人間の女の姿に化けた動物と人間の男が結婚するという内容のお話は、そのほとんどが恩返しの物語ですが、『きつね女房』はひと味違った切ない愛の物語です。
今回は、『きつね女房』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『きつね女房』は、中部地方に位置する愛知県宝飯郡一宮町(現在の愛知県豊川市)に伝わる民話と言われていますが、同じく中部地方に位置する新潟県や近畿地方など日本各地に類話が存在します。
人間の男性が、人間の女性に化けた狐と結婚するという内容の民話は、古い時代から伝承されてきたようで、すでに平安時代初期に書かれ、伝承された最古の説話集と言われ『日本霊異記』と略して呼ぶことが多い、『日本国現報善悪霊異記』に収められています。
昭和12年(1937年)に郷土研究社より発行された愛知県教育会による『愛知県伝説集』に「人に化けた狐」という題名で収録されたことにより日本中で広く知られるようになりました。
現在では、昭和48年(1973年)に角川書店より発行された瀬川拓男・松谷みよ子の『日本の民話<1> (動物の世界)』に収録された「きつね女房の田植え」や、昭和53年(1978年)に未來社より発行された寺沢正美の『日本の民話 65 三河の民話』に収録された「成信の女房」が親しまれています。
絵本『きつねにょうぼう (日本傑作絵本シリーズ)』は福音館書店より出版されています。長谷川摂子さんによるしなやかで優しい語り口調の文と片山健さんの想像を膨らませる絵によって、美しくて、悲しくて、感慨深い、読むたびに圧倒される絵本です。あらすじ
むかしむかし、ある山里に成信というお百姓さんがおりました。
成信は、真面目で優しい若者でしたが、早くに両親を亡くし、貧乏だったため、お嫁さんも貰えず、毎日一人でせっせと働いていました。
ある夏の日、成信が田んぼで仕事をしていると一人の娘さんが通りがかりました。夏の暑い盛りのころなので、娘さんは暑さのあまり道に倒れ込んでしまいました。
成信は娘を家に運び介抱しました。二、三日もすると娘はすっかり良くなって、お礼に成信の身の回りを世話してくれるようになりました。
成信が娘に素性を尋ねると、
「私はどこにも行く当てがありません。身寄りもありません。もしよろしければ私をここに置いてはいただけないでしょうか」
と娘は言いました。
こうして娘は成信と暮らすようになりました。娘がよく働くので、たちまち村中の評判となり、成信は皆から羨ましがられました。
そして、その年の秋、二人は夫婦となり、玉のようにかわいい男の子が産まれ、森目と名付けました。
成信は森目にもう夢中でした。朝の暗いうちから日が暮れた夜まで、田畑に出て仕事に精をだしました。
しかし、森目が重い病気にかかってしまい、成信は付きっ切りで看病をしました。その甲斐あって、森目はすっかり元気になりました。
その代わり、ほったらかしにしていた田んぼは荒れ放題になっていました。
成信はなんとか田んぼを耕し、やっと田植えが出来るまでにこぎ着けましたが、明日には田植えを終えなければならないと娘に話しました。
翌日、朝早く成信が田んぼに出かけると、なんと驚いたことに田んぼには苗が植えてありました。ところが、苗は全て逆さまに植えてありました。
そのこと娘に話すと、娘は田んぼへと走りだし、いつの間にか白い狐の姿になって走っていました。
そして白い狐が、
「世の中よかれ、我が子にくわしょ。検見を逃がしょ、苞穂で稔れ」
と歌うと、逆さに植わっていた苗が全てひっくり返り正しく植えかわりました。
娘は狐であることを成信に知られたので、山へ帰らなければならないと言いました。
成信は慌てて娘の後を追いかけましたが、娘は狐の姿になって山奥へ消えてしまいました。
その年の秋、検見の役人がやってきましたが、成信の田んぼだけは稲が実らず、成信は年貢を納めなくてもよいことになりました。
役人が帰った後、稲の穂がどんどん実り、成信はいつまでも田んぼを眺めていました。
解説
お稲荷さまとして親しまれる稲荷神のお使いは狐とされています。
それは、稲荷神が元々は農業神であることと、狐が穀物を食い荒らす鼠を捕食すること、それから狐の色や尻尾の形が実った稲穂に似ていることから、狐が稲荷神の使いに位置付けられたと言われています。
稲荷神を奉祀する稲荷神社は、全国津々浦々に及んでおり、その数は3万750余社に上るといわれています。
この数字からも、古来より日本では稲荷信仰が広くて厚いことがわかります。
『きつね女房』は、狐が人に恩返しをすることを主題にした物語ですが、それと同時に稲荷神の信仰を結びつけ、五穀豊穣の祈願が物語の重要な要素になっていると考えられます。
感想
まだ幼い我が子に想いを残しながら、母となった狐が泣く泣く別れていく、この『きつね女房』のお話のように、狐が登場する日本の昔ばなしでは、親子の情愛が描かれることが多いようです。
狐は春に出産し、子狐が幼いうちは母狐がせっせと餌を運び大切に育てます。
しかし、独り立ちのための訓練をしたあと初秋には、母狐はがらりと態度を変えて子狐を強く咬み、巣を追い出す「子別れ」の儀式を行います。
狐は人里近く暮らしていたため、人間はこれらの行動を目にする機会がありました。とりわけ、「子別れ」の切なさは、動物の本能といえども人間には心情に迫るものがあったことでしょう。
こうした生態が、狐の物語と「親子の情愛」を自然に結びつけたのかもしれません。
まんが日本昔ばなし
『きつね女房』
放送日: 昭和51年(1976年)05月01日
放送回: 第0053話(第0030回放送 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 杉田実
文芸: 沖島勲
美術: 稲場富恵
作画: 高橋信也
典型: 異類婚姻譚・動物報恩譚・狐女房譚・稲荷信仰
地域: 中部地方(愛知県)
Amazonプライム・ビデオで、『まんが日本昔ばなし』へ、ひとっ飛び。
『きつね女房』は「DVD-BOX第2集 第8巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『きつね女房』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『きつね女房』は、親子の情愛を描いた、美しくて悲しい物語です。そして『きつね女房』の興味深い点は、さらにお話が子どもの代、孫の代へと展開するところにあります。それに関しては、また別の講釈で行うので、先ずはこちらの『きつね女房』に、ぜひ触れてみてください!