昔話『あばれ絵馬』のあらすじ・内容解説・感想|おすすめ絵本
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 「息子むすこの病やまいが治なおりますように」
 藁わらをもつかむ思おもいで、両親りょうしんはある神社じんじゃをお詣まいりします。
 その甲斐かいあって、息子むすこは元気げんきになりました。そして、そのお礼れいにと両親りょうしんは神社じんじゃに絵馬えまを奉納ほうのうしました。ところが、その絵馬えまに描えがかれた馬うまに魂たましいが宿やどります——不思議ふしぎな現象げんしょうを題材だいざいにしたお話ばなしが『あばれ絵馬えま』です。

 今回こんかいは、『あばれ絵馬えま』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ、感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいします!

概要

 『あばれ絵馬えま』は、『稲を食う絵馬』や『飛び出す絵馬』などとも呼ばれ、田の稲や畑の豆などの作物を荒らす馬がいたので、村の百姓たちが、その馬の後をつけてみると、神社仏閣に掲げられた絵馬に描かれた馬が、絵馬から飛び出して暴れていたという、ちょっと不思議なお話です。

 『あばれ絵馬えま』は、関東地方に属する群馬県利根郡に伝承されてきたお話とされますが、似たようなお話が日本にっぽん各地かくちに広ひろく伝つたわります。

 その中でも、山梨県身延町の鬼子母神堂、静岡県浜松市の龍禅寺、兵庫県丹波篠山市の春日神社、鳥取県倉吉市の長谷寺、福岡県古賀市の熊野神社に伝わる暴れ絵馬の伝説が特に有名です。

 また、お話の中で、「東入の武尊神社に絵馬を奉納」とありますが、現時点では群馬県でこれに該当する神社を発見することはできませんでした。

 しかし、同じ群馬県の前橋市日輪寺町の日輪寺には、「夜な夜な絵馬の馬が暴れ出た」という伝説があり、日輪寺の観音堂には暴れ絵馬の伝説を持つ絵馬が飾られています。

※尚なお、現時点げんじてんでは『あばれ絵馬えま』に関かんする絵本えほんは存在そんざいしません。

 『ちょっとほのぼのする昔むかしばなし』は、鬼灯ほおずき書籍しょせきから出版しゅっぱんされています。「読よみ聞きかせシリーズ」の第だい5弾だんです。「笑わらえる話はなし」「考かんがえさせられる話はなし」「土地とちや人物じんぶつにまつわる言いい伝つたえ」「心こころ温あたたまる話はなし」の4つに分類ぶんるいされた、人ひと・神様かみさま・動物どうぶつ・妖怪ようかいなどが織おり成なす、心こころが和なごむ「あばれ絵馬えま」などの昔むかし話ばなしが52篇へん収録しゅうろくされています。小沢おざわさとしさんの心こころがほんのり暖あたたまる文ぶんと、橋爪はしづめまんぷさんによる昔むかし話ばなしの世界せかいを想像そうぞうさせる挿絵さしえが、とても愉快ゆかいな一冊いっさつです。昔むかし話ばなしの中なかに隠かくれた宝たから物ものを探さがすのに役やく立だつ「ひと口くちメモ」が付ついています。

 『上州じょうしゅうの民話みんわ 第だい1集しゅう ([新版しんぱん]日本にっぽんの民話みんわ 20)』は、未來社みらいしゃから出版しゅっぱんされています。群馬県ぐんまけんといえば、美うつくしい赤城山あかぎさんと利根川とねがわ、それからカカア天下でんかにカラッ風かぜですね。古来こらい、文化的ぶんかてきにも開ひらけ、自然しぜん環境かんきょうに恵めぐまれた群馬ぐんまの風土ふうどに育そだった「鬼おにから貰もらった力ちから」や「あばれ絵馬えま」など、楽たのしい民話みんわ67篇へんと郷土きょうどのわらべ歌うたが収録しゅうろくされています。

 『上毛じょうもうかるたはカタル』は、Booko出版しゅっぱんから出版しゅっぱんされています。初版しょはんが発行はっこうされたのが昭和しょうわ22年ねん(1947年ねん)で、70年ねん以上いじょうの歴史れきしを持もつ『上毛じょうもうかるた』は、群馬ぐんま県民けんみんにとっては、とても馴染なじみの深ふかい「かるた」です。その『上毛じょうもうかるた』の解説かいせつ本ぼんが、ついに刊行かんこうされました。300ページを超こえる本書ほんしょには、歴代れきだいの絵札えふだがすべて収録しゅうろくされています。この一冊いっさつを深ふかく読よみ解とくと、群馬県ぐんまけんの歴史れきしだけではなく、日本にっぽんの歴史れきしも垣間かいま見みることができます。

 『群馬ぐんまのトリセツ』は、昭文社しょうぶんしゃから出版しゅっぱんされています。群馬県ぐんまけんの地形ちけいや地質ちしつ、歴史れきし、文化ぶんか、産業さんぎょうなど多彩たさいな特徴とくちょうと魅力みりょくを、地図ちずを読よみ解ときながら紹介しょうかいしています。群馬県ぐんまけんの知しっているようで知しられていない意外いがいな素顔すがおを、思おもわず地図ちずを片手かたてに、現地げんちに行いって確たしかめてみたくなる情報じょうほうが満載まんさいです。海うみはなくとも、美うつくしい自然しぜんと古ふるくから受うけ継つがれてきた宝たから物ものがいっぱいな一冊いっさつです。

あらすじ

 むかしむかし、ある山国にお代官様が住んでおりました。

 このお代官様の若君がひどく病弱で、ある時、重い病にかかってしまいました。

 「若君の容態がかんばしくないようだ」
 「いろいろなお医者様に診てもらっているようだが、良くならないそうだ」
 「本当に心配だ」
などと言い、村の百姓たちも心から若君のことを心配していました。

 ところが、若君の病状はいっこうに良くならず、それどころか、どんどんと悪くなっていきました。

 そこで、若君を心配したお代官様や家来の者たちは、皆で相談して、東入の武尊神社をお詣りすることにしました。

 武尊神社のご祭神である武尊様は、この地方では霊験あらたかな神様として有名でした。

 武尊神社にお詣りしたことで、若君の病はめきめきと良くなり、すっかり元気になりました。

 若君が元気になったお礼にと、お代官様は、日本一の絵師を呼び寄せ、絵馬に馬の絵を描かせ、それを武尊神社に奉納しました。

 お代官様が、「若君と村の子どもたちがいつまでも健やかでいてほしい」という願いから描かせ、武尊神社に奉納した絵馬を見た村の百姓たちは、
 「さすが日本一の絵師に描かせただけのことはある」
 「見れば見るほど見事な出来栄えだ」
 「まるで馬が生きているような絵だ」
 「今にも馬が絵から抜け出してきそうな勢いだ」
などと言い、馬の絵が描かれた絵馬の素晴らしい出来栄えに驚きました。

 しばらく経った、ある秋の夜のこと、村で大事件が起こりました。

 「大変じゃあ!ワシの家の田んぼが、何者かに荒らされている!」
と一人の百姓が言うので、皆でその田んぼを見に行くことにしました。

 すると、田んぼが荒らされていたのは、その百姓のところだけではありませんでした。

 あっちの田んぼも、こっちの田んぼも、稲は食い荒らされ、踏み倒されていました。

 田んぼには、馬の足跡が点々と残されてしまいました。

 「昨日の夕方までは、何事もなかったので、昨夜に、どこかの馬が、田んぼを荒らしたに違いない」
 そこで、村の百姓たちは、今夜は一晩中、田んぼの見張りをすることにしました。

 やがて、田んぼに日が落ちると、遠くから馬の駆けてくる音が聞こえてきました。

 百姓たちの前に、馬が姿を現したのでした。

 どこからともなく現れた馬は、とても立派な馬でした。そんな立派な馬が、稲を食い荒らしながら、田んぼを駆け回っていました。

 「そら!馬を追いかけろ!」

 村の百姓たちに気がついた馬は、慌ててその場から駆け去りました。

 百姓たちも必死になって、馬の後を追いかけました。

 やがて、馬は武尊神社の方へ向かって走っていきました。

 「馬が武尊神社の境内に逃げ込んだぞ!追いかけろ!」

 ところが、百姓たちは、馬の姿を見失ってしまいました。

 「馬はどこへ行ったんだ?武尊神社に逃げ込んだところを見たのだが?」

 百姓たちが境内で馬を探しまわっていると、馬が武尊神社の絵馬の中にスッと入っていくのが見えました。

 あまりにも見事に馬が絵馬に描かれたことで、馬に命魂が宿り、絵馬から抜け出すという、不思議な事が起きたのでした。

 信じられない光景を目の当たりにした百姓たちは、お代官様にお願いをして、絵馬の中に杭と手綱を書き足してもらい、馬を杭に縛りつけた絵にしてもらいました。

 それからというもの、馬が絵馬から抜け出して暴れることはなくなったそうです。

 村には再び平和が戻りました。

 村の百姓たちは、せっせと秋の収穫に精を出しました。

 そして、村の人たちは、いつまでも武尊神社の絵馬を大切にしたそうです。

解説

 神仏へ何かの願いを込めて、あるいは願いがかなったお礼として、社寺に奉納する木の板のことを「絵馬」といいます。

 多くは絵馬の表には、馬の絵や神様・仏様の絵などが描かれ、裏面には絵が描かれておらず、ここに神様や仏様へのお願い、あるいは願いが叶ったお礼を書きます。

 絵馬は、おみくじを結ぶのとは違い、神様や仏様へのお願い、あるいは願いが叶ったお礼を伝えるものであるため、「奉納する」ものであるところが大きな特徴です。

 絵馬の起源としては、古代、日本では、馬のことを神馬と呼び、神様が下界に降りてくる際、神馬に乗って人間世界にやってくると考えられていました。

 また、馬は「神が喜ぶ乗り物」とも考えられていたため、神様に祈願する際には、生きた馬を神社に奉納していました。

 古い文献にも、「雨乞いのために神様に馬を奉納した」との記述があります。

 ところが、次第に神様に生きた馬を奉納できない人が出てきたため、奈良時代になると、馬の代わりに土や木で作られた「馬形」が奉納されるようになりました。

 奈良時代後期にはさらに簡略化され、馬を木の板に描いた「絵馬」が納められるようになりました。

 平安時代になると、神仏習合思想が起こり、寺院にも絵馬が奉納されるようになりました。

 室町時代以降は、馬の絵が描かれていない木の板も絵馬と呼ぶようになりました。

 室町時代には、大絵馬が作られたり、絵も馬だけでなく狐や菩薩などが描かれたりするようになり、安土桃山時代には、有名な絵師によって描かれた絵馬を鑑賞できる絵馬堂が成立しました。

 そして、現代のような絵馬にお願い、あるいは願いが叶ったお礼を伝えるため、寺社に絵馬を奉納するのが庶民の間に広まったのは、江戸時代の頃からとされています。

 『1日にち1分ぷん見みるだけで願ねがいが叶かなう! ふくふく開運かいうん絵馬えま』は、ダイヤモンド社しゃから出版しゅっぱんされています。古来こらい、絵馬えまは、「神様かみさまへのハガキ」の役目やくめを担になってきました。本書ほんしょには、完全かんぜん描かき下おろしが55絵馬えま、各かく有名ゆうめい神社じんじゃ奉納ほうのう16絵馬えまの全ぜん71絵馬えまが収録しゅうろくされています。絵えが穏おだやかなので心こころが和なごみ、自然しぜんと絵馬えまへの興味きょうみが湧わきます。感謝かんしゃの気持きもちを忘わすれず、精進しょうじんしながら、「願ねがい事ごとが叶かなうと良よいなぁ~」と思おもいながら、毎日まいにち眺ながめてしまう一冊いっさつです。

感想

 日本では、自然や物に魂が宿るとする信仰が古くから根付いており、すべてのものには霊的な存在が宿ると考えられてきました。

 それは、すべてのものに対する敬意や感謝の念が根底にあるからです。

 そして、存在するすべてのものを大切にしてきた日本人ならではの感覚でもありす。

 すべてのものに魂が宿とする信仰は、古くから日本の文化や信仰に深く根ざし、さまざまな歴史的書物に記述されています。

 現代においても、すべてのものに対する敬意や感謝の念を通じて、その信仰は脈々と続いています。

 その日本人ならではの感覚から生まれたお話が『あばれ絵馬えま』です。

まんが日本昔ばなし

『あばれ絵馬えま』
放送日: 昭和52年(1977年)07月02日
放送回: 第0148話(0091 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 『上州じょうしゅうの民話みんわ 第だい1集しゅう ([新版しんぱん]日本にっぽんの民話みんわ 20)』 小野おの忠孝ちゅうこう (未來社みらいしゃ)
演出: 三輪孝輝
文芸: 沖島勲
美術: 三輪孝輝
作画: 三輪孝輝
典型: 霊験譚れいけんたん・由来譚ゆらいたん
地域: 関東地方(群馬県)

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最後に

 今回こんかいは、『あばれ絵馬えま』のあらすじと内容ないよう解説かいせつ、感想かんそう、おすすめ絵本えほんなどをご紹介しょうかいしました。

 描えがいた絵えや彫ほった彫刻ちょうこくに魂たましいが宿やどり、夜よな夜よな動うごき出だすというお話はなしは、日本にっぽんには数かず多おおく残のこっています。そうしたものは、人々ひとびとの心こころをつかみ、現存げんぞんするものは今いまも名作めいさくになっています。それは、『あばれ絵馬えま』にもありますが、名人めいじんが感謝かんしゃや愛あいの気持きもちを込こめて作品さくひんを創つくり上あげたからでしょう。ぜひ触ふれてみてください!

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