嫁いできたお嫁さんは、器量が良くて働き者でした。しかし、お嫁さんには、人には言えない秘密がありました——『屁ひり女房』は、「屁」とも呼ばれる「おなら」を題材にしたお話です。おならが人の役に立ち、最後には大きな幸せをもたらします。
今回は、『屁ひり女房』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『屁ひり女房』は、『屁ひり嫁』や『屁っぴり嫁』とも呼ばれ、東北地方に伝承されてきた、「おなら」にまつわる笑い話です。
「おなら」などの下品な単語は、社会生活ではタブー視されている言葉です。
でも、子どもはなぜかこういう言葉が大好きです。
子どもが下品な言葉が大好きなのは、今も昔も変わりません。したがって、日本の昔話には「屁ひり嫁」という分類があり、内容には微妙な違いがみられますが、日本各地に『屁ひり女房』と似たようなお話が広く分布しています。
もしかしたら、『屁ひり女房』は、子どもに排泄や性など人体についての教育を始める、はじめの一歩のお話だったのかもしれません。
絵本『へっこきあねさがよめにきて (おはなし名作絵本 17)』は、ポプラ社から出版されています。とても絵が美しく、お嫁入りの様子や部屋の造り、着物の柄など、昔の日本の暮らしぶりが、太田大八さんによって丁寧に生き生きと描かれています。大川悦生さんによる文は、方言で語られているため少し難しく感じますが、趣がありリズミカルなので思いのほか読みやすいです。豪快な「おなら」が、ただただ面白く、笑いっぱなしの一冊です。あらすじ
むかしむかし、ある村に、年老いた母親と息子が住んでおりました。
ある日、息子が、隣村から嫁さんをもらうことになりました。
この嫁さんは、器量好しで、朝から晩までよく働くことから、近所でも評判になりましました。その上、なかなか孝行な嫁さんで、年老いた母親も息子も、とても気に入っていました。
ところが、しばらくすると青い顔になり、嫁さんの様子がおかしくなりました。
「どうしたんだね」
と母親が心配して尋ねると、
「屁がしたいけど、我慢しているんです」
と嫁さんが言いました。
「それなら、屁をすればいい」
と優しく母親が促すと、
「私が屁をすると大変なことになるから」
と嫁さんが言うので、
「屁ぐらい誰でもするんだから、さっさと遠慮せずに出せばいい」
と母親は言いました。
すると、嫁さんはニッコリ笑って、
「お母さん、ありがとうございます。それならば遠慮なく屁をします。お母さんは、どこかにつかまっていてください」
と言うと、着物の裾をまくりました。
ブーッ
嫁さんは、驚くほど大きな屁をしました。
そして、母親は、嫁さんの屁に吹き飛ばされて、向かいの大根畑へ飛ばされてしまいました。
母親は大根畑から、
「これはたまらん!ひとつ引き屁をしてくれ!」
と嫁さんに向かって叫びました。
そう母親から言われたので、
「えっこらしょ!」
と嫁さんは言って、尻をすぼめて、引き屁というものをしました。
すると、母親は、その引き屁に吸い込まれて、今度は家に戻ってきました。
「お母さん、大丈夫でしたか?そして、また屁が出そう!」
と嫁さんが言うので、それを聞いた母親は、必死に柱にしがみつきました。
ブーッ!
嫁さんの屁に吹き飛ばされて、またまた母親は、大根畑まで飛ばされてしまいました。
ちょうどその時、その様子を野良仕事から帰ってきた旦那さんが見ていました。
旦那さんは、カンカンに怒りながら、
「これほど屁をする者は、うちに置くわけにはいかない。出て行ってくれ」
と嫁さんに向かって怒鳴りました。
母親は、息子の怒りをやわらげようと、必死になってなだめましたが、息子は聞き入れませんでした。
そして、旦那さんが、嫁さんを実家まで送っていくことになりました。
嫁さんの荷物を背負いながら歩く旦那さんの後を、嫁さんは悲しみながら、とぼとぼと付いて歩いていました。
しばらく歩くと、米俵をたくさん積んだ船が、風が止んだことで帆は垂れ下がり、押しても漕いでも動かず、港から出航できなくて困っていました。
それを見た嫁さんは、
「私なら屁ひとつで船を出せるよ」
と言うと、
「屁で船が動いたら、ここにある米俵をいくつでもくれてやる」
と船頭たちが言い返しました。
「本当に米俵をくれるんだな。それならば屁を出すよ」
と嫁さんは言うと、クルリと後ろを向いて、着物の裾をまくりました。
ブーッ!
もの凄い、見事な屁が出ました。
船の帆は屁の風を受け、あっという間に沖へ出て行きました。
ところが、船が沖に出て行ってしまったので、嫁さんは約束の米俵をもらうことができませんでした。
そこで、今度は、尻をすぼめて、嫁さんは引き屁をしました。
すると、あっという間に、船に積んであったたくさんの米俵が港に戻ってきました。
そこから、嫁さんは米俵を三俵いただきました。
これで嫁さんは、実家への土産ができました。
「旦那さま、すいませんがこの米俵を背負ってください」
と嫁さんは旦那さんにお願いすると、またとぼとぼと歩き始めました。
さらに道を進み、旦那さんと嫁さんは、峠に差し掛かりました。
この峠を越えれば、嫁さんの実家なので、旦那さんとは別れなければなりませんでした。
峠を上りながら、嫁さんはだんだんと悲しい気持ちになっていきました。
そんな時、柿の実がいっぱいなっている、大きな一本の柿の木が嫁さんの目に入りました。
その柿の木の下では、反物売りらしい男が、馬の背に乗って柿の実を取ろうとしていました。しかし、なかなか手が届かず、柿の実が取れなくて、男は困っていました。
それを見た嫁さんは、
「私なら屁ひとつで柿の実を落とせるよ」
と言うと、
「屁で柿の実が落ちたら、ここにある反物を全部と馬をくれてやる」
と男は言い返しました。
「本当にくれるんだな。それならば屁を出すよ」
と嫁さんは言うと、クルリと後ろを向いて、着物の裾をまくりました。
ブーッ!
見事な屁が出たのと同時に、柿の実が一つ残らず木から落ちました。
約束通り、嫁さんは、男から反物と馬をもらいました。
「旦那さま、すいませんが、米俵と反物を馬に載せたら、馬を引いてください」
と嫁さんは旦那さんにお願いすると、またとぼとぼと歩き始めました。
旦那さんは、とぼとぼと歩く嫁さんを見ていたら、とても愛おしく思えてきました。
そして、旦那さんは嫁さんに向かって、
「こんな宝嫁を、実家に帰らせるのはもったいない」
と言い、嫁さんと一緒に家へ引き返すことにしました。
嫁さんは大変に喜び、
「とっておきを残しているんだ」
と旦那さんに伝えると、クルリと後ろを向いて、着物の裾をまくりました。
「お前、まさか」
と旦那さんが嫁さんに言ったのも束の間、もう手をくれでした。
ブーッ!
特別に大きな屁が出ました。
旦那さんは、山を越え野を越え川を越え、自分の家まで空を飛んで帰ってきました。
縁側で茶を飲んでいた母親は、息子が空から飛んできたので、びっくりしました。
嫁さんは、米俵と反物を載せた馬を引いて、後から家に帰ってきました。
母親は大変に喜び、
「嫁さんがいつでも好きなだけ屁ができるよう、庭に『屁の家(部屋)』をつくってあげなさい」
と息子に言いました。
それからというもの、親子三人は、いつまでも幸せに暮らしたそうです。
解説
物を吹っ飛ばすほど、大きな「屁」をしてしまうお嫁さんには驚かされますが、「引き屁」をすると、吹っ飛ばした物が戻ってくるっていう発想は、奇想天外すぎです。
ちなみに、引き屁とは、尻の穴をすぼめて掃除機みたいに、物を一気に吸い込む行為のことです。
さて、日本の昔話には「屁ひり嫁」という分類があり、『屁ひり女房』のお話は日本各地にお話が広く分布しています。『屁ひり女房』のような、いったん離縁を言い渡されたお嫁さんが、次第に重宝され、最後には復縁するという内容が一般的ですが、復縁しない結末を迎えるお話もあります。
また、お嫁さんは離縁されたまま、嫁ぎ先には戻れませんが、屁による活躍によって、お殿様より嫁ぎ先だった家の隣に立派な家を建ててもらうという、ちょっと不思議な結末を迎えるお話もあります。
感想
先天的に並外れた特殊能力を持つ女性が、結婚した相手から離縁を言い渡されたものの、「これが私の一番の魅力」と言わんばかりに、特殊能力を存分に発揮し、活躍して、最後は復縁するという内容は、よくみられる昔話とはひと味違っていて、興味を惹かれます。
それは、『屁ひり女房』には、現代にも通ずる共通点が見られるからでしょう。
真剣に頑張っている女性の姿というものは、多くの人の心を強く揺さぶり、魅力的に見えるものです。
特に男性ならば、一生懸命頑張る女性に心惹かれ、恋心を抱くこともあるでしょう。
“屁”は、人に笑われるような欠点ですが、威力が並外れていたことから、個人が持つ特殊能力として、それを活かしながら頑張る女性を応援するのと同時に、女性に生きる勇気も与えているように感じます。
健康で明るく、充実した日々を自立して、女性が生涯を通じて過ごせるよう、応援する物語が『屁ひり女房』です。
まんが日本昔ばなし
『屁ひり女房』
放送日: 昭和52年(1977年)07月16日
放送回: 第0150話(0093 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 高橋良輔
文芸: 沖島勲
美術: 本田幸雄
作画: 岩崎治彦
典型: 笑話
地域: 東北地方
『屁ひり女房』は「DVD-BOX第9集 第44巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『屁ひり女房』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
人間の体について知ることは、自分の体を大事にすることにつながります。その肯定感は、子どもの心の発育のために欠かせない要素です。子どもが大好きな「おなら」などの下品な言葉に対して、正しい知識を身につけるためにも、日頃から、『屁ひり女房』のようなお話を親子で一緒に見て過ごすことが重要です。ぜひ触れてみてください!