昔話『オオカミと娘』のあらすじ・内容解説・感想|おすすめ絵本
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 「大和やまと撫子なでしこ」は日本人にっぽんじん女性じょせいの美称びしょうです。態度たいどや表情ひょうじょうが穏おだやかで、容姿ようし端麗たんれい、清楚せいそで言葉ことば遣づかいが美うつくしく、男性だんせいを立たてるような女性じょせいを指さします。そして、なによりも一途いちずで健気けなげな女性じょせいなのが特徴とくちょうです。『オオカミと娘むすめ』は、ひたむき・・・・な娘むすめの切せつなくて悲かなしい物語ものがたりです。

 今回こんかいは、『オオカミと娘むすめ』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ、感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいします!

概要

 『オオカミと娘むすめ』は、『オオカミ石 いし』とも呼よばれ、柳田やなぎた國男くにおによる『遠野物語とおのものがたり』に「遠野とおのの狼おおかみ石いし」として収おさめられている逸話いつわです。

 東北とうほく地方ちほうに位置いちする岩手県いわてけん上閉伊郡かみへいぐん附馬牛村つきもうしむら(現在げんざいの岩手県いわてけん遠野市とおのし附馬牛町つきもうしちょう)に伝承でんしょうされてきた民話みんわとされます。

 青森県あおもりけん・岩手県いわてけん・宮城県みやぎけん・福島県ふくしまけんの東北とうほく地方ちほうの太平洋たいへいよう沿岸えんがんを中心ちゅうしんとした、いわゆる“みちのく”と呼よばれる地域ちいきには、オオカミを神様かみさまとして祀まつる「狼おおかみ信仰しんこう」が広ひろく伝つたわります。

 そんな背景はいけいから生うまれた民話みんわが、『オオカミと娘むすめ』ではないかと考かんがえられます。

 かつてテレビで一大いちだいブームを作つくった『まんが日本にっぽん昔むかしばなし』の絵本えほんが二見ふたみ書房しょぼうより出版しゅっぱんされています。『オオカミと娘むすめ』のお話はなしは『まんが日本にっぽん昔むかしばなし 第だい15巻かん』の中なかに収録しゅうろくされています。

 『岩手いわての民話みんわ ([新版しんぱん]日本にっぽんの民話みんわ 2)』は、未来社みらいしゃから出版しゅっぱんされています。『遠野物語とおのものがたり』に代表だいひょうされるように、日本にっぽんの中なかでも民話みんわが豊ゆたかに残のこる地方ちほうとして、古ふるくから関心かんしんをひいていたのが岩手県いわてけんです。京きょうの都みやこを中心ちゅうしんとした中央ちゅうおうの文化ぶんかの伝搬でんぱんを阻はばむ、厳きびしい地勢ちせいの中なかで育はぐくまれた「オオカミ石いし」などの独特どくとくな民話みんわが39篇へん収録しゅうろくされています。

 現在げんざいは、筑摩ちくま書房しょぼうより出版しゅっぱんされている佐々木ささき喜善きぜん氏しの『聴耳ききみみ草紙ぞうし』には、いにしえの日本にっぽんに息いきづいていた不思議ふしぎな、愉快ゆかいな、奇想きそう天外てんがいな、あるいは怖こわい物語ものがたりがぎっしりと詰つまった、日本人にっぽんじんの心こころの故郷ふるさとともいうべき珠玉しゅぎょくの物語ものがたり集しゅうです。

 『[新装版しんそうばん] 遠野物語とおのものがたり』は、新潮社しんちょうしゃから出版しゅっぱんされています。日本にほん民俗学みんぞくがくのメッカといわれる遠野郷とおのきょうは、現在げんざいの岩手県いわてけん遠野市とおのし周辺しゅうへんにあたります。その遠野とおの地方ちほうには、今いまなお語かたり伝つたえられている民間みんかん信仰しんこうや異聞いぶん怪談かいだんの数々かずかずがあり、それらを採集さいしゅう整理せいりし、古語こごが持もつ独特どくとくの流麗りゅうれいな文体ぶんたいで綴つづったものが『遠野物語とおのものがたり』です。柳田國男やなぎたくにお先生せんせいの愛あいと情熱じょうねつが行間ぎょうかんにあふれる、民俗みんぞく洞察どうさつの名著めいちょといっても過言かごんではありません。山本健吉やまもとけんきち氏し、吉本隆明よしもとたかあき氏し、三島由紀夫みしまゆきお氏しによる解説かいせつが収録しゅうろくされています。

あらすじ

 むかしむかし、ある険けわしい山やまの麓ふもと、陸中国りくちゅうのくにと羽後国うごのくにの国境こっきょうに、たった二十にじゅっ軒けんばかりの寂さびしい村むらがありました。

 この村むらには、「よそ者ものを入いれることも泊とめることもするな」という掟おきてがありました。

 ある寒さむい冬ふゆの晩ばん、朝あさからチラチラと雪ゆきが降ふっていて、夕方ゆうがたになるとそれが大おお吹雪ふぶきに変かわりました。

 この日ひ、どこから来きたのか、吹雪ふぶきの中なかを貧まずしい姿すがたをした旅たびの巡礼じゅんれいの母ははと娘むすめが、重おもい足あしを引ひきずりながら村むらを通とおりかかりました。

 歩あるき疲つかれた母ははと娘むすめは、一晩ひとばん泊とめてもらおうと村むらの家々いえいえを訪たずねましたが、見み知しらぬ者ものを泊とめてくれるところはありません。

 吹雪ふぶきはますます強つよくなり、母娘おやこは泣なきながら、一軒いっけん一軒いっけんを訪ねて歩あるき、とうとう村むらはずれの二十にじゅっ軒けん目めの家いえの戸口とぐちに立たっていました。

 トントン
 トントン
 戸とを叩たたくと、その家いえの女房にょうぼうが出でてきたので、
 「歩あるいているうちに日ひが暮くれてしまい、とても困こまっています。どうか一晩ひとばん泊とめてください」
と母娘おやこが泣なきながら頼たのむと、
 「それはお気きの毒どくに。泊とめてあげたいのはやまやまですが、あいにく旦那だんなさんがやかましくてお泊とめすることができません。でも、この先さきに龍雲寺りゅううんじというお寺てらがあるから、そこならきっと泊とめてくれるでしょう」
と女房にょうぼうは言いい、母娘おやこにおにぎりを手渡てわたしました。

 母娘おやこはやっとの思おもいでお寺てらへたどり着つき、
 「どうか一晩ひとばん泊とめてください」
と和尚おしょうさんに頼たのみましたが、
 「よそ者ものを泊とめるところなどない。本堂ほんどうの軒下のきしたでよければ、勝手かってに泊とまっていけ」
と言いい捨すてて、和尚おしょうさんはさっさと中なかへ引ひっ込こんでしまいました。

 その夜よ、旅たびの母娘おやこは、風かぜと雪ゆきが吹ふき込こみ、凍こおるような寒さむさの本堂ほんどうの軒下のきしたで、ブルブルと震ふるえながら抱だき合あっていました。

 その姿すがたを見みた和尚おしょうさんは、
 「かわいそうに……今夜こんやのうちに狼おおかみに喰くわれてしまうだろう」
と思おもいました。

 その夜よるは大変たいへんな大おお吹雪ふぶきになりました。

 夜更よふけになると、裏山うらやまから狼おおかみの鳴なき声ごえが、吹雪ふぶきの合間あいまから聞きこえてきました。

 狼おおかみの鳴なき声ごえがだんだんとお寺てらに近ちかづいて来くるので、母娘おやこは、寒さむさと怖こわさに震ふるえ固かたく抱だき合あっていました。

 狼おおかみの吠ほえる恐おそろしい声ごえを聞ききながら、和尚おしょうさんが、
 「とうとう狼けがやって来きた。あの母娘おやこもいよいよ獲とって喰くわれてしまうだろう」
と思おもいましたが、それでも母娘おやこをお寺てらの中なかへは入いれようとしませんでした。

 そして夜よるが明あけると、和尚おしょうさんは早はやく起おきて、本堂ほんどうの軒下のきしたを覗のぞき込こむと、案あんの定じょう、そこには母娘おやこの姿すがたはありませんでした。ただ、隅すみの方ほうに古ふるい笠かさが一ひとつ置おかれていました。

 それで和尚おしょうさんは、
 「昨夜さくや、旅たびの母娘おやこは狼おおかみに喰くわれた」
と思おもいました。

 それから、しばらく経たったある日ひのこと、和尚おしょうさんは隣村となりむらの法事ほうじで遅おそくなり、夜よるの山道やまみちを足早あしばやに帰かえっていました。

 すると、背後はいごの方ほうから狼おおかみの鳴なき声ごえが聞きこえてきました。

 怖こわくなった和尚おしょうさんは走はしり出だしました。

 ところが、いつの間まにか和尚おしょうさんが進すすむ方向ほうこうに、六頭ろくとうの大おおきな狼おおかみが待まち伏ぶせをしていて、和尚おしょうさんを喰くい殺ころしてしまいました。

 そこで、村人むらびとたちは熊平くまへいという、腕うでの良よいマタギに狼おおかみの退治たいじを頼たのみました。

 「よし、オレが狼おおかみを退治たいじしてやる」
と言いって、熊平くまへいは鉄砲てっぽうを持もって狼おおかみの住すむ洞穴ほらあなを探さがし出だすと、近ちかくの木きに登のぼって、狼おおかみが洞穴ほらあなから出でてくるのを待まち構かまえました。

 しばらくすると、六頭ろくとうの大おおきな狼おおかみが洞穴ほらあなから飛とびだしてきて、木きの上うえの熊平くまへいを見みつけると、しきりに吠ほえ立たてました。

 「今いまだ!」
 ドスーン!
 ドスーン!
と熊平くまへいは狙ねらいをつけて次々つぎつぎと鉄砲てっぽうを撃うちましたが、狼おおかみたちが素早すばやく身みをかわすので、弾たまは一発いっぱつも狼おおかみには当あたりませんでした。

 やがて、熊平くまへいの鉄砲てっぽうの弾たまが尽つきてしまいました。

 弾たまがなくなったことを知しった狼おおかみたちは、熊平くまへいがいる木きの下したにやって来くると、その木きに六頭ろくとうで飛とびついて、木きを揺ゆらして熊平くまへいを落おとそうとしました。

 その時とき、狼おおかみの住すむ洞穴ほらあなから、一人ひとりの美うつくしい娘むすめが出でてきて、
 「あの人ひとはもう鉄砲てっぽうを撃うちません。そして帰かえりを待まつ家族かぞくがいます。許ゆるしてやりなさい」
と言いって、狼おおかみたちを制せいしたのでした。

 すると、狼おおかみたちは木きの下したを離はなれて、洞穴ほらあなへ戻もどって行いきました。

 驚おどろいた熊平くまへいは、木きから下おりると、一目いちもく散さんに村むらへ逃にげ戻もどりました。

 それからまたしばらく経たった、寒気さむけに冴さえわたる月夜つきよのこと、不意ふいに六頭ろくとうの狼おおかみが村むらを襲おそいました。

 村人むらびとたちは驚おどろいて、鉄砲てっぽうを撃うったり弓矢ゆみやを射いったりしましたが、狼おおかみたちの動うごきが素す早ばやく、どうすることもできませんでした。

 すると、いつか熊平くまへいを助たすけた娘むすめがそこに駆かけつけ、荒あれ狂くるう狼おおかみたちを鎮しずめようとしました。

 その時とき、村むらの猟師りょうしの放はなった一本いっぽんの矢やが飛とんできて、娘むすめの胸むねに刺ささったのでした。

 娘むすめは悲かなしそうな声ごえを出だし、その場ばに倒たおれました。

 それを見みた狼おおかみたちは、再ふたたび荒あれ狂くるい、村人むらびとを五ご、六ろく人にん喰くい殺ころしてしまいました。

 倒たおれた娘むすめは、苦くるしみながらも、
 「この村むらには、お寺てらへの道みちを教おしえてくれた優やさしい方かたがいるんだよ。だから、村むらの人ひとたちを殺ころしてはいけません」
と言いうと、そのまま息いき絶たえました。

 その時ときに村人むらびとたちは、初はじめてこの美うつくしい娘むすめが、あの時ときの巡礼じゅんれいの娘むすめだったことを知しったのでした。

 六頭ろくとうの狼おおかみは、娘むすめの言葉ことばを聞きくと、悲かなしそうに鳴なきながら、娘むすめの遺体いたいをひきずりどこかへ運はこんでいきました。

 そんなことがあってから、村人むらびとたちは、自分じぶんたちが不ふ親切しんせつであったことを後悔こうかいし、それからは「悪わるいことをすると狼おおかみがやって来くるぞ」といって、旅人たびびとなどを親切しんせつにもてなすようになりました。

 ある日ひ、村人むらびとの一人ひとりが峠とおげを通とおると、六頭ろくとうの狼おおかみが悲かなしそうな声こえをあげて鳴ないているのを見みかけました。

 それは、狼おおかみたちが亡なき娘むすめを慕したい、悲かなしんでいるように映うつりました。

 六頭ろくとうの狼おおかみが並ならんで、日毎ひごと夜毎よごと、「ウォー、ウォー」と遠とお吠ぼえを繰くり返かえし、ついには、そのまま六むっつの石いしになってしまいました。

 それからというもの、月夜つきよの晩ばんには、石いしになった狼おおかみの悲かなしそうな遠とお吠ぼえが、峠とおげの道みちから聞きこえてくるようになったそうです。

解説

 関東かんとう地方ちほうでは、埼玉県さいたまけんの南西なんせい部ぶに位置いちする秩父市ちちぶしに鎮座ちんざする三峯みつみね神社じんじゃを中心ちゅうしんとした広ひろい範囲はんいで、オオカミを神様かみさまとして祀まつる「狼おおかみ信仰しんこう」があります。

 関東かんとう地方ちほうで発生はっせいした狼おおかみ信仰しんこうが、日本にっぽん各地かくちに伝つたわり、現在げんざいも残のこっています。

 東北とうほく地方ちほうも狼おおかみ信仰しんこうが強つよく残のこっている地域ちいきのひとつで、三峯みつみね神社じんじゃという名なの神社じんじゃをはじめ、オオカミを神様かみさまとして祀まつる神社じんじゃも至いたる所ところに存在そんざいします。

 そして、面白おもしろいことに、東北とうほく地方ちほうの狼おおかみ信仰しんこうは、いわゆる“みちのく”と呼よばれる太平洋たいへいよう側がわに痕跡こんせきが多おおく残のこり、日本海にほんかい側がわには少すくないという傾向けいこうがみられます。

 それと同時どうじに、『オオカミと娘むすめ』にあるような“何なにかが石いしに変化へんかする”という「石化せきか」と呼よばれる民話みんわも、みちのく地方ちほうには数かず多おおく伝つたわります。

 その名残なごりである、「立石たていし」という地名ちめいと「石神いしがみ神社じんじゃ」にみられる石いしを神様かみさまとして祀まつる信仰しんこうが、みちのく地方ちほうには至いたる所ところに存在そんざいするという点てんも大変たいへんに興味きょうみ深ぶかいです。

 『オオカミと娘むすめ』は、東北とうほく地方ちほうに伝つたわる狼おおかみ信仰しんこうと石神いしがみが結むすびついて生うまれた民話みんわではないかと考かんがえられます。

感想

 男性だんせい・女性じょせい限かぎらず、真まっすぐで一生いっしょう懸命けんめいに健気けなげな人ひとは、誰だれからも愛あいされる魅力みりょくが沢山たくさんあります。

 健気けなげな人ひとは、何事なにごとにも一生いっしょう懸命けんめいで、努力どりょくを惜おしまないことが特徴とくちょうといえます。そんな姿すがたに、愛いとおしさを感かんじる人も少すくなくないでしょう。

 そして、健気けなげな人ひとは、一途いちずな心こころを持もっていることも特徴とくちょうとして挙あげられます。誠実せいじつで真まっすぐということは、悪意あくいを持もって相手あいてを傷きずつけたり裏切うらぎったりすることはしません。

 また、健気けなげな人ひとは、自分じぶんの事ことよりも他人たにんのことを優先ゆうせんする傾向けいこうがあります。周囲しゅういがよく見みえているので、困こまっている人ひとにすぐに気きづくことができるから、気遣きづかい上手じょうずで人ひとに喜よろこばれます。

 生いきていれば、色々いろいろなことが生活せいかつには関かかわってきます。

 体からだを鍛きたえたり、勉強べんきょうをしたり、人ひとに対たいして優やさしくしたり……なりたい自分じぶんを目指めざして努力どりょくする“自分じぶん磨みがき”もその一ひとつです。

 あらゆる事ことに、思おもいやりと情熱じょうねつを持もって接せっすれば、一生いっしょう懸命けんめいさが「健気けなげ」として伝つたわることでしょう。

 そうすれば、周囲しゅういから尊敬そんけいされるような人間にんげんになることができるでしょう。

まんが日本昔ばなし

『オオカミと娘むすめ』
放送日: 昭和51年(1976年)12月11日
放送回: 第0100話(第0062回放送 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 藤本四郎
文芸: 沖島勲
美術: 藤本四郎
作画: 藤本四郎
典型: 霊験譚れいげんたん
地域: 東北地方(岩手県)

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 『オオカミと娘むすめ』は未みDVD化かのため「VHS-BOX第だい3集しゅう 第だい29巻かん」で観みることができます。

最後に

 今回こんかいは、『オオカミと娘むすめ』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ、感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいしました。

 日本人にっぽんじんがオオカミを含ふくめた「イヌ」というものをどう捉とらえ、習俗しゅうぞく信仰しんこうの中なかにどのように組くみ込こんできたのかを『オオカミと娘むすめ』では知しることができます。ぜひ触ふれてみてください!

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