『そこつ惣兵衛』は、「粗忽者」と呼ばれる、あわて者が物を取り違え、誤って認識するという行動を主題にした笑い話の一つです。
今回は、『そこつ惣兵衛』のあらすじと内容解説、感想などをご紹介します!
概要
『そこつ惣兵衛』は中国地方に伝わる民話で、「粗忽者」と呼ばれる、そそっかしくて、あわて者の行動を主題にした笑い話の一つです。
故応斎玉花によって江戸時代中期の宝暦3年(1753年)に発刊された咄本『軽口福徳利』にもみられ、また中部地方に位置する長野県や九州地方に位置する大分県にも同様の筋立のお話が伝わることから、あわて者が物を取り違え、誤って認識するという趣向の類話は、日本各地に広く分布していると考えられます。
それから、古典落語の演目の一つである『堀之内』も同材です。
ちなみに、落語の『堀之内』は、あわて者の主人公が東京都杉並区堀ノ内にあり、「お祖師さん」と呼ばれ、厄除け祖師として信仰されている、日蓮宗の妙法寺を参拝する噺となっています。
昔話の『そこつ惣兵衛』は村の百姓ですが、落語の『堀之内』は江戸の町人が主人公となっています。
あらすじ
むかしむかし、惣兵衛という、それはそれは大変に“そそっかしい” 男がおりました。
惣兵衛のそそっかしさはというと、例えば、朝起きると、女房の顔も今日行くところも忘れていたり、顔を洗うのにタンスを開けてみたり、ザルで水をすくい「水が汲めない」と言ってみたり、洗った顔を猫で拭こうとして爪で引っかかれたり、いつもこんな調子の毎日でした。
ある日、なんとかしてそそっかしい性格を治せないものかと、惣兵衛は女房に相談すると、
「お不動様に願掛けすればいい」
と勧められました。
そこで早速、
「翌日は朝一番で不動参りをする」
と惣兵衛は女房にいいつけ、弁当を作らせ、それを枕元において眠りました。
翌朝、まだ暗いうちに、弁当を風呂敷に包んで肩にかけ、家を出た惣兵衛でしたが、お不動様とは逆の方向に進んでいきました。
お不動様とは逆の方向に進む惣兵衛は、途中から自分の行き先を忘れてしまい、通りかがりの人に、
「いったいオイラはどこへ向かっているんだい」
なんていうトンチンカンな事を聞きながら進みますが、どうにも上手くいかないので、もと来た道を戻り、そこで通りかがりの人にもう一度、
「いったいオイラはどこへ向かっているんだい」
と道を尋ねると、そこはなんと自分の家でした。
「アンタ、しっかりしなさいな」
と女房に言われ再出発した惣兵衛は、相変わらずトンチンカンな事を聞きながらもなんとかお不動様のもとに到着しました。
しかし、惣兵衛は、ここでも本領を発揮するのでした。
惣兵衛は、お賽銭を上げようと財布から二文用意しますが、手に握った二文ではなく、うっかり財布の方を賽銭箱に投げ込んでしまいました。
がっかりしながら、持参した弁当を食べようとすると、それは女房の腰巻きで包まれた自分の枕でした。
腹が減った惣兵衛がとぼとぼ歩いていると、餅屋がありました。
餅屋の大福は三文でしたが、惣兵衛は二文しか持っていませんでした。
何とか腹ごしらえしようと考えた惣兵衛は、店主のスキをついて二文を放り投げ、一番大きな大福を持ち走って逃げました。
店主は何かを叫びながら惣兵衛を追ってきましたが、とにかく逃げました。
店主の姿が見えなくなったので、惣兵衛は腰を下ろして大福に食いつきました。
しかし、大福は、固すぎて噛むことができませんでした。
それは、飾り物で瀬戸物の大福でした。
「すべては女房のせいだ」
と怒り、惣兵衛は飛んで家に帰りました。
怒った惣兵衛は帰ってくるなり、
「なんで腰巻きなんか持たせるんだ!」
と女房を怒鳴りつけると、
「お前さんの家は隣だよ」
と笑いながら、惣兵衛は隣の奥さんに言われました。
急いで自分の家に帰ってきた惣兵衛は、
「いきなり大声を出してすまなかった」
と女房に謝ると、
「隣の奥さんを怒鳴って、自分の女房に謝ってもしょうがないでしょう」
と言われました。
どうにもならない、そそっかしい男のお話でした。
解説
『そこつ惣兵衛』の主人公である惣兵衛に注目をすると、
・細かな注意ができない
・不注意からミスをおかす
・集中力が持続しない
・段取りが下手
・忘れっぽい
・思いついたままに発言したり行動したりする
などの特徴が挙げられます。
現代だと、惣兵衛のような特徴を持つ人は『発達障害』ではないかと疑われます。
『発達障害』の中の一つに、「ADHD」と呼ばれるものがあります。
ADHDとは「注意欠如・多動性障害 (Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)」の略称で、主な症状は、うっかりミスが多いなどの「不注意症状」と、じっとしていることができないなどの「多動性・衝動性症状」の二つです。
惣兵衛の特徴や特性をみると、このADHDではないかと想像します。
ADHDは病気ではなく、先天的(=生まれつき)な脳機能の偏りによって起きる障害です。
不注意や多動性・衝動性は周囲の人たちからみると、理解を得られにくく、誤解を受けやすい傾向があります。しかし、これは本人のやる気や努力不足によるものではなく、脳機能の偏りによって起きるADHDの特性によるものです。
だからこそ、『そこつ惣兵衛』のお話にもあるように、周囲の人たちがADHDに対する理解をすすめることが大切だということです。
感想
『そこつ惣兵衛』の主人公である惣兵衛は、通常では考えられないような取り違えや勘違いを一日中行っています。
惣兵衛は、現代でいうところの「発達障害」だったのではないでしょうか。
発達障害は、まだまだ理解がすすんでいないため、惣兵衛のような人は、日常生活に支障をきたしたり、仕事や人間関係に難しさを感じたりして、「自分は社会不適合者ではないだろうか」との感情を抱き、それと同時に周囲からも「あいつは社会不適合者だ」との烙印が押され、様々なケースで不安を抱き、最悪では、うつ病などの二次障害が生じることもあります。
しかし、昔話の『そこつ惣兵衛』にもあるように、昔はそんな世の中ではありませんでした。
「粗忽者」も「変わり者」も社会に受け入れられていました。
それが一番よくあらわされているのが、自分の家と間違えて、惣兵衛がお隣の家に怒鳴り込んでしまった場面です。
「お前さんの家は隣だよ」
と笑いながら、隣の奥さんが惣兵衛を優しくたしなめるだけで済んでしまいます。
隣の奥さんから侮蔑されることもなければ、女房からも温かく見守られています。
その優しさこそが救いであり、社会が発達障害の人を受け入れる条件だと思います。
いつの日からか、日本は「豊かであるが幸福ではない国」になってしまい、こんなにも歪んだ社会になってしまいました。そして、色々な問題が表面化し、解決できずに苦しんでいます。
その解決策と何が幸せな社会なのかを教えている昔話が、『そこつ惣兵衛』ではないでしょうか。
まんが日本昔ばなし
『そこつ惣兵衛』
放送日: 昭和51年(1976年)08月28日
放送回: 第0078話(第0047回放送 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 亜細亜堂
文芸: 境のぶひろ
美術: 亜細亜堂
作画: 亜細亜堂
典型: 粗忽の連鎖譚
地域: 中国地方
最後に
今回は、『そこつ惣兵衛』のあらすじと内容解説、感想などをご紹介しました。
『そこつ惣兵衛』は、「粗忽者」や「変わり者」を社会が受け入れるためには、何が必要かを教えている昔話です。ぜひ触れてみてください!