『うぐいす長者』は、男が約束を破り、禁じられた場所に立ち入ったことで、悲劇的な結果が訪れるお話です。
今回は、『うぐいす長者』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『うぐいす長者』は、『うぐいす女房』『見るなの宿』『うぐいすの法華経』『見るなの花座敷』『鶯浄土』『鶯内裏』と、さまざまな別称でも呼ばれ、中部地方に属する新潟県や富山県に伝わるお話が原型とされます。
あらすじには、その土地ごとに若干の差異がありますが、お話は東日本を中心に広く分布します。
日本では、何かをしているところを「見てはいけない」と禁止が課せられていたにも拘らず、それを破ってしまったために悲劇的な結果が訪れたり、あるいは、「決して見てはいけない」と言われた物を見てしまったため、恐ろしい目に遭ったりする民話を、「見るなの禁止」や「禁室型」と呼ばれる類型に分類します。
『鶴の恩返し』は、『うぐいす長者』と同様に、「見るなの禁止」に分類される代表的な民話です。
あらすじ
むかしむかし、北風の吹く、ある寒い冬の日のことでした。お茶売りの男が山道を一人でとぼとぼと歩いておりました。
その日は、どうしたものかさっぱりお茶が売れず、男は行ったことのない田舎の方へ足を延ばしてみることにしましたが、途中、道に迷ってしまい、いつの間にか竹藪の中にいました。
「どうやら、道に迷ったらしい」
と石がつぶやきながら薄暗い竹藪をさまよっていると、奥からウグイスの声が聞こえてくるので足を止めてみると、そこには花を付けた梅の木がありました。
梅の木の下には、梅の香りを楽しむように、うっとりするほど美しい娘が一人たたずんでいました。
男が近づくと、もう一人、また一人と娘たちが四人も現れ、
「あら、珍しい。人間の男の人だわ」
と言いながら、にっこりと男に笑いかけてきました。
いつしか娘たちは男の手を取り、自分たちの家へと案内しました。
そこは、男が今までに見たこともないほどの大きなお屋敷でした。
早速、男は商売を始めました。男がお茶、お箸、かんざしを見せると、母親と四人の娘たちは、喜んで残らず買い上げてくれました。
そして、母親は男に向かって、
「女ばかりの五人で暮らしており、心細いので、もしよろしければ娘の一人と結婚して、そのままここに住んでくれませんか」
と申し出ました。
突然のことに驚きましたが、
「わたしでよろしければ、喜んで」
と男は快諾し、長女の婿になりました。
男は一夜のうちに長者になり、その日から、美人四姉妹と楽しく遊びながら暮らしました。
やがて冬も終わり、暖かい春がやって来ました。
ある日、母親は男に
「今日は日よりが良いので、娘たちを連れてお花見に行って来ます。すみませんが、留守番をお願いします」
と言いました。
母親は続けて、
「もし退屈であれば、蔵を開けて中を覗いて遊んでください。ただし、四つある蔵のうち、三つ目までは見てもいいけど、四つ目の蔵だけは、決して開けてはいけませんよ」
と言いました。
「わかった。四つ目は見ないよ」
と男が約束をすると、女たちは出かけていきます。
さて、女たちの出かけた後、留守を預かることになった男は、何もする事がなくてボンヤリとしていました。
「暇じゃー。そうだ、蔵の中を覗いてみるか」
と言って、男は蔵の中を覗いてみることにしました。
まず男は、一つ目の蔵を開けてみました。
ザザーッ
ザザーッ
波が男の足元に押し寄せてきました。不思議なことに、蔵の中は海で、真夏の景色が広がっていました。男の体はいつの間にか鳥になっていて、夏の海の上を飛んでおりました。
「これはおもしろい。愉快じゃ、愉快じゃ」
次に男は、二つ目の蔵を開けてみました。
そこには、美しい秋の山がありました。赤や黄色に色づいた木々があり、大きな柿の木には真っ赤な柿の実がなっておりました。
「紅葉に柿とは、風流じゃのう」
その次に男は、三つ目の蔵を開けてみました。
ビューッ
ビューッ
蔵の中から冷たい風が吹いてきました。蔵の中は、雪が降り積もり、一面は真っ白な雪景色が広がっていました。
「寒い、寒い。冬は苦手じゃ」
と男は身を震わせながら、四つ目の蔵の前にやってきました。
そして、四つ目の蔵は春に間違いないと思い、蔵を開けようとした男は、
「四つ目の蔵だけは、決して開けてはいけませんよ」
と母親に言われた言葉を思い出しました。
しかし、開けてはいけないと言われると、これまでの三つがあまりにも楽しかっただけに、余計に見たくなって、
「約束はしたが、ちょっとくらいなら大丈夫だろう」
と思った男は、とうとう我慢しきれずに、四つ目の蔵を開けてしまいました。
そこには、男が思った通り、暖かい春が広がっていました。蔵の中は、小川がさらさらと流れ、そのほとりには桃色の花が咲いた梅の木がありました。
ホーホケキョ
ホーホケキョ
梅の木には五羽のウグイスが楽しそうに飛びかい、美しい声で鳴いていました。
その景色に感動しながら、
「ウグイスじゃ、きれいじゃ」
と言いながら、ウグイスたちに近寄った男は、そのウグイスたちの顔をどこかで見たような気がしました。
すると、「ハッ」としたウグイスたちは、鳴くのを止めて、鋭い目つきとなり、男に向かって飛んできました。
男は怖くなり、慌てて蔵から飛び出しました。
男が蔵から出ると、母親と娘たちが立っており、
「あなたは四つ目の蔵を開けないという約束を破りました。私たちはこの竹藪に住むウグイスです。今日は穏やかな日和なので、みんなで元の姿に戻って遊んでいました。あなたとは、いつまでも一緒に暮らそうと思っていました。しかし、姿を見られてしまっては、もう一緒に暮らすことはできません。さようなら」
そう母親が男に伝えると、男はまた元のお茶売りの姿になり、娘たちと最初に会った梅の木の下に戻っていました。
「そんな...」
男は仕方なく、冷たい北風の吹く山を一人で下りていきました。
解説
「春告鳥」とも呼ばれ、春の訪れを告げる鳥だとされるウグイスの鳴き声は、「ホー、ホケキョ」と聞こえます。
ところが、私たち現代人にとって当たり前の、「ホー、ホケキョ」という鳴き声ですが、江戸時代より前の人たちにとっては、「ホー、ホキ」とか「ホホ、キチ」「ツー、キヒホシ」などと聞こえていたようです。
平安時代の『古今和歌集』には次のような歌があります。
むめの花 見にこそきつれ鶯の
人来人来と 厭霜居
「梅の花を見にきたのに、そこにいるウグイスが『人が来た、人が来た』と嫌がっている」という意味ですが、この時代の人には、ウグイスの鳴き声は、「人来(ひとく)人来(ひとく)」と聞こえていたようです。
動物の鳴き声は、時代によって、だいぶ聞こえ方が違ったようです。
ウグイスの鳴き声を「ホー、ホケキョ」と表現するようになったのは、江戸時代といわれています。
そして、そこには仏教の影響が強く関係しているようです。
ウグイスは別名「経読み鳥」と呼ばれ、それも「法、法華経、法、法華経」とお経を読んでいるように鳴き声が聞こえることから、そう呼ばれるようになったとのことです。
ちなみに、『うぐいす長者』には、約束を守って、男が「蔵を見ない」という内容も伝わります。
それは、
約束を守った男のもとに女が現れ、
「あなたが約束を守ってくれたおかげで、私は法華経の行を果たすことができ、ウグイスから菩薩の位に転生することができました。ありがとうございます」
と言って、金銀財宝の入った大きな葛籠を置いて去る。
といった内容です。
ここからも分かるように、ウグイスの鳴き声が「ホー、ホケキョ」と聞こえるのは、日本人がいかに法華経に親しみを持ち、仏教に帰依しているかを語っているように思えてなりません。
そして、日本人は何百年もの間、ウグイスの鳴き声を聞きながら、尊い仏教の教えに想いを馳せてきたということです。
『古今和歌集 現代語訳付き ([新版]角川ソフィア文庫)』はKADOKAWAから出版されています。自然や季節の流れ、そして感情の機微、日本人の美意識は『古今和歌集』によって完成したといっても過言ではありません。原文、訳、解説のみならず、歌の背景となる当時の考え方や事象、それから当時の言葉の持つ微妙なニュアンスも載っているため、堅苦しくならず、中学生からなら興味を持って読み進めることができます。もう一度、古典に触れる機会に与えてくれる一冊です。感想
昔話『うぐいす長者』の特徴は、禁を破った者が罰せられずに、禁を破られた者が去っていく点にあります。
禁を破った男は、美しい娘たちが去り、富を失うという立派な罰を受けています。
さらに、禁を破るということは、もう取り返しがつかないという点に重要な意味があるように描かれています。
つまり、禁じられたことをしたら、それですべておしまいということです。
これは、とても日本らしい考え方です。
『うぐいす長者』には、「禁を破ってはいけない」という強いメッセージが含まれています。
それだけ、人間は、禁を破りやすい存在であると深く認識していると考えられます。
また、物語が成立した当時は、社会的にも、禁を破るということが、重大な罪になるという認識もあったと考えられます。
まんが日本昔ばなし
『うぐいす長者』
放送日: 昭和52年(1977年)02月19日
放送回: 第0118話(0072 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 森田浩光
文芸: 沖島勲
美術: 槻間八郎
作画: 森田浩光
典型: 禁室型・運命譚・異類婚姻譚
地域: 東北地方
『うぐいす長者』は「DVD-BOX第1集 第2巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『うぐいす長者』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『うぐいす長者』は、約束とはとても大事なものなので、守ることの大切さと破ってもいい約束は存在しないと教えています。それと同時に、日本人ならではの贅沢で特異な自然観が表現されています。ぜひ触れてみてください!