
心の優しさが美しさを呼び起こす、奇跡の笑顔
日本の昔話には、日常の小さな優しさが奇跡を呼ぶ物語が数多く存在します。その中でも『乞食のくれた手ぬぐい』は、容姿や身分の壁を超えた温かなメッセージが魅力で、「内面的な美しさ」の大切さを思い出させてくれるお話です。
今回は、『乞食のくれた手ぬぐい』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『乞食のくれた手ぬぐい』は、『宝手拭い』とも呼ばれ、東北地方に属する岩手県や秋田県に伝わる民話とされますが、関東地方に属する東京都、中部地方に属する新潟県など、日本各地に似たようなお話が存在します。
お話の内容は、地域ごとに異なるバリエーションが存在しますが、心優しい正直な人間と欲深く意地悪な人間の対比を基に、善因善果と悪因悪果という形で報いにつながることを説いています。
『乞食のくれた手ぬぐい』は、心優しい女中と欲深い女将を通じて、心の優しさは真の強さや幸せにつながり、欲深さは孤立や不幸、破滅を招くという、時代や文化を超えて共有されてきた、普遍的なテーマを題材としている物語といえるでしょう。
また、観音菩薩が観音三十三変身といわれる通り、人間も気の持ちようで変化が起き、色々な姿に変身したり化身したりすることができるという、観音信仰と仏教の説く因果応報の道理がお話には埋め込まれています。
テレビアニメとして放送され、大人気を博し、長寿番組となった『まんが日本昔ばなし』の絵本です。その絵本が、二見書房から新装改訂版として再登場しました。一つのケース(1巻)に一話1冊で4冊のお話が入っています。1巻~15巻が発売されているので、全巻で60話の昔話を楽しむことができます。「乞食のくれた手ぬぐい」は『まんが日本昔ばなし 第14巻 (新装改訂版)』の中に収録されています。 『つるのよめさま ([新装版]日本のむかし話 1)』は、講談社から出版されています。松谷みよ子さんが、古い方言を活かしつつ、現代の子どもたちにも読みやすい言葉で柔らかく再話した、シリーズ全3巻の第1弾です。心の奥に小さな灯りをともす松谷さんの文と、ささめやゆきさんの派手ではないけれど、柔らかなタッチの挿絵が、どこか懐かしい日本の風景と人情をそっと包み込み、物語の味わいがより深まります。日本各地で採集した昔話の中から、表題の「つるのよめさま」をはじめ、「花さかじい」「こじきのくれた手ぬぐい」「夢買い長者」「びんぼう神と福の神」「こぶとり」「桃太郎」など、日本人なら誰もが一度は耳にしたことがあるであろう、読むたびに日本の心を感じ直せる、23篇の素朴な教えと優しさが詰まった一冊です。あらすじ
むかしむかし、あるところに、海産物問屋がありました。そこにお梅という年頃の下働きをする娘がおりました。お梅は気立てがよく、働き者でしたが、決して美人というわけではありませんでした。
ある暑い夏の日、お梅が店先で水をまいていると、一人の乞食がやって来て、
「水を一杯飲ませてほしい」
と言いました。
しかし、女将さんが出てきて、
「そこら辺の川の水でもお飲み」
と言って追い返してしまいました。
乞食を可哀相に思ったお梅は見るに見かねて、女将さんに内緒で、お椀に水を汲み握り飯を一つ手に持つと乞食の後を追いかけました。
乞食はたいそう喜び、喉を鳴らして水を飲み、握り飯を食べると、お礼にと汚い手ぬぐいを差し出し、とぼりとぼりと行ってしまいました。
お梅はその夜、夢の中で観音様に顔をなでられる夢で目を覚ましたので、井戸水に顔を映すと、やはりいつもの顔のままでした。
なんだかとても悲しい気持ちになり、お梅は明け方まで泣き通しました。
朝になり、若い衆がいつものようにお梅の顔をからかいました。お梅の目からは涙があふれ出たので、井戸水で顔を洗い、乞食にもらった手ぬぐいで顔を拭きました。
すると、お梅の顔がまるで大和絵に出てくるような美人に変わっていました。
そこに女将さんがやって来たので、ことの顛末を話すと、さっそく自分も美しくなろうと女将さんは街中の乞食を集めて、酒や食事を振る舞い、乞食の手ぬぐいを集めました。
女将さんの顔はどの手ぬぐいを使っても変わりませんでしたが、最後に残った手ぬぐいで顔を拭くと、馬の顔になってしまいました。
女将さんは馬になり、ヒヒーンと鳴きながら、山の方へ駆けて行き、それっきり戻ってくることはありませんでした。
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解説
『乞食のくれた手ぬぐい』に登場する観音様とは、仏教の菩薩の一尊で、観音や観世音菩薩とも呼ばれ、人々の願いを叶えてくれる観音菩薩のことです。
この“観音”という名前には、人々の苦悩の声を聞き、救うという意味があります。
つまり、観音菩薩のご利益は、極めて広優い現世利益です。
また、仏像としてよく見かける観音菩薩ですが、たくさんの腕があったり、いくつもの頭部があったりと、仏像によって姿形がかなり異なっています。
それは、人々を救うために観音菩薩がその姿を自由自在に変えられるという特徴が関係しています。そのため、観音菩薩の仏像には、実にさまざまな形が存在します。
観音三十三変身といわれる通り、観音菩薩は三十三の姿を持つといわれています。だから、同じ観音菩薩でも、変身後の姿にはそれぞれ個性があるのです。
日本人が特に親しみを感じて崇拝してきたのが、この変化観音である観音菩薩です。
古来、日本では「仏様なら何でもいい」という考えではなく、自分の夢を実現してくれる個性の強い仏尊を特定して崇めてきました。だから、現世利益をより多くもたらし、自分の理想に変化する観音菩薩が受け入れられたのでしょう。
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感想
“第一印象”とはその言葉の通り「物事に接して最初に得た印象」のことを指します。
つまり、初めて会った人に抱く印象のことです。
一方で、「人は見かけによらぬもの」ということわざもあります。
このことわざは、姿かたちだけの見た目で人の良し悪しを判断するのではなく、性格や人間性といった中身で人を判断するべきだという意味で用いられます。
しかし、この言葉ができた意味を考えると、やはりそれだけ“見た目”で、人の印象を判断してしまうことが多いとも言えます。
人は中身が大切だと頭で理解していても、第一印象はやはり見た目などの姿かたちで判断せざるを得ないのです。
見た目から受ける第一印象は重要です。
そして、一度他者に決められてしまった自分自身の印象を変えるのは、とても難しいことです。
「人は外見ではなく、中身だ」という言葉をよく耳にしますが、相手によって決定された第一印象を払拭することは容易ではありません。
第一印象で相手に好感を抱いてもらえなければ、その後も良い印象を持たせることもまた難しくなります。
さらに、見た目から決定された第一印象が好意的なものであるか否かで、その後どのように接していくかもまた、決定されてしまうことがあります。
つまり、見た目というのは、内面を知ってもらうための機会ともなり得るものなのです。
これらの事実を考慮すると、初めての接触がいかに大切なものであるかが理解できます。
第一印象は、自分と相手の関係を一生左右しかねない影響力を持っているので、自分の姿かたちや立ち居振る舞いを見直し、見た目に細心の注意を払うことで、相手に好感を抱いてもらえるよう整えた方が良いと言えるでしょう。
まんが日本昔ばなし
『乞食のくれた手ぬぐい』
放送日: 昭和51年(1976年)05月15日
放送回: 第0056話(第0032回放送 Bパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 高橋良輔
文芸: 沖島勲
美術: 西田稔
作画: 倉橋達治
典型: 観音信仰・隣の爺型
地域: 東北地方
『乞食のくれた手ぬぐい』は未DVD化のため「VHS-BOX第5集 第45巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『乞食のくれた手ぬぐい』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『乞食のくれた手ぬぐい』は、「人は見かけによらぬもの」といわれているように、その人が本当はどんな人かは、身なりやうわべの態度を見ただけではわからないと戒めるとともに、心優しい正直な人は、最終的に良い結果や幸運に恵まれるが、欲深く意地悪な人は、最終的に痛い目を見るとも説くお話です。ぜひ触れてみてください!












































