『猿神退治』は、猿神と呼ばれる怪物によって毎年 繰り返えされる悲しい習わしから、村人を救った勇気ある霊犬の物語です。
今回は、『猿神退治』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『猿神退治』の舞台である光前寺は、長野県駒ヶ根市赤穂にある天台宗の別格本山の寺院です。
そして、光前寺には「霊犬早太郎伝説」が伝わります。
「霊犬早太郎伝説」は、平安時代末期に成立したとみられる説話集『今昔物語集』巻26第7話の「猿神退治」が原典といわれています。
『猿神退治』は、光前寺をはじめ青森県から鹿児島県までの各地に広く類話が伝わる民話です。
伝わる地方により犬の名が異なり、光前寺では早太郎ですが、物語に天神様として登場し、静岡県磐田市見付に鎮座する、見付天神の通称で知られる矢奈比売神社が舞台となるお話では、犬の名は悉平太郎と呼ばれます。
また、同じ長野県駒ヶ根市でも地域によっては早太郎のことを疾風太郎という別名で呼ぶところもあります。
あらすじ
むかしむかし、今よりおよそ700年程も昔、信濃国の伊那郡赤穂里の光前寺に、早太郎というたいへん強い山犬が飼われておりました。
ところ変わって、ここは遠江国の見附村。この村の天神様では、田畑が荒らされないようにと、毎年、祭りの日に白羽の矢の立てられた家の娘を、生け贄として神様に捧げる人身御供という悲しい習わしがありました。
ある年、村を通りかかった旅の僧である一実坊弁存は、
「神様がそんな悪いことをするはずがない」
と思い、ひそかに御神前に隠れて、人身御供を要求する神様の正体をみとどけることにしました。
祭りの日の夜、娘は白い棺に入れられて、村人たちによって御神前に供えられました。
夜も更ける頃、弁存が息を殺して、木の陰から御神前の様子をうかがっていると、暗闇の中から三匹の怪物が現れました。
怪物は、
「今宵、早太郎は居るまいな。信州信濃の早太郎は恐ろしや。早太郎には知られるな」
と唱えながら踊り狂い、棺の中の娘を骨も残さず喰ってしまいました。
弁存は、
「村人を救うには早太郎に頼むほかない」
と思い、すぐさま信州へ向かいました。
しかし、信州は広く、なかなか早太郎を見つけることができませんでした。
翌年の夏も終わる頃、弁存はある茶店に立ち寄りました。
「このあたりに早太郎という人がいると聞いてきたのだが、ご存じなかろうか」
と弁存は、いつものように早太郎のことを聞きました。
すると、茶店のお婆さんが、
「早太郎という人は知らないが、ここから近い赤穂の光前寺には、早太郎という犬がいるよ」
と言いました。
早速、弁存は光前寺を訪れ、和尚さんと山犬の早太郎にこれまでの事を話して聞かせました。
弁存の話が終わると、和尚さんはすぐに早太郎に、
「早太郎、しっかり怪物を退治してくるのだぞ」
と言い聞かせました。
「ワン!」
と頼もしく一声吠えると、早太郎はすぐに弁存とともに遠江国へ向かいました。
ちょうど祭りの当日に、弁存と早太郎は見附村の天神様に到着しました。
弁存は村人たちに事の成り行きを説明し、娘の代わりに早太郎を棺に入れました。
さて、その夜、何も知らない三匹の怪物が、いつもと同じように御神前に現れました。
「今宵、早太郎は居るまいな。信州信濃の早太郎は恐ろしや。早太郎には知られるな」
と怪物は唱え、踊り狂いながら棺の蓋を開けると、中から早太郎が現れました。
棺から飛び出した早太郎は、勇ましく怪物に飛び掛かりました。
暗闇の中に、早太郎と怪物の恐ろしい決闘の声が響き渡りました。
それを聞きながら、弁存と村人たちは朝を待ちました。
翌朝、弁存と村人たちが天神様へ向かうと、年老いた三匹のヒヒが死んでいました。
そして、早太郎の姿はもうどこにもありませんでした。
神様の行いと信じていた村人たちは、倒れているヒヒを見ながら愕然としました。
早太郎は怪物との戦いで傷を負いましたが、光前寺までなんとかたどり着くと、和尚さんのもとに帰ってきました。
早太郎は和尚さんに抱きかかえられると、怪物退治を知らせるかのように「ワン」と一声高く吠えて、息を引き取りました。
和尚さんは、早太郎の亡骸を本堂横の境内に手厚く葬りました。
その後、早太郎を追いかけてきた弁存は、早太郎の死を知ると、その功績をたたえ、早太郎の供養にと『大般若経』を写経し、それを光前寺に奉納しました。
現在も光前寺の本堂の横に、早太郎のお墓が祀られています。そして、弁存によって奉納された『大般若経 六百巻』の写経も、光前寺の宝として大切に残されています。
解説
平安時代末期に成立したとみられる説話集『今昔物語集』巻26第7話の「猿神退治」を原典とし、猿神と呼ばれる怪物を退治する霊犬の伝説は、青森県から鹿児島県までの日本各地に広く類話が伝わります。
霊犬は、地域によって「早太郎」「悉平太郎」「疾風太郎」「竹箆太郎」「執柄太郎」などと記され、それらは全て同一の犬といわれています。
そして、霊犬は、農作物の守護神といわれる狼を神の遣いとする「山犬信仰」と関わりがあるとされています。
さて、悉平太郎の“悉平”は、元々は座禅の時に戒めのために打つ板状の道具である「竹箆」ではないかといわれています。
現在、遠江国と呼ばれた長野県の仏教の宗派は、全体の8割が禅宗である曹洞宗です。
しかし、室町時代後期、遠江国に広まっていた仏教の宗派は天台宗でした。
天台宗の本山では猿は神の遣いとされ、室町時代以降、天台宗と神道の山神が絡んだ「山王信仰」の象徴として、全国的に流行しました。
すなわち、禅宗の道具の竹箆で、「戒め」や「悪行」を断ち切ったことが意味するものは、天台宗の勢力を抑え込み、曹洞宗の普及を説いた物語ではないかと捉えることができます。
それから、『猿神退治』の説話には、必ずといっていいほど犬が登場します。もしかしたら、それは「犬猿の仲」を説話に散りばめた遊び心かもしれませんね
『今昔物語集 (角川書店編ビギナーズ・クラシックス)』は、現代語訳と古文の生き生きとしたリズムによって誰もが古典の世界を楽しむことができます。感想
日本の説話集『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』などでは、猿神は人間に害を為す怪物としてたびたび登場します。
そして、この『猿神退治』では、毎年、猿神に生贄として娘を差し出すという村のしきたりが、とても重いものとして描かれています。
“白羽の矢”が自分の娘に立たなかったことに安堵した村人は、すぐに生贄として指定された家族が慣習を破らぬよう監視する側の村人になります。
それと同時に、生贄を何のためらいもなく、当たり前のことのように猿神へ差し出す神官たちも存在します。
昔の習わしというものは、とても不気味です。
昔の習わしに潜む恐怖の謎解きをしながら、伝承を考えることは人間の本質を知ることだと感じさせるお話です。
講談社学術文庫より出版されている『宇治拾遺物語』は、原文と現代語訳、解説が全話収載されています。まんが日本昔ばなし
『猿神退治』
放送日: 昭和51年(1976年)07月31日
放送回: 第0072話(第0043回放送 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 亜細亜堂
文芸: 沖島勲
美術: 亜細亜堂
作画: 亜細亜堂
典型: 早太郎伝説・人身御供譚・異類退治譚
地域: 中部地方(長野県)
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『猿神退治』は「DVD-BOX第8集 第37巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『猿神退治』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
遠江国の見附村は、現在の静岡県磐田市見付です。そして、信濃国の伊那郡赤穂里は、現在の長野県駒ヶ根市赤穂です。『猿神退治』の物語が縁となり、昭和42年(1967年)1月12日から駒ヶ根市と磐田市は友好都市関係となっています。ぜひ触れてみてください!