「犬と猫」と聞くと、多くの方が最初に思い浮かべることが、「犬と猫は仲が悪い」ではないでしょうか——『えんこうの一文銭』は、「犬と猫がどうして仲が悪いのか」という由来を語ったお話です。
今回は、『えんこうの一文銭』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『えんこうの一文銭』は、『河童の一文銭』や『東岸の爺と西岸の爺』などとも呼ばれ、中国地方に属する島根県や山口県に伝わるお話です。
ちなみに、「えんこう」とは、漢字では「猿猴」と書き、中国・四国地方に古くから伝わる伝説上の生き物で、河童の一種と伝わります。
一般的に伝わる河童の姿が、子どものような体格で、全身が緑色でウロコがあり、背中に亀の甲羅のようなものを背負っていて、手足に水かき、口が少しとんがり、頭の上には丸い皿があるというのに対して、猿猴の姿は、頭の上に丸い皿はありますが、手足が細長く、全身が毛むくじゃらで、どちらかというと猿に似ているといわれています。
そして、『えんこうの一文銭』は、その題からは想像もつきませんが、ペットとして世の人気を二分する、犬と猫がどうして仲が悪いのかという由来を伝えるお話です。
絵本『かっぱのいちもんせん (子どもとよむ日本の昔ばなし 26)』は、くもん出版から出版されています。手のひらサイズの絵本です。小澤俊夫さんと伊藤尚子さんの張り詰めた緊張感が走る文と、宮本忠夫さんの躍動感あふれる絵により、綱渡りのような内容の物語が、よりいっそうを引き立てられます。大人も色々と考えさせられる一冊です。 『犬と猫はどうして仲が悪いのか (福井栄一の十二支)』は、技報堂出版から出版されています。全12巻の「福井栄一の十二支シリーズ」の最終巻です。上方(京都およびその付近一帯)の歴史文化や芸能に関する評論を手がける上方文化評論家の福井栄一さんが、犬と猫の仲が悪くなった理由について、面白可笑しく描いた児童書です。表題作をはじめ、摩訶不思議な物語が12篇収録されています。 『周防・長門の民話 第2集 ([新版]日本の民話 46)』は、未來社から出版されています。瀬戸内海と日本海に面した山口県を、周防地方と長門地方に分け、「みょうがの宿」「天福地福」「みやこ鏡」「えんこうの一文銭」など、語り口調のおもしろさを活かした楽しい民話が89篇と郷土のわらべうたが収録されています。 『石見の民話 第1集 ([新版]日本の民話 67)』は、未來社から出版されています。本州の西端で、日本海と中国山脈に挟まれた細長い石見国(島根県の西半部)を石東地方、邑智地方の2つの地域に分けて、そこに古くから伝わる「ごうろ坂の一ツ目小僧」「三把の藁を十八把」「賀茂神社の三重の塔」「馬ほめと仏壇ほめ」「母の面と鬼の面」「えんこうの一文銭」などの地方色の豊かな民話74篇と郷土のわらべうたが収録されています。あらすじ
むかしむかし、ある所に、大きな川を挟んで東と西の岸に、一軒ずつ家があって、それぞれの家にお爺さんとお婆さんが暮らしていました。
東岸のお爺さんとお婆さんは、大変に正直者でしたが、とても貧乏でした。
二人には子どもいなかったので、一匹の猫を可愛がっていましたが、貧しいので十分に食べさせることができませんでした。
そこで二人は、毎晩、
「何とか、もう少しだけ暮らしが豊かになりますように」
と神様にお祈りしました。
すると、ある日、お爺さんの夢枕に川の龍神様が現れました。
「お前さんたちの願いを叶えてやろう。えんこうの一文銭を授けるので、これを天井裏に吊り下げて祀りなさい」
と龍神様はお告げになり、お爺さんの枕元に、えんこうの一文銭を置いていきました。
翌朝、お爺さんとお婆さんは、一文銭を大切に天井裏に吊り下げてお祀りしました。
そうすると、貧乏だった東のお爺さんとお婆さんの暮らしは、日増しに良くなり、可愛がっていた猫にも十分にエサを食べさせることができるようになりました。
そして、不思議なことに、東の家の暮らしが良くなるに連れて、西の家の暮らしが次第に悪くなっていきました。
ある日のこと、東のお婆さんは西のお婆さんに、えんこうの一文銭のことを話して聞かせました。
これを聞いた西の欲深なお爺さんは、早速、
「縁起の良い、えんこうの一文銭をちょっと貸してくれませんか」
と東のお爺さんに頼みました。
正直者の東のお爺さんは、
「長い間は貸せないが、ちょっとだけならいいですよ」
と言って、えんこうの一文銭を西のお爺さんに貸しました。
西のお爺さんが、その一文銭を持ち帰り、天井裏に吊り下げると、その日から暮らしが盛り返していきました。
すると今度は、東の家が、昔のようにまた貧乏になっていきました。
東のお爺さんは、西のお爺さんに、
「えんこうの一文銭を返してくれないか」
と催促しましたが、何とか理由をつけて、どうしても返してもらえませんでした。
困り果てた東のお爺さんとお婆さんは、とうとう家の飼い猫に、
「西の家から、えんこうの一文銭を取り返してきてくれ」
と頼みました。
日ごろの恩返しにもなると考えた猫は、早速、西の家へ向かいました。
ところが、猫は泳ぐことができないので、川を渡ることができなくて困っていました。
そこへ偶然、一匹の犬が通りかかったので、猫は犬を呼び止めて、
「お願いがあります。私を背負って川を渡してください」
と頼みました。
犬は快く願いを引き受け、猫は犬の背中に乗せてもらい、無事に川を渡ることができました。
猫が西の家に行くと、鼠がいたので、猫はすかさずこの鼠を捕まえて、
「お前の命を助けてやる代わりに、天井裏に吊り下げてある、えんこうの一文銭を取ってこい」
と命じました。
猫に言われた通り、鼠は天井裏に上がると、吊り下げてあった一文銭を落として持ってきました。
猫は鼠から一文銭を受け取ると、礼を言い、受け取った一文銭を口にくわえて川へ向かいました。
猫は、また犬の背中に乗せてもらい川を渡りました。
犬に背負われて、猫が川の中程まできた時、
「くわえている物を落とすなよ」
と犬から言ったので、
「ハイ」
と猫は返事をしました。
その瞬間、えんこうの一文銭が川の中へと落ちていきました。
犬が話しかけたため、猫はつられて口を開けてしまったので、くわえていた一文銭を落としてしまったのでした。
「あっ、大変だ!」
と猫は犬の背中でわめきましたが、いくら泳ぎが得意な犬でも、水の中へ潜ることはできませんでした。
そうしていると、空から一羽の鳶が舞い降りてきました。
猫は鳶をを捕まえて、
「お前の命を助けてやる代わりに、この川に落ちた、えんこうの一文銭を探してこい」
と命じました。
鳶は、川の底にあるものは見えないので、川の上を泳いでいた鵜を捕まえて、
「お前は、水の底にいる鮎を捕ることができるのだから、水の底に落ちた、えんこうの一文銭を拾ってこい。そうすれば命を助けてやる」
と命じました。
そこで、鵜は何度も川を潜りましたが、まったく一文銭を探すことができなかったので、大きな鮎を捕まえて、
「お前を食べるのではない。お前は川の底を歩いて蟹やエビを餌にしているのだから、この川に落ちてしまった、えんこうの一文銭を見つけてくれ」
と頼みました。
鮎が水の底を泳いでいると、えんこうの一文銭を見つけました。
鮎は、一文銭を拾い上げると、それを鵜に渡しました。
鵜は一文銭を鳶に渡しました。
鳶は一文銭を猫に渡しました。
猫は、鳶に礼を言うと、えんこうの一文銭を拾い上げた喜びから、
「猫に鼠に空たつ鳶、川にゃ鵜の鳥、鮎の魚」
と感謝の気持ちを込めた歌をうたいました。
犬は、川を渡してくれましたが、えんこうの一文銭を川の中に落とすきっかけを作ったということで、歌の歌詞には入れませんでした。
犬は、
「恩知らずな猫め」
と言って、随分と腹を立てました。
このことから、犬は猫を見れば追いかけ回すようになりました。
そして、猫が、えんこうの一文銭を持ち帰ったので、東のお爺さんとお婆さんの暮らしは、再び良くなったそうです。
解説
いつも私たち人類と過ごしてきた歴史を持ち、現在もペットの代表格として、私たちに最も身近な動物が犬と猫です。
犬と猫は、見た目や性格は異なる動物ですが、実は祖先は同じで、6500万年~4500万年前に生息していたとされる“ミアキス”という古生物です。
ミアキスは、恐竜が絶滅した後に繁栄した哺乳類の一つで、ラテン語で「動物の母」という意味があります。
ミアキスの体長は約30センチで、胴長短足、イタチに似た体形をしていて、短い4本の脚の先には猫のように出し入れできる爪があり、森林の木の上で生活し、爬虫類や鳥の卵などを餌として食べ、生活をしていました。
その後、森林の生存競争が激化したため、ミアキスの住処が2通りに分かれていきます。
森林から草原へ生活の場を移した「アウトドア派」ミアキスが、現在の犬の祖先になりました。
「アウトドア派」になったミアキスは、草原では身を隠す場所がないため、天敵などからすぐに逃れられるよう、身体は徐々に筋肉質になって行き、脚は長く速く走れるものへと進化していきました。そして、ミアキス時代に持っていた出し入れ自在の爪は退化していきました。
その一方で、草原には移動せず、森林に残った「インドア派」ミアキスが、猫の祖先です。
「アウトドア派」のミアキスとは逆に、「インドア派」になったミアキスは、出し入れ自在の爪はより鋭くなり、大きな眼に鋭利な歯、長い尾を持つようになりました。そして、ミアキス時代よりも動きが機敏になり、木登りもさらに得意になりました。
それぞれ異なる魅力を持つ犬と猫が、同じ祖先であり、それぞれの能力は、その進化の過程で身についたものであるということには驚かされます。
感想
『えんこうの一文銭』は、川を挟んで、東岸には正直者のお爺さんとお婆さんが暮らし、西岸には欲張りなお爺さんとお婆さんが暮らすという、昔話の王道の設定です。
東岸と西岸のやり取りが主体で、お話が進むのかと思いきや、途中で東岸のお爺さんとお婆さんが飼っている猫に主体が代わります。
そして、脇役に過ぎなかった猫が主体となり、最後まで大活躍します。
特に、様々な動物が登場したからの猫の活躍は圧巻です。
「お前の命を助けてやる」
という、猫による命令口調のセリフとともに始まる、動物たちの力関係が面白く描かれています。
西岸の家から一文銭を取り返す場面は、猫と鼠の力関係が描かれています。
川に落とし一文銭を回収する場面で描かれた、猫→鳶→鵜→鮎→鵜→鳶→猫という一文銭リレーは、動物たちの力関係がなければ成り立ちません。
さらに、最後の最後には、「犬と猫がどうして仲が悪いのか」という、動物の力関係からはみ出した由来話まで語られます。
また、『えんこうの一文銭』という題でありながら、河童が登場しないところも興味深いです。
東岸と西岸による経済均衡や動物の力関係、そして由来話......『えんこうの一文銭』は、盛りだくさんで色々と考えさせられるお話です。
まんが日本昔ばなし
『えんこうの一文銭』
放送日: 昭和52年(1977年)07月09日
放送回: 第0149話(0092 Aパート)
語り: 不明
出典: 不明
演出: 森田浩光
文芸: 境のぶひろ
美術: 内田好之
作画: 森田浩光
典型: 霊験譚・由来譚
地域: 中国地方
最後に
今回は、『えんこうの一文銭』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『えんこうの一文銭』は、人間の世界では経済均衡が描かれ、動物の世界では弱肉強食という動物の力関係が描かれ、最後は「犬と猫がどうして仲が悪いのか」という由来話が描かれ、色々と考えさせられるお話です。ぜひ触れてみてください!