切ない愛が胸に沁みる、儚い幸せ物語
『きつね女房』は、動物による報恩の枠を超えた、極めて高度な愛の形を示すとともに、日本人の自然観・信仰観・倫理観を色濃く反映したお話です。人間存在における根源的な問い──「愛とは何か」「幸福とは何か」「別れとは何か」を静かに突きつけています。
今回は、『きつね女房』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『きつね女房』は、中部地方に属する愛知県宝飯郡一宮町(現在の愛知県豊川市)に伝わる民話とされますが、同じく中部地方に属する新潟県や岐阜県、また近畿地方や中国地方など、日本各地に似たようなお話が存在します。
「人間の男性が、人間の女性に化けた狐と結婚する」という内容の民話は、かなり古い時代から伝承されてきたようで、平安時代初期の説話集『日本国現報善悪霊異記(日本霊異記)』にはすでに収められています。
現代を生きる私たちは、豊かさにより、“安定”を失うことへの不安と恐怖から行動が縛られています。
しかし、『きつね女房』は、失うことによって初めて見えてくるものの大きさを、静かに教えています。
家族、絆、感謝、そして手放す覚悟──それらは決して“当然のこと”ではなく、生きることそのものに内在する尊い体験なのだということです。
『きつね女房』は、感謝の心と別れの覚悟を静かに問いかける、普遍的な価値を持つ物語といえましょう。
絵本『
きつねにょうぼう (日本傑作絵本シリーズ)』は、
福音館書店より
出版されています。
広く
知られている『
狐女房』は、
恩返しがお
話の
中心ですが、この
絵本では、
人間と
狐の
純粋な
愛、
親子の
絆、そして
自然の
法則による
別れが、
切なくも
優しく
描かれています。
長谷川摂子さんの
文は、
方言が
入るものの、
分かりやすさが
抜群で、さらにリズムが
心地良いため、
物語を
詩的に
彩り、
子どもたちの
想像力を
自然と
刺激します。そして、
片山健さんの
絵が
圧巻で、ページを
開いた
瞬間、
油絵の
具を
厚く
塗り
重ねながら
強調した、
黒の
力強い
使い
方が、
静かな
悲しみを
視覚的に
増幅させます。
長谷川さんの
言葉と
片山さんの
絵が、
完全に
融合したラストシーンは、
胸がぎゅっと
締めつけられます。
読む
度に、
愛の
深さと
別れの
美しさに
胸が
熱くなり、それと
同時に
心が
温かくなる
絵本です。
『
動物の世界 (日本の民話 1)』は、
角川書店より
出版されています。
日本を
代表する
児童文学作家・
松谷みよ
子さんと
民話研究家の
瀬川拓男さん、そして
作家・
辺見じゅん(
清水真弓)さんが
編纂した、
日本の
民話シリーズ
全12
巻の
第1
弾です。
挿絵を
担当したのは、
丸木位里さん・
俊さんのご
夫婦です。
第1
巻では、「
動物の
世界」「きつね
物語」「
動物おとぎ
話」「
動物と
人間」と
四つに
区分けし、この
分類に
基づき、
動物たちを
人間社会の
縮図として
描き、
人間の
傲慢さ、
欲や
嫉妬、そして
共生の
大切さや
協力の
喜びをユーモアたっぷりに
風刺した
民話が59
篇厳選して
収録されています。
先ずは、「
太陽を
射るもぐら」「
山の
鯨・
海のいのしし」「
蛇とみみず」「うさぎ・
亀・ふくろう」「いたちとねずみの
粟畑」「
鳥と
獣の
戦争」「あてのない
旅」などといった、
動物の
由来からはじまり、
争いと
協力、
冒険や
逞しさ、
笑い
話が
語られます。その
後、
日本各地には、
狐に
関する
多くの
伝説や
民話が
残っています。「
きつね女房の田植え」や「きつねの
嫁取り」など、
神様のお
使いから
妖怪までの
狐が
語られます。それから、「
かちかち山」「
猿蟹」「
舌切りすずめ」などといった
有名な
動物のおとぎ
話も
数多く
詰まっています。そして
最後は、「
白鳥の
関」「
人間無情」「
犬と
猫と
蛇の
玉」などが、
動物たちを
通じて、
共生や
謙虚さ、ユーモアの
大切さを
語ります。
本書では、
動物たちは、
脇役ではなく、
人間の
欲望や
優しさ、
愚かさや
賢さを
映す
鏡として、
生き
生きと
描かれています。だからこそ、
先人たちが、
自然界に
畏敬を
込めて
語り
継いできたものだと
実感することができます。
動物の“
声”を
通じて、つながりの
大切さをさりげなく
語る、
永遠に
色あせない
一冊です。
『
三河の民話 ([新版]日本の民話 65)』は、
未來社より
出版されています。
編者である
寺沢正美氏は、
愛知県丹羽郡犬山町(
現在の
愛知県犬山市)
出身の
作家で、
長年にわたり、
民話の
収集に
深い
情熱を
注いだ
一人です。
徳川家康生誕の
地として
有名な
三河(
愛知県東部地区)を、「
東三河」「
西三河」「
奥三河」の
三つの
地域に
分け、
妖怪の
話から
歴史上の
人物が
絡む
逸話まで、
地域ごとの
風土が
色濃く
反映された
民話が
多岐にわたり、
素朴な
挿絵とともに
整理して
収録されています。どの
話も“
縁”による
温かさを
基調し、
小さな
恩返しや
村の
助け
合いなどが、さりげなく
描かれているため、
胸がじんわりします。
妻である
狐の
機転と
家族への
深い
愛が、“
守るための
別れ”の
尊さを
教えている「
成信の女房」、
一人の
娘の
純粋な
願いと
犠牲が、
村全体の
幸せを
生む、
優しくも
切ない「
浅瀬をつくった
娘」、
無邪気な
悪戯と
悲しい
別れが、
夜空の
不思議な
光に
変わる、
哀切で
美しい「まるかの
人星」、
恩返しの
純粋さと
別れの
哀しみが
小さな
塚に
永遠に
残る、
静かで
感動的な「
狐塚」、
子どもたちの
素朴な
思いやりが、お
坊さんの
祈りを
通じて
村全体の
絆を
生む、
弘法大師(
空海)
伝説の「しばぐり」など、
三河の
山々が
放つ
香りや
川の
流れ、
風を
感じる
民話60
篇と
郷土のわらべ
唄が
収録されています。
あらすじ
むかしむかし、ある山里に成信というお百姓さんがおりました。
成信は、真面目で優しい若者でしたが、早くに両親を亡くし、貧乏だったため、お嫁さんも貰えず、毎日一人でせっせと働いていました。
ある夏の日、成信が田んぼで仕事をしていると一人の娘さんが通りがかりました。夏の暑い盛りのころなので、娘さんは暑さのあまり道に倒れ込んでしまいました。
成信は娘を家に運び介抱しました。二、三日もすると娘はすっかり良くなって、お礼に成信の身の回りを世話してくれるようになりました。
成信が娘に素性を尋ねると、
「私はどこにも行く当てがありません。身寄りもありません。もしよろしければ私をここに置いてはいただけないでしょうか」
と娘は言いました。
こうして娘は成信と暮らすようになりました。娘がよく働くので、たちまち村中の評判となり、成信は皆から羨ましがられました。
そして、その年の秋、二人は夫婦となり、玉のようにかわいい男の子が産まれ、森目と名付けました。
成信は森目にもう夢中でした。朝の暗いうちから日が暮れた夜まで、田畑に出て仕事に精をだしました。
しかし、森目が重い病気にかかってしまい、成信は付きっ切りで看病をしました。その甲斐あって、森目はすっかり元気になりました。
その代わり、ほったらかしにしていた田んぼは荒れ放題になっていました。
成信はなんとか田んぼを耕し、やっと田植えが出来るまでにこぎ着けましたが、明日には田植えを終えなければならないと娘に話しました。
翌日、朝早く成信が田んぼに出かけると、なんと驚いたことに田んぼには苗が植えてありました。ところが、苗は全て逆さまに植えてありました。
そのこと娘に話すと、娘は田んぼへと走りだし、いつの間にか白い狐の姿になって走っていました。
そして白い狐が、
「世の中よかれ、我が子にくわしょ。検見を逃がしょ、苞穂で稔れ」
と歌うと、逆さに植わっていた苗が全てひっくり返り正しく植えかわりました。
娘は狐であることを成信に知られたので、山へ帰らなければならないと言いました。
成信は慌てて娘の後を追いかけましたが、娘は狐の姿になって山奥へ消えてしまいました。
その年の秋、検見の役人がやってきましたが、成信の田んぼだけは稲が実らず、成信は年貢を納めなくてもよいことになりました。
役人が帰った後、稲の穂がどんどん実り、成信はいつまでも田んぼを眺めていました。
解説
お稲荷さまとして親しまれる稲荷神のお使いは狐とされています。
それは、稲荷神が元々は農業神であることと、狐が穀物を食い荒らす鼠を捕食すること、それから狐の色や尻尾の形が実った稲穂に似ていることから、狐が稲荷神の使いに位置付けられたと言われています。
稲荷神を奉祀する稲荷神社は、全国津々浦々に及んでおり、その数は3万750余社に上るといわれています。
この数字からも、古来より日本では稲荷信仰が広くて厚いことがわかります。
『きつね女房』は、狐が人に恩返しをすることを主題にした物語ですが、それと同時に稲荷神の信仰を結びつけ、五穀豊穣の祈願が物語の重要な要素になっていると考えられます。
感想
まだ幼い我が子に想いを残しながら、母となった狐が泣く泣く別れていく、この『きつね女房』のお話のように、狐が登場する日本の昔ばなしでは、親子の情愛が描かれることが多いようです。
狐は春に出産し、子狐が幼いうちは母狐がせっせと餌を運び大切に育てます。
しかし、独り立ちのための訓練をしたあと初秋には、母狐はがらりと態度を変えて子狐を強く咬み、巣を追い出す「子別れ」の儀式を行います。
狐は人里近く暮らしていたため、人間はこれらの行動を目にする機会がありました。とりわけ、「子別れ」の切なさは、動物の本能といえども人間には心情に迫るものがあったことでしょう。
こうした生態が、狐の物語と「親子の情愛」を自然に結びつけたのかもしれません。
まんが日本昔ばなし
『きつね女房』
放送日: 昭和51年(1976年)05月01日
放送回: 第0053話(第0030回放送 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 杉田実
文芸: 沖島勲
美術: 稲場富恵
作画: 高橋信也
典型: 異類婚姻譚・動物報恩譚・狐女房譚・稲荷信仰
地域: 中部地方(愛知県)
Amazonプライム・ビデオで、『
まんが日本昔ばなし』へ、ひとっ
飛び。
かつてテレビで
一大ブームを
作った『
まんが日本昔ばなし』の
中から
傑作101
話を
厳選しました!
国民的アニメーション『
まんが日本昔ばなし』がDVDになりました!
『
きつね女房』は「
DVD-BOX第2集 第8巻」で
観ることができます。
最後に
今回は、『きつね女房』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『きつね女房』では、妻である白狐が、夫と子に深い愛情を注ぎ、最後は自らを犠牲にして家族の未来を守りました。その行為は、自己犠牲であり、最も純粋な愛の形を示しています。だからこそ、夫も再婚せず、妻の記憶を胸に生き続けるという、愛の永続性を象徴しています。ぜひ触れてみてください!