「息子の病が治りますように」
藁をもつかむ思いで、両親はある神社をお詣りします。
その甲斐あって、息子は元気になりました。そして、そのお礼にと両親は神社に絵馬を奉納しました。ところが、その絵馬に描かれた馬に魂が宿ります——不思議な現象を題材にしたお話が『あばれ絵馬』です。
今回は、『あばれ絵馬』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『あばれ絵馬』は、『稲を食う絵馬』や『飛び出す絵馬』などとも呼ばれ、田の稲や畑の豆などの作物を荒らす馬がいたので、村の百姓たちが、その馬の後をつけてみると、神社仏閣に掲げられた絵馬に描かれた馬が、絵馬から飛び出して暴れていたという、ちょっと不思議なお話です。
『あばれ絵馬』は、関東地方に属する群馬県利根郡に伝承されてきたお話とされますが、似たようなお話が日本各地に広く伝わります。
その中でも、山梨県身延町の鬼子母神堂、静岡県浜松市の龍禅寺、兵庫県丹波篠山市の春日神社、鳥取県倉吉市の長谷寺、福岡県古賀市の熊野神社に伝わる暴れ絵馬の伝説が特に有名です。
また、お話の中で、「東入の武尊神社に絵馬を奉納」とありますが、現時点では群馬県でこれに該当する神社を発見することはできませんでした。
しかし、同じ群馬県の前橋市日輪寺町の日輪寺には、「夜な夜な絵馬の馬が暴れ出た」という伝説があり、日輪寺の観音堂には暴れ絵馬の伝説を持つ絵馬が飾られています。
※尚、現時点では『あばれ絵馬』に関する絵本は存在しません。
あらすじ
むかしむかし、ある山国にお代官様が住んでおりました。
このお代官様の若君がひどく病弱で、ある時、重い病にかかってしまいました。
「若君の容態がかんばしくないようだ」
「いろいろなお医者様に診てもらっているようだが、良くならないそうだ」
「本当に心配だ」
などと言い、村の百姓たちも心から若君のことを心配していました。
ところが、若君の病状はいっこうに良くならず、それどころか、どんどんと悪くなっていきました。
そこで、若君を心配したお代官様や家来の者たちは、皆で相談して、東入の武尊神社をお詣りすることにしました。
武尊神社のご祭神である武尊様は、この地方では霊験あらたかな神様として有名でした。
武尊神社にお詣りしたことで、若君の病はめきめきと良くなり、すっかり元気になりました。
若君が元気になったお礼にと、お代官様は、日本一の絵師を呼び寄せ、絵馬に馬の絵を描かせ、それを武尊神社に奉納しました。
お代官様が、「若君と村の子どもたちがいつまでも健やかでいてほしい」という願いから描かせ、武尊神社に奉納した絵馬を見た村の百姓たちは、
「さすが日本一の絵師に描かせただけのことはある」
「見れば見るほど見事な出来栄えだ」
「まるで馬が生きているような絵だ」
「今にも馬が絵から抜け出してきそうな勢いだ」
などと言い、馬の絵が描かれた絵馬の素晴らしい出来栄えに驚きました。
しばらく経った、ある秋の夜のこと、村で大事件が起こりました。
「大変じゃあ!ワシの家の田んぼが、何者かに荒らされている!」
と一人の百姓が言うので、皆でその田んぼを見に行くことにしました。
すると、田んぼが荒らされていたのは、その百姓のところだけではありませんでした。
あっちの田んぼも、こっちの田んぼも、稲は食い荒らされ、踏み倒されていました。
田んぼには、馬の足跡が点々と残されてしまいました。
「昨日の夕方までは、何事もなかったので、昨夜に、どこかの馬が、田んぼを荒らしたに違いない」
そこで、村の百姓たちは、今夜は一晩中、田んぼの見張りをすることにしました。
やがて、田んぼに日が落ちると、遠くから馬の駆けてくる音が聞こえてきました。
百姓たちの前に、馬が姿を現したのでした。
どこからともなく現れた馬は、とても立派な馬でした。そんな立派な馬が、稲を食い荒らしながら、田んぼを駆け回っていました。
「そら!馬を追いかけろ!」
村の百姓たちに気がついた馬は、慌ててその場から駆け去りました。
百姓たちも必死になって、馬の後を追いかけました。
やがて、馬は武尊神社の方へ向かって走っていきました。
「馬が武尊神社の境内に逃げ込んだぞ!追いかけろ!」
ところが、百姓たちは、馬の姿を見失ってしまいました。
「馬はどこへ行ったんだ?武尊神社に逃げ込んだところを見たのだが?」
百姓たちが境内で馬を探しまわっていると、馬が武尊神社の絵馬の中にスッと入っていくのが見えました。
あまりにも見事に馬が絵馬に描かれたことで、馬に命魂が宿り、絵馬から抜け出すという、不思議な事が起きたのでした。
信じられない光景を目の当たりにした百姓たちは、お代官様にお願いをして、絵馬の中に杭と手綱を書き足してもらい、馬を杭に縛りつけた絵にしてもらいました。
それからというもの、馬が絵馬から抜け出して暴れることはなくなったそうです。
村には再び平和が戻りました。
村の百姓たちは、せっせと秋の収穫に精を出しました。
そして、村の人たちは、いつまでも武尊神社の絵馬を大切にしたそうです。
解説
神仏へ何かの願いを込めて、あるいは願いがかなったお礼として、社寺に奉納する木の板のことを「絵馬」といいます。
多くは絵馬の表には、馬の絵や神様・仏様の絵などが描かれ、裏面には絵が描かれておらず、ここに神様や仏様へのお願い、あるいは願いが叶ったお礼を書きます。
絵馬は、おみくじを結ぶのとは違い、神様や仏様へのお願い、あるいは願いが叶ったお礼を伝えるものであるため、「奉納する」ものであるところが大きな特徴です。
絵馬の起源としては、古代、日本では、馬のことを神馬と呼び、神様が下界に降りてくる際、神馬に乗って人間世界にやってくると考えられていました。
また、馬は「神が喜ぶ乗り物」とも考えられていたため、神様に祈願する際には、生きた馬を神社に奉納していました。
古い文献にも、「雨乞いのために神様に馬を奉納した」との記述があります。
ところが、次第に神様に生きた馬を奉納できない人が出てきたため、奈良時代になると、馬の代わりに土や木で作られた「馬形」が奉納されるようになりました。
奈良時代後期にはさらに簡略化され、馬を木の板に描いた「絵馬」が納められるようになりました。
平安時代になると、神仏習合思想が起こり、寺院にも絵馬が奉納されるようになりました。
室町時代以降は、馬の絵が描かれていない木の板も絵馬と呼ぶようになりました。
室町時代には、大絵馬が作られたり、絵も馬だけでなく狐や菩薩などが描かれたりするようになり、安土桃山時代には、有名な絵師によって描かれた絵馬を鑑賞できる絵馬堂が成立しました。
そして、現代のような絵馬にお願い、あるいは願いが叶ったお礼を伝えるため、寺社に絵馬を奉納するのが庶民の間に広まったのは、江戸時代の頃からとされています。
『1日1分見るだけで願いが叶う! ふくふく開運絵馬』は、ダイヤモンド社から出版されています。古来、絵馬は、「神様へのハガキ」の役目を担ってきました。本書には、完全描き下ろしが55絵馬、各有名神社奉納16絵馬の全71絵馬が収録されています。絵が穏やかなので心が和み、自然と絵馬への興味が湧きます。感謝の気持ちを忘れず、精進しながら、「願い事が叶うと良いなぁ~」と思いながら、毎日眺めてしまう一冊です。感想
日本では、自然や物に魂が宿るとする信仰が古くから根付いており、すべてのものには霊的な存在が宿ると考えられてきました。
それは、すべてのものに対する敬意や感謝の念が根底にあるからです。
そして、存在するすべてのものを大切にしてきた日本人ならではの感覚でもありす。
すべてのものに魂が宿とする信仰は、古くから日本の文化や信仰に深く根ざし、さまざまな歴史的書物に記述されています。
現代においても、すべてのものに対する敬意や感謝の念を通じて、その信仰は脈々と続いています。
その日本人ならではの感覚から生まれたお話が『あばれ絵馬』です。
まんが日本昔ばなし
『あばれ絵馬』
放送日: 昭和52年(1977年)07月02日
放送回: 第0148話(0091 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 『上州の民話 第1集 ([新版]日本の民話 20)』 小野忠孝 (未來社)
演出: 三輪孝輝
文芸: 沖島勲
美術: 三輪孝輝
作画: 三輪孝輝
典型: 霊験譚・由来譚
地域: 関東地方(群馬県)
最後に
今回は、『あばれ絵馬』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
描いた絵や彫った彫刻に魂が宿り、夜な夜な動き出すというお話は、日本には数多く残っています。そうしたものは、人々の心をつかみ、現存するものは今も名作になっています。それは、『あばれ絵馬』にもありますが、名人が感謝や愛の気持ちを込めて作品を創り上げたからでしょう。ぜひ触れてみてください!