お寺の飼い猫が、長年お世話になった和尚さんへの恩返しにと、貧乏なお寺を繁盛させようと考えます。お葬式で、猫が和尚さんと組んで一芝居打つお話が『猫檀家』です。
今回は、『猫檀家』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『猫檀家』は、東北地方から九州地方まで日本各地に広く語り継がれている民話ですが、東北地方に多く残されていて、九州地方には少ないという傾向がみられます。
面白いことに、実在するお寺や伝説上のお寺など、東西を問わず、『猫檀家』の舞台は必ずお寺であり、そこで飼われている動物も必ず猫という点です。
つまり、猫による恩返しの対象は、絶対に和尚さんという、猫と和尚さんの交流を描いたお話です。
あらすじ
むかしむかし、あるところに、滅多に人が訪れることのない貧しい山寺がありました。その山寺には年老いた和尚さんが住んでおりました。
和尚さんは、一匹の年老いた虎猫を飼っていて、自分の食べ物を半分に減らしてでも虎猫に食べさせて、子どものように可愛がっていました。
ある日のこと、和尚さんは虎猫に向かって、
「ワシでさえ、食べ物がなくて困っている。本当に気の毒だが、おまえに食べ物をやることもできなくなりそうだ。今のうちに、どこか食べ物のあるところへ行っておくれ」
と言うと、和尚さんの顔をじっと見ていた虎猫は、悲しそうな顔をして、しょぼしょぼと出て行きました。
それから何日か過ぎて、ある晩のこと、和尚さんが寝ていると起こすものがいました。よく見たら虎猫でした。
「和尚さま、和尚さま、長いことお世話になったので、和尚さまに何か恩返しをしたい」
と虎猫が言いました。
人間の言葉を話し出した虎猫に和尚さんは驚きましたが、虎猫は気にせず話し続けました。
「近いうち、長者さまがとてもかわいがっている一人娘が亡くなるので、その葬式の時、おいらが娘の棺桶を空に浮かします。長者さまが慌てるから、その時、和尚さまがお経を唱えてください。そのお経の中で『南無トラヤヤ、トラヤヤ』と声を掛けてくれたら、おらが棺桶を下におろします。そしたら、その内、きっと良いことが起こります」
と言って、虎猫はどこかへ行ってしまいました。
しばらくすると、虎猫の言った通り、長者さまの一人娘が病気で亡くなりました。お葬式は、偉いお坊さんたちを招いて、立派なものでした。ところが、山寺の和尚さんだけは招かれませんでした。
行列をつくって棺桶を運んでいたところ、急に生臭い風が吹いてきて、長者さまの娘を納めた棺桶が、突然、空に舞い上がりました。
これには、長者さまの家の人たちや行列に参加した人たちは、驚きました。そして、その場にいた偉いお坊さんたちが必死に祈祷しても、棺桶は動きませんでした。
もう藁にもすがる思いで、山寺の和尚さんが呼ばれることになりました。
和尚さんは破れた法衣を着て、杖をつきながら、のんびりとやって来て、空を仰ぎ見ながら、ゆっくりとお経を唱えはじめました。そして、いい加減なところで、「南無トラヤヤ、トラヤヤ」と虎猫に教わった呪文を唱えました。すると、今まで空に浮いていた棺桶が、そろりそろりと下りてきました。
この一件から、多くの家がこの山寺の檀家となり、貧しかった山寺は見違えるような立派なお寺となって、後々まで栄えたそうです。
そして、和尚さんはと言うと、名声が広まったことで、まるで生き仏のように崇められ、余生を安楽に暮らしたそうです。
解説
猫と仏教は、実は古くから深いつながりがあります。
それは、お寺に収蔵されている経典や古い書物を、鼠の害から守る番人として、猫が大変に珍重されたのです。
日本における猫の歴史は、一説には、6世紀頃に日本に伝わったとされる仏教と共に渡ってきたといわれています。
江戸時代の戯作者である田宮仲宣が記した『愚雑俎』には、「海を渡って大事な経典を運ぶにあたり、鼠の害から守るために猫を船に乗せた」との記述があります。
飼い猫に関しては、第59代天皇・宇多天皇が、父である第58代天皇・光考天皇から譲り受けた黒猫を、大変に可愛がり大切にしていたとの記述が『寛平御記』の中に残されていますし、『源氏物語』や『枕草子』にも飼い猫の記述がみられことから、平安時代には宮廷や貴族の邸宅では、愛玩動物として猫が飼われていたと考えることができます。
ちなみに、平安時代、猫は大変に高価なものだったので、紐で繋がれて飼われていました。
長い間、猫は、貴族や富裕層の間で紐に繋がれて飼われていましたが、安土桃山時代の慶長7年(1602年)に、「猫を放し飼いにするように」との法令が出され、猫が本来の仕事を行うことができるようになったことから、徐々に庶民の間でも猫を飼う習慣が広まり、鼠の害が街から減ったとの記録が残っています。
さらに、江戸時代に入ると、猫の人気が爆発的な広がりをみせます。
猫が鼠を駆除してくれる大切な存在だけではなく、お守りや縁起物としても愛されるようになり、浮世絵や招き猫の置物なども登場し、庶民の間に広がっていきました。
また、江戸時代には、猫は単なる愛玩動物としてだけではなく、“妖怪”としても描かれるようになります。「葬式や墓場から死体を奪う」とされる火車と呼ばれる妖怪は、年老いた猫が化けるとされる猫又が正体といわれています。
感想
日本各地で語り継がれている『猫檀家』は、舞台が例外なくお寺なので、うがった見方をすると、「大金を得たい和尚さんやお寺が、火車による事件を自作自演した」というお話ではないかと思えてなりません。
お話の背景を考えると、妖怪である火車を撃退したことを、和尚さんやお寺の宣伝に利用していたことへの批判と捉えることができます。
火車となった老いた虎猫は、多くの偉いお坊さんたちが必死にご祈祷しても、棺桶を下ろそうとはしませんでした。しかし、飼い主であった和尚さんが呪文を唱えると、棺桶がそろりそろりと下りてきました。
これは、妖怪である火車の妖力の方が、和尚さんの法力よりも強いということです。
そこから考えられることは、『猫檀家』という題は、「火車の事件を自作自演したことは、お寺と檀家の秘密にしましょう」という約束事という意味ではないかと捉えることもできます。
つまり、『猫檀家』は、和尚さんに老いた虎猫が恩返しとして富を与えるという、昔話によくみられる内容ですが、もしかしたら、檀家という民衆が、欲に目がくらんだ和尚さんを皮肉った内容ではないかと感じてなりません。
まんが日本昔ばなし
『猫檀家』
放送日: 昭和51年(1976年)11月06日
放送回: 第0094話(第0057回放送 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 漉田実
文芸: 漉田実
美術: 下道一範
作画: 上口照人
典型: 動物報恩譚・猫譚
地域: ある所
『猫檀家』は「DVD-BOX第2集 第7巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『猫檀家』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
和尚さんの優しい振る舞いに対して、老いた虎猫が恩返しとして富を与えるお話が『猫檀家』です。「猫が死体を盗む」「老いた猫が“火車”と呼ばれる妖怪に化けて葬儀を襲い、亡骸を奪う」といった、日本古来の俗信がお話の背景にあると考えられます。ぜひ触れてみてください!