、
「お前は鬼だったのか!」
と老刀鍛冶は、鍛冶場の外から大声で叫びました。
「しまった!見られてしまった!」
と叫んだ赤鬼は、慌てて周りにある刀を脇に抱えると逃げ出しました。
老刀鍛冶は、赤鬼を追いかけました。
しかし、赤鬼の足は速く、みるみるうちに海の向こうへと走り去り、ついには見えなくなってしまいました。
「一緒に暮らした仲ではないか!一本くらい刀を置いていけ!」
と老刀鍛冶は、海に向かって叫びました。
すると、その声が聞こえたのでしょう、老刀鍛冶のところへ戻って来た赤鬼は、刀を一本手渡すと、また海の向こうへと走り去りました。
その刀を見た老刀鍛冶は、
「この刀には銘が入っていないぞ!」
と再び叫びました。
すると、また赤鬼が戻って来ました。
そして、老刀鍛冶から刀を取り上げると、赤鬼は爪で何やら刀に書き、それを<老刀鍛冶に再び渡し、海の彼方に消えてしまいました。
その刀には、「鬼神大王波平行安」と銘が彫られていました。
解説
能登国で鬼に刀を打たせた刀鍛冶屋は、「常鍛冶屋」と呼ばれ、子孫は代々、この村で刀鍛冶屋を営んだと語り継がれています。
鬼が体を清めたとされる井戸は、刀を鍛える「焼刃の水」と呼ばれ、現在もなお存在しています。
その井戸は、天候が悪くなり海が荒れ時化になると、水面に海藻が浮かぶことから、鬼が消えたとされる海と繋がっているといわれています。
また、この『鬼の刀かじ』が由来となり、石川県の奥能登地区に「剱地」と呼ばれる地名が生まれたとも伝えられています。
さて、鬼が刻んだとされる「鬼神大王波平行安」の「波平行安」とは、平安時代後期から幕末まで約千年にわたり栄えた薩摩国(現在の鹿児島県)の世襲の刀工の名です。
日本刀における「波平」は、平安時代後期に大和国(現在の奈良県)から薩摩国谿山郡波平(現在の鹿児島市東谷山四丁目周辺)の地に移住した橋口正国が祖とされます。
正国の子、行安が後を継いでからは、以降、波平一派は「行安」あるいは「安行」の名を当主が代々継承することになり、門人の多くにも「安」や「行」の字が名前に使われています。
それから、波平行安という名には、とても興味深い逸話が伝わります。
薩摩国で鍛えた刀が、なかなかの出来映えだったことから、この地を拠点とすることを決めた正国が、大和国にいる家族を呼び寄せることにしました。
しかし、正国とその家族を乗せた船が、瀬戸内海で嵐に遭遇してしまいます。
そこで、正国は、船に乗る前に鍛えた刀を海の神に捧げ、祈りを捧げました。
すると、不思議なことに、嵐は鎮まり海が穏やかになりました。
それからというもの正国は、「波平行安」と名乗るようになりました。
この逸話から、波平行安の銘は縁起が良いとされ、刀を愛用する者は、海運関係者から海軍の軍人まで、船乗りが好んで持ったとされます。
ちなみに、戦国時代から江戸時代前期にかけての剣豪で、柳生新陰流と共に徳川将軍家の剣術指南役として大いに栄え、神子上典膳という名でも知られる、一刀流の開祖の小野忠明は、波平行安の二尺八寸(84.8cm)の日本刀をこよなく愛したと言われています。
また、『鬼の刀かじ』の舞台である能登国は、北前船が行き交った海上交易で大いに栄えた地です。
薩摩の刀である波平行安が、能登の地に伝わるお話に登場するということは、それだけ多くの人が波平行安の刀を手にしていたということなのでしょう。
『三国名勝図会 (実際の表記は『三國名勝圖會』)』は、薩摩藩第10代藩主・島津斉興が、橋口兼古、五代秀堯、橋口兼柄らに薩摩藩領内の地誌編纂を命じ、天保14年(1843年)に全60巻にまとめられました。編纂の目的は、領内の統治をより効果的に行うための情報収集と、藩の歴史や文化を後世に残すことにあったと考えられています。内容は多岐にわたり、文章だけでなく詳細な挿絵や地図も含まれていることから、現在は歴史研究や地域研究の資料として利用されています。『三国名勝図会』では、「名刀『波平行安』」として、波平行安にまつわる刀工の伝説を読むことができます。感想
古来、日本では、刀は超自然的な力を持つと考えられてきました。
さて、「立派な刀を製作したい」という強い気持ちを抱いていた老刀鍛冶が、その願いを叶えるため、娘婿にふさわしい人物を求めます。
老刀鍛冶の娘婿への理想が高いあまり、結果的に鬼に作刀を依頼してしまうというのが物語の展開です。
このような展開は、日本の昔話ではよく見られる、日本人が持つ独特のユーモア感覚でもあります。
そして、鬼が人間に協力するなんてことは、普通では考えられない組合わせでもあります。
しかし、鬼が鍛えた刀の出来栄えは、「優れた刀を作る」という老刀鍛冶と鬼の共通の目的があることで、どこか人間と鬼の合作という超自然的な神秘性が、物語にロマンを与えています。
また、鬼が最後に、老刀鍛冶に手渡した一本の刀に「鬼神大王波平行安」という銘を刻むシーンは、ちょっとした感動があります。
このシーンは、鬼なりの誇りや誠意みたいなものが垣間見え、さらに老刀鍛冶とその娘と一緒に暮らした仲ということが回想され、鬼は怖いだけの存在ではないと思わされます。
ユーモアと哀愁、そして伝説の刀の誕生という壮大さが混ざり合う、日本の昔話らしい奥深さが感じられる不思議な魅力のあるお話が『鬼の刀かじ』です。
まんが日本昔ばなし
『鬼の刀かじ』
放送日: 昭和52年(1977年)08月13日
放送回: 第0156話(0096 Bパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 『松谷みよ子のむかしむかし 3 (日本の昔話 3)』 松谷みよ子 (講談社)
演出: 漉田實
文芸: 漉田實
美術: 下道一範
作画: 上口照人
典型: 由来譚・禁室型・異類婚姻譚・怪異譚・鬼譚
地域: 中部地方(新潟県)
最後に
今回は、『鬼の刀かじ』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『鬼の刀かじ』は、奥能登地方に伝わるお話として、人間と鬼の関わりを通じて、刀鍛冶の技術や知恵を讃えています。現実の刀工の名に超自然的な要素が融合したことで、日本の昔話らしい想像力と文化の深さを示しています。ぜひ触れてみてください!