山に暮らすキツネに、神秘性を感じながらも、親しい存在として愛する日本人の心の優しさを描いたお話が『キツネのお産』です。
今回は、『キツネのお産』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『キツネのお産』は、関東地方に位置する栃木県の芳賀郡芳賀町稲毛田に伝わる民話とされますが、同じ関東地方に位置する茨城県に始まり、東北地方に位置する岩手県、中部地方に位置する愛知県、中国地方に位置する山口県など、類似のお話が日本各地に点在しています。
面白いことに、古来より、「キツネの伝説」にまつわる摩訶不思議な伝承が残されている地域に、『キツネのお産』が伝承されているという共通点が見受けられます。
また、芳賀町には、通称「開運犬切不動尊」と呼ばれ、大同2年(807年)に空海(弘法大師)が一夜のうちに彫ったとされる不動明王像が安置される崇真寺があります。その崇真寺には、お話に登場する荷見玄同先生のお墓があると伝わります。
※尚、現時点では『キツネのお産』に関する絵本は存在しません。
あらすじ
むかしむかし、下野国芳賀郡稲毛田村に、荷見玄同という、とても腕が良く、人の良いお医者さんがおりました。
ある晩のこと、玄同先生がお酒を飲んでいると、表の戸をしきりにたたく者がおりました。出てみますと、この辺りではあまり見かけない、みすぼらしい身なりの男が立っておりました。
「どうしたんだね」
と玄同先生が尋ねると、男は、
「先生、今、女房がお産で大変に苦しんでおります。夜分に申し訳ありませんが、診ていただけませんか」
と言うと、続けて、
「駕篭を用意して来ています」
と言いました。
玄同先生は、
「お前さんは、どこの者だね」
と男に尋ねると、
「山の奥の者です」
と男は答えました。
見知らぬ男ですが、心の優しい玄同先生には、見捨てることはできませんでした。早速、薬籠をかかえて、男の用意した駕籠に乗り込みました。
しかし、行けども行けども山の中で、民家らしきものは一つも見当たりませんでした。
「一体どこへ連れていかれるんだ」
と不審に思った玄同先生が男に声をかけようとすると、
「ここが家です」
と男が言い、一軒のあばら屋の前で駕籠を降ろしました。
玄同先生が家に入ると、
「コンコンチキ大明神 コンコンチキ大明神」
と祈祷を唱える老婆の横で、大きなお腹をかかえた男の女房が、布団の上で苦しそうに転げ回っていました。
玄同先生は、
「なぜもっと早く知らせなかったのじゃ。このままでは死んでしまうぞ」
と怒鳴り、あれこれ家人に指示を出すと、急いでお産にとりかかりました。
そして、夜がしらじら明ける頃、五人の玉のような赤ん坊が生まれました。
男と女房は大変に喜んで、
「ありがとうございます。これはお礼です」
と言って、なにがしかの銭を差し出しましたが、
「治療代はいいから、母親に十分栄養を取らせなさい」
と玄同先生は言って家を出ると、歩いて帰っていきました。
家に帰った玄同先生は、疲れが出て、そのまま眠ってしまいました。
明くる朝、玄同先生が眠りから目を覚ますと、懐に一枚の小判が入っていることに気がつきました。
玄同先生が村の人たちに昨夜の出来事を話すと、
「それはきっと、玄同先生の評判を聞いて、キツネが頼みに来たに違いない」
と村の人たちは口々に言いました。
それから何日かして、玄同先生が歩いていると、夫婦のキツネと五匹の可愛らしい子ギツネが現れました。
夫婦のキツネは何度も頭を下げると、子ギツネを連れて山の中へ帰っていきました。
解説
キツネはメスがオスを選びます。
メスがオスを選ぶ行動には、より良い、より強い子孫を残すためのしくみが組み込まれています。
キツネのメスが発情するのは2月の寒い時期です。
体から独特の匂いを発するようになり、その匂いを嗅ぎつけて、オスたちが集まって来ます。発情しているメスは、オスたちが十分に集まった頃合いを見計らって、巣穴を出て、全速力で走ります。メスは40~50km走ったところで立ち止まり、最後まで残った一番強いオスを受け入れます。
キツネのメスの妊娠期間は52日前後です。
キツネは、3~4月にかけて、地面にほった巣穴の中で2~7匹の子キツネを生み、生まれてから24日前後の5~6月になると、まだうぶ毛が残っている子キツネが巣穴の外に出てきて周囲の探検を始めます。更に一週間も経つと、子キツネの毛も生えそろって、じゃれあうなど遊ぶ子キツネたちの様子を見ることができます。
キツネの子育ては4~8月くらいまで続きます。
この期間は、普段は夜に行動するキツネも、子キツネのエサを探すために昼間に動き回ります。
9~10月になると、子キツネも大きくなり、親キツネと別れて生まれた場所からいなくなります。これが俗にいう「キツネのひとりだちの儀式」です。
『どうぶつの赤ちゃん キツネ (ちがいがわかる写真絵本シリーズ)』は金の星社から出版されています。きびしい自然に生きる、北海道のキタキツネの親子の強い結びつきや絆、ひとりだちの儀式が美しい写真で紹介されています。やさしい文章で、キタキツネの成長過程を学ぶことができます。貴重なキタキツネの足がた(実物大)も掲載されています。また、シリーズを通して、いろいろな動物の育ち方の違いを学習することができます。感想
「優しさ」という漢字は、「憂いに人が寄り添う」という意味からきています。
書き順としては「“イ”に“憂い”と書いて『優』」なのでしょうが、本当は「“憂い”に“人”が寄り添って『優』」ということです。
憂いは、人を思う心や心配する気遣いの心といった意味ですが、そこに人が寄り添うことで「優しさ」となります。
古き良き時代の日本では、おせっかいなほど人との関わりがありました。
それは、煩わしくもあり、温かくもありました。
優しさの反対は無関心です。
合理化された社会では、気遣いのない関係は、それ自体が「憂い」と化します。
困っている人がいれば、助けてあげたいと思う人の優しい心を、仏教では「慈悲」といいます。
また、仏教では“気づき”のことを「智慧(知恵)」と表現します。
そして、仏教の教えによる慈悲とは、「智慧に基づいた慈悲」もしくは「智慧に裏付けられた慈悲」と説いています。
智慧と慈悲は、仏教では表裏一体で、この二つがそろって、初めて「優しさ」につながるとも説いています。
つまり、智慧を働かせて、「どうして困っているのか」を見極め、援助が必要と判断したら場合は、慈悲により支援をする。
これこそが、真の「優しさ」と仏教では説いています。
『キツネのお産』は、「優しさ」という言葉の響きと意味の素晴らしさが凝縮されたお話です。
まんが日本昔ばなし
『キツネのお産』
放送日: 昭和52年(1977年)01月15日
放送回: 第0111話(0067 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 『栃木の民話 第一集 ([新版]日本の民話 32)』 日向野徳久 (未來社)
演出: 森田浩光
文芸: 沖島勲
美術: 下道一範
作画: 森田浩光
典型: 動物報恩譚
地域: 関東地方(栃木県)
最後に
今回は、『キツネのお産』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
相手を想い、行動できる人の本当の優しさに触れて、心が温かくなる物語が『キツネのお産』です。ぜひ触れてみてください!