日本の九州に攻め入った元寇を撃退した百合若は、凱旋の途上に家臣の裏切りにより孤島に置き去りにされます。しかし、苦難の末、無事に故国への帰還を果たします。そして、裏切り者への復讐を成し遂げるお話が『百合若大臣』です。
今回は、『百合若大臣』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『百合若大臣』は、室町時代末期に成立した幸若舞の曲名で、百合若を主人公とする英雄物語です。
お話の舞台は九州地方の北部地域といわれ、その中でも特に福岡県福岡市、大分県大分市、長崎県壱岐市に伝説が色濃く残っています。
しかし、幸若舞や説教浄瑠璃、歌舞伎などによって、『百合若大臣』は日本各地に広く伝わり、東北地方に位置する宮城県岩沼市や山形県飽海郡八幡町(現在の山形県酒田市)、中部地方に位置する新潟県新発田市や石川県鳳珠郡能登町、関東地方に位置する群馬県甘楽郡下仁田町、中国地方に位置する岡山県井原市、九州地方に位置する鹿児島県や沖縄県などによく似た内容のお話が存在します。
あらすじは、その土地ごとに若干の差異がありますが、主人公の百合若が「頭がよく、武芸にも長けた勇者」で「弓の名手」とされる点と、結末の百合若が裏切り者を成敗するという点は共通しています。
あらすじ
むかしむかし、嵯峨天皇の御代、左大臣の公満が大和国の初瀬寺の観音に祈願したところ、男児を授かりました。
その男児は、百合若と名づけられました。
百合若は、幼い頃から頭が良く、勇敢な性格であったので、十七歳で右大臣に就任し、やがて豊後国の国司となりました。
さらに、百合若は剛の者で、鉄でできた大きな弓を引く弓の名人でした。
また、百合若は、大納言である章時の娘の春日姫という若くて美しい妻を迎え、緑丸と名づけた鷹とともに、幸せに暮らしていました。
ちょうど、その頃、筑紫国に蒙古軍が攻めてきたので、百合若に蒙古討伐の勅命がくだりました。
百合若は、大軍を率いて筑紫国へ向かいました。
対馬の沖で蒙古軍と戦った百合若は、神風が吹き荒れたことも手伝い、大勝利を収めました。
その帰り、玄海島という無人島に上陸した百合若は、そこで激戦の疲れを癒やすため横になると、やがて深い眠りに就いてしまいました。
すると、一番の家臣である別府兄弟は、
「弟よ、絶好の機会だな」
「兄さん、いよいよやるのか」
「ああ、この機を逃してはならない。オレたち別府兄弟が百合若に取って代わるのだ」
と言いながらほくそ笑むと、百合若を置き去りにして、軍勢とともに豊後国に帰ってしまいました。
豊後国に着いた別府兄弟は、すぐに都に上り、
「戦には勝利しましたが、百合若は海上で戦死した」
と帝に嘘の報告をしました。
すると、帝は、別府兄弟の兄である別府太郎を、百合若の代わりに豊後国の国司に任じました。
豊後国に帰ってからの別府兄弟は、栄華な生活を送るようになりました。
こうして、別府兄弟は、百合若の地位を奪ったのでした。
そして、兄の別府太郎は、百合若の美しい妻である春日姫にも手を伸ばしたのでした。
「百合若さまは最期に、国と春日姫さまを頼むと、私にご遺言をなされました」
と別府太郎は、春日姫に言いました。
すると春日姫は、
「百合若さまは並みのお方ではありません。あなたたちが生きて帰ってきたのに、百合若さまが亡くなったとは信じられません。ましてや、あなたと夫婦になることなど到底考えられません」
と別府太郎に言いました。
いつまで経っても百合若が亡くなったことを認めず、従おうとしない春日姫に、苛立ちを募らせていた別府兄弟は、春日姫を牢屋に閉じ込めてしまいました。
そして、屋敷の側の菰の池に、春日姫を簀巻きにして沈めてしまおうと考えました。
これを知った屋敷の門番の翁は、密かに自分の娘である萬寿姫を身代わりにして池に入水させ、春日姫の命を救いました。
一方、無人島で七日の眠りから覚めた百合若は驚きました。
島中どこを探しても、一人の家臣もいなければ、船も見当たりませんでした。
「なんということだ」
と百合若はしばらく呆然として海を眺めていましたが、
「国に帰るため、ここで何としてでも生き長らえなくては」
と思い、すぐに気を取り直しました。
生きて国へ帰ると決意した百合若は、身につけていた刀を使い、木で弓と矢を作り、それで魚や貝を捕って食いつなぎました。
さて、百合若の妻である春日姫は、百合若が可愛がっていた鷹の緑丸の脚に文を着けて空に放ちました。
緑丸は、百合若を探して飛んでいき、やがて玄海島に取り残された百合若の元に辿りつきました。
「おお、緑丸ではないか」
百合若が可愛がっていた鷹の緑丸は、百合若の肩にバサッと乗りました。
そして、百合若は、緑丸の足にくくりつけてあった手紙を見つけました。
それは、牢屋に入れられた春日姫が書いたものでした。
春日姫からの手紙を読んで、豊後国の内情を知った百合若は、
「おのれ、別府兄弟め。許してはおけぬ。緑丸、春日姫のもとへ手紙を届けておくれ」
と言って、刀で自分の指を切ると、滴り落ちる血で木の葉に手紙を書き、それを緑丸の足にくくりつけて、再び春日姫のもとに飛び立たせました。
それこそが百合若の最後の望みでした。
しかし、ある日、玄海島の波打ち際に、翠丸の力尽きて亡くなっている姿を百合若は発見しました。
百合若は、大変に悲しみましたが、改めて豊後国へ戻る意志を強くしたのでした。
その願いが天に通じたのか、一艘の船が玄海島の近くを通りかかりました。
「おーい、おーい、乗せてくれえ」
と百合若は力の限り声を張り上げ、手を振りました。
それに船は気づきましたが、長い無人島での生活で、髪も髭もボウボウに伸び、肌は真っ黒に日焼けして、鬼のような姿になっていた百合若に驚いて、船はなかなか島に近づいてはくれませんでした。
「おーい、おーい、オレは人間だ!助けてくれ」
ようやく百合若は船に乗せてもらい、遂に無人島を脱出し、豊後国を目指しました。
百合若が豊後国に戻ってみると、別府兄弟は国を治めるどころか遊んでばかりいたので、豊後国はどこもかしこもすっかり荒れ果てていました。
まもなく、百合若は鬼のような姿のまま、苔丸と名乗り、誰にも気づかれずに、別府太郎の門番になりました。
やがてお正月となり、別府太郎の屋敷では、正月行事である宇佐八幡宮への奉納の弓始めが催されることになりました。
「見事に弓を射ることができたら褒美をやる」
と別府太郎が言ったので、家臣はこぞって挑戦しましたが、誰も弓を上手に射ることはできませんでした。
その時、門番の苔丸は、矢拾いをしていましたが、弓を射る家臣や別府太郎を見て、ケラケラと笑ってしまいました。
「貴様、何がおかしい」
と別府太郎が怒鳴ると、
「皆さまの腕前があまりに下手なので、ついつい笑ってしまいました」
と苔丸は答えました。
「なに、そこまでいうならお前が射てみよ。うまくできなければ命はないぞ」
と太郎は言って、苔丸に弓を渡しました。
「では、弓を貸していただきましょう」
と言って、苔丸が借りた弓を引くと、あまりの力の強さに弓は、竹串のように折れてしまいました。
「これらの弓では使い物になりません。あの床の間にある鉄の弓をお貸しください」
と苔丸は言って指差しました。
すると、太郎は笑いながら、
「バカなことを言うな。あの鉄の弓は、亡くなった百合若さまのものだ。お前なんぞに引けるものではない」
と言いました。
「いいえ、私が必ず引いてご覧にいれます」
と言って、苔丸は鉄の弓を借りると、キリキリと鉄の弓を引き絞り、的には目もかけず、太郎に矢を向け、
「裏切り者よ、この私が誰だかわかるか」
と叫びました。
そこでようやく太郎は気がつき驚いたのでした。
太郎が、
「お前は、百合若!」
と言った瞬間、百合若の放った矢は見事に別府太郎の心臓を貫いたのでした。
「百合若さま!百合若さまは生きていらした!」
と言い、家臣たちは大変に喜びました。
こうして、百合若は、別府兄弟を討ちとり、復讐を果たしたのでした。
その後、春日姫も救い出し、再び豊後国を治める国司となり、幸せに暮らしました。
また、春日姫の身代わりになった萬寿姫の菩提を弔うため、菰の池の近くにお寺を建立し、そのお寺は、池の名と身代わりになった姫の名を取って蒋山萬寿寺という寺号を名付けました。
百合若が亡くなると、その亡骸は菰の池の南の丘に葬られ、そこは「大臣塚」と呼ばれるようになりました。
解説
『百合若大臣』の説話は、近松門左衛門の浄瑠璃の題目にもなった、九州地方の北部地域に位置するである福岡県、大分県、長崎県などに伝わる伝説です。
『百合若大臣』とよく似た物語が遥か西洋にも存在します。
古代ギリシアの詩人・ホメロスが謡った叙事詩『オデュッセイア』との共通点がみられるため、なんらかの形で日本に伝えられ、それが翻訳されたものではないかという説があります。
それは、明治時代に活躍した小説家の坪内逍遥が、明治39年(1906年)に『早稲田文学』誌上「百合若伝説の本源」で発表した説です。
その『百合若伝説の本源』によると、
主人公でイタケ島の王であるオデュッセイアのラテン語での発音が、「ユリシス」と「百合」が似ていること。
ユリシスが十年間にも及ぶトロイ戦争で勝利し、帰国の途に就きますが、その道中で海の妖怪に襲われ続け、何とか辿り着いたトリナキエ島でオデュッセウスは眠り込んでしまいます。
その間に、部下たちは、海神ポセイドンの使いである牛を殺して食べてしまい、海神ポセイドンの怒りが降り注ぎ、皆殺しとなります。牛を食べなかったオデュッセウスも海神ポセイドンの怒りに触れ、長らく漂流することになります。
十年の月日が経ち、オデュッセウスを哀れに思った女神アテナは、オデュッセウスを故郷のイタケ島に返します。
オデュッセウスが不在の間、オデュッセウスは既に死んだものと思われ、ペネロペ妃は財産目当ての貴族たちから求婚され続けます。
帰国したオデュッセウスは、乞食に身を変え、正体を隠し再起をうかがいます。
一人のぼろ布を羽織った乞食が弓を引いて、ペネロペ妃を誘惑した貴族たちを一網打尽にします。その男こそが、オデュッセウスだったのでした。
このように多くの共通点として挙げられています。
日本と西洋で似通った説話があることは、他にも見受けられますが、いくつものモチーフが、これほど似通っているのは、『百合若大臣』と『オデュッセイア』を置いて他にありません。
だから、当時、坪内逍遥が唱えた説が、センセーションを巻き起こしたことにも納得できます。
感想
『百合若大臣』は、「忍耐の精神と勇敢さ」を主題として語られています。
そして、「真の勇気とは何か?」を説いています。
主人公の百合若は、常に落ち着いていて、けっして驚くことはなく、何事にも心の平静さを掻き乱されることなく過ごしています。
破滅的な事態の真っただ中でも、心の平静さを保っています。
迫り来る困難を前にしても、平静であり、乱れを見せない心の広さは、「余裕」という言葉がピッタリで、なにより器の大きさを発揮できることが素晴らしいです。
つまり、真に勇気のある人物は、常に平静を保ち、決して驚き慌てず、何ものによっても心の落ち着きが掻き乱されることがない、百合若のような人のことと『百合若大臣』は説いています。
まんが日本昔ばなし
『百合若大臣』
放送日: 昭和52年(1977年)03月26日
放送回: 第0126話(0077 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 三輪孝輝
文芸: 沖島勲
美術: 三輪孝輝
作画: 三輪孝輝
典型: 復讐譚
地域: 九州地方(大分県)
『百合若大臣』は「DVD-BOX第11集 第53巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『百合若大臣』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『百合若大臣』は、創作の物語ですが、実際に起こった蒙古襲来などを織り交ぜているので、「これは実話なのか?」と錯覚してしまいます。大変に有名なお話であり、世の中を生き抜いていくための勇気や強い心、忍耐といった前向きな人間観の重要性を訴えています。ぜひ触れてみてください!