『小判の虫ぼし』は、東北地方に伝わる、とてもユニークで味わいのあるお話です。無欲な若者のおかげで、外敵に襲われることなく、ネズミたちは無事に小判を虫干しすることができました。若者はネズミたちから感謝され、お礼に小判をいただきます。
今回は、『小判の虫ぼし』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
「大黒天」は、「大黒様」とも呼ばれ、七福神の一人として日本では広く親しまれています。
その大黒天に仕える神使はネズミとされています。
大黒天を崇めると、五穀豊穣や商売繁盛など、お金にまつわるご利益があるとされています。
それは、大黒天が左肩に背負う袋は財宝、右手に持つ打ち出の小槌は湧き出る富、足で押さえた米俵は豊作を意味しているからです。
そして、大黒天がお金にまつわるご利益があるとされる神とされることから、米を食べるネズミを管理しているといわれています。
ネズミが大黒天の神使という背景から生まれたお話が『小判の虫ぼし』です。
あらすじ
むかしむかし、あるところに、太郎という少し変わり者の男の子がいました。
太郎はいい年頃だというのに、お父さんやお母さんの手伝いもせず、朝から晩までずっとぼんやり雲を眺めていたり、ただただブラブラと歩いていたりするだけでした。
よく晴れたある日、いつものように太郎が家でゴロゴロしていると、それを見かねたお母さんが、
「太郎、山へ行って芝刈りをしておいで」
と言いました。
この日の太郎は珍しく、お母さんの言いつけに素直に従い、山へと出かけていきました。
山の上からは海がよく見え、海面は太陽光が反射してキラキラと輝き、とても美しい景色を作り上げていました。
「景色がきれいなので、ここにしよう」
太郎は、芝刈りのことなどすっかり忘れて、草の上に横になり海を眺めていました。
そのうち、心地よい風に吹かれ、太郎はウトウトとうたた寝を始めていました。
すると、どこからか、
チャリーン
チャリーン
という妙な音が聞こえてきました。
目を覚ました太郎が、辺りを見回すと、ネズミたちが小判を背負いながら、穴からゾロゾロと出てきたのでした。
その様子を、太郎がじっと見ていると、ネズミたちは持ってきた小判を野原に並べ始めました。
そして、小判をすべて野原に並べ終えると、ネズミたちはもと来た道を戻っていきました。
野原一面に敷き詰められた小判は、水面に反射した光によって、キラキラと美しく輝いていました。
「きれいだなぁ~」
太郎は、光に当たって青や金など様々な色に変化する小判に目を奪われ、野原一面に敷き詰められた小判を、ただただじっと眺めていました。
やがて日が暮れると、ネズミたちがまたやってきました。
ネズミたちは、野原一面に敷き詰められた小判を背負うと、また穴の中へ戻っていきました。
「面白かったなぁ~」
ネズミたちの小判の虫ぼしが終わったので、太郎も家に帰ることにしました。
その夜、太郎が家にいると、
トントントン
トントントン
何者かが家の戸を叩く音がしました。
お父さんとお母さんが戸を開けてみると、そこにはネズミが立っていました。
ネズミは小さく頭を下げると、
「太郎のおかげで猫にも襲われず、無事に小判の虫干しができました。ありがとうございます。これはそのお礼です」
と言うと、お盆いっぱいに乗った小判を置いていきました。
こうして太郎は、ネズミたちからお礼の小判をもらいましたが、その後も特に変わった様子もなく、相変わらず毎日ブラブラして暮らしたそうです。
解説
十二支の最初は「子」で、動物は「鼠」が当てられています。
日本では人間と鼠の関係は古く、『古事記』には、
大国主命が野火に囲まれ困っている時、ネズミが洞穴に導いて命を救った。
大国主命が野火に囲まれ困っている時、ネズミが洞穴に導いて命を救った。
という記述があり、鼠が特別な動物として登場します。そして、この『古事記』の記述に依って、大国主命の神使は鼠とされました。
また、『続日本紀』には、
白鼠が吉祥として朝廷に献上された。
という記述があります。
一方、庶民には『鼠浄土』のように、
地下にある鼠の楽園を訪ねた者が財宝を得る。
という説話が伝わります。
そして時代が下り、インドでは闇黒神として祀られてい「大黒天」が、「大国主命」と習合して福神として七福神の一人になり、「大黒様」と呼ばれ日本人から親しまれ、江戸時代の後期には「七福神信仰」が大流行するきっかけとなります。ちなみに、大国主命と同様に、大黒天の神使も鼠とされます。
このように、日本人にとって鼠は害獣ではなく、地下の世界にすみ、特別な霊力を持ち、福徳、五穀の実り、財物などを人々に与える動物と信じられてきました。
こうした背景の中で生まれた物語が『小判の虫ぼし』です。
感想
現代の日本では、ネズミは一般的にあまり好まれる存在ではありません。
病原菌をまき散らし、感染症の原因を作り出すやっかいな存在として、ネズミは駆除すべき存在として扱われています。
古来、日本では、ネズミは大国主命と大黒天の神使とされ、福徳、五穀の実り、財物などを人々に与える動物と信じられてきました。
しかし、わらべ歌の『ずいずいずっころばし』には、「俵のねずみが米食ってちゅう、ちゅうちゅうちゅう」という歌詞があります。
また、奈良県奈良市の東大寺大仏殿の北北西に位置し、宝物など重要な物品の倉庫である正倉院には、ネズミが建物内に侵入し大切な工芸品や穀物などの食糧を荒らさないようにするため「ねずみ返し」が設けられています。
このように、昔の日本人もネズミの害に悩まされてきたことは確かです。
つまり、ネズミが愛されるか嫌われるかというのは、あくまでもネズミに対する人間の価値観が色濃く反映されいるということです。
「どのようにネズミと付き合うか」ということを考えることは、現代の日本人には無意味なことのように感じますが、ネズミに限らず全ての物事のポジティブとネガティブの事象において、見つめ、気づき、捉え、整理し、吟味する。そして、問い直すというプロセスを取り入れることで、人間としての生き方についての考えを深めていくことにつながります。
『小判の虫ぼし』は、ネズミに対する人間の価値観の表と裏を例にとり、一方からでしか物事を見るのではなく、広い視野で物事を多面的・多角的に捉えることで、思考力や発想力が高まると諭しているのかもしれません。
まんが日本昔ばなし
『小判の虫ぼし』
放送日: 昭和52年(1977年)06月18日
放送回: 第0144話(0089 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 『松谷みよ子のむかしむかし 三 (日本のむかし話 3)』 松谷みよ子 講談社
演出: 藤本四郎
文芸: 沖島勲
美術: 田中静恵
作画: 高橋信也
典型: 致富譚・鼠譚
地域: 東北地方
最後に
今回は、『小判の虫ぼし』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
古来、日本でネズミは、地底に楽園を持ち、幸福を運んでくる神様の使者と信じられてきました。そうした背景の中で生まれたお話が『小判の虫ぼし』です。ぜひ触れてみてください!