『山伏石』は、通りかかる人を石に変えてしまい、滝にひそむ主と恐れられている妖怪と、その妖怪を退治しようと挑む、若き山伏との壮絶な戦いを描いた物語です。
今回は、『山伏石』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
世界遺産の街として知られる東北地方の岩手県南西部にある平泉町。平泉にある中尊寺から西へ半里(約2km)ほど移動したところに戸河内川という川が流れます。その戸河内川の流域を舞台としたお話が『山伏石』です。
戸河内川には、「男滝(琴滝)」と「女滝(琵琶ノ滝)」と呼ばれる二つの滝があります。
この二つの滝は、それぞれに妖怪がひそむと伝わり、通りかかる人を石に変えてしまうなど、多くの伝説が残ります。
その中でも特に有名なお話が、「男滝(琴滝)」と「女滝(琵琶ノ滝)」に別々に暮らしていた妖怪夫婦と若き山伏との壮絶な戦いを描いた『山伏石』です。
あらすじ
むかしむかし、平泉の中尊寺から西へ半里ほど行ったところに、戸河内川という川が流れていました。
ある日、一人の若い山伏が、戸河内川に沿って歩いていると、一人の美しい女に声をかけられました。
「あの、先ほど川で足を洗っていましたら、草履を流してしまいました。申し訳ありませんが、私を一つ上にある淵の琴滝まで運んでいただけませんか」
と女は山伏に言いました。
ところが、山伏はまだ修行中の身なので、
「わしは仏に仕える身なので、女人に触れることは...」
と言い、頭を下げて丁寧にお断りしました。
すると女は、
「お坊さまは、困っている者を助けるのが役目ではないのか」
と言って山伏に必死に食い下がりました。
そう言われればその通りなので、山伏は考えを改め、
「では、どうぞ」
と言って、女を背負って歩き始めました。
ところが、女を背負って歩き始めると、どういう訳か山伏の前に幻覚の世界が現れ、いろんなものが見えてきました。
「これはまだ自分が未熟であるため、女人に近づいたことで法力が衰えたせいだ」
と思った山伏は、
「のうまく さんまんだ」
と呪文を唱えながら歩くことにしました。
こうして、山伏は、やっとの思いで一つ上の琴滝にたどり着きました。
「ゼーハー、ゼーハー」
とヘトヘトで完全に息があがってしまった山伏を見て、
「お坊さまは、見かけによらずお力が弱いんですね」
と言うと、女は山伏の背からおりました。
「さて、行くとするか」
と言って立ち上がった瞬間、
「あっ!」
と山伏は大きな声を上げてしまいました。
それは、山伏の持っていた杖が女の袖に引っかかり、袖がまくれ、その袖の中の腕を見て、驚いてしまったからでした。
「うろこ!?」
と山伏がつぶやくと、女の表情がみるみる豹変していきました。
「見たね。ご覧の通り、あたしは水に住む者さ。琵琶ノ滝から、夫が住むこの琴滝に来るのだが、途中、邪魔物があって川の中を通ることができなくて。そこで、お前さんのような通行人を見つけては、運んでもらっているんだ。秘密を知ったからには、ただではおかないよ」
と言って、女は視線を向こうにやりました。
女の視線の先を山伏が見ると、そこには人の形をした石がたくさん並んでいました。
「まさか石に!?」
と言った山伏に、
「これが秘密を喋った者たちの最期の姿だよ。決して、あたしのことは誰にも喋ってはいけないよ」
と女は言いました。
石は、女の秘密を喋ってしまったため、妖怪の魔力によって石にされてしまった人たちでした。
「ほーう、ほーう」
と女が淵に住む夫の妖怪に呼びかけました。
すると、
「ほーう」
と夫の妖怪も応じました。
女は、怪しい笑みを浮かべながら山伏を見ると、怪魚に姿を変えて、淵に飛び込みました。
のうまく さんまんだ
山伏は、淵に向かって呪文を唱え続けました。
こうして、淵に住む恐ろしい妖怪に出会った山伏は、この日、一夜の宿を求めて近くの村に立ち寄りました。
その夜、ある家に泊まることになった山伏は、その家の主人に、
「今、わしは二つの滝のことを考えている」
と語りかけました。
山伏が考えていることを察した主人は、辺りを見渡しながら、一本立てた人差し指を唇に当て、
「しーっ」
と言いました。
「ご主人、やはり知っておるのか。明日の朝、村の衆を琴滝に集めて欲しい」
と山伏は家の主人に伝えました。
次の日、琴滝に集まった村人に対して、
「村の衆、この淵には妖怪が棲んでいる。わしは今から、その妖怪を退治する。皆もわしと一緒になって、仏を念じて欲しい」
と言うと、山伏は淵に向かって呪文を唱え始めました。
のうまく さんまんだ
村人も山伏と一緒になって呪文を唱えました。
のうまく さんまんだ
ばざらだん せんだ
まかろしゃだ
そわたや うんたらた
かんまん
山伏の唱える呪文が、だんだんと激しさを増していくと、淵の水が渦を巻き始め、水柱が立ち、そこから不気味な赤い目をした妖怪が姿を現しました。
妖怪は稲妻を呼び起こしました。
山伏も負けじと呪文を唱え続けました。
山伏と妖怪の戦いは、凄まじいものとなりました。
「のーまく さんまんだー!えーいっ!」
と山伏が術をかけると、水柱が裂けて、
「ギャーーーッ!」
と妖怪が悲鳴をあげました。
そして、妖怪は琴滝の淵に落ちていきました。
こうして、琴滝の妖怪は退治されて石になりました。
ところが、山伏の下半身も、妖怪の魔力によって、石になってしまったのでした。
それでもなお、山伏は呪文を唱え続けました。
のうまく さんまんだ
山伏が淵を覗き込むと、二つあるべき夫婦岩が、一つしかないことに気がつきました。
これでは、もう一方の妖怪から、村人が復讐されてしまいます。
「しまった!」
と叫んだ山伏は、
「早く、わしを琵琶ノ滝まで運んでくれ」
と村人に言いました。
下半身が石となり動けなくなった山伏は、村人たちに担がれ、ようやく琵琶ノ滝までやって来ました。
やはり女の妖怪は、昨夜の内に琵琶ノ滝に帰ってきていたのでした。
夫の異変に気づいていた女の妖怪は、既に荒れ狂った状態で、天に向かって、激しく水柱が立ち上がりました。
山伏は、琵琶ノ滝の淵に向かって、呪文を唱えました。
「のーまく さんまんだー!えーいっ!」
と山伏が術をかけると、
「ギャーーーッ!」
と女の妖怪は悲鳴をあげ、それと同時に水柱が裂け、女の妖怪は水柱とともに、琵琶ノ滝の淵に落ちました。
やがて、淵から水面に浮かび上がきた女の妖怪は、そのまま石になりました。
山伏は、村人と力を合わせ、妖怪に打ち勝つことができました。
しかし、法力を使い果たした山伏は、女の妖怪が最後に放った魔力によって、石になってしまいました。
ようやく静けさを取り戻した淵には、今でも淵の底に、妖怪の石が二つ見られるといいます。
解説
「石化伝説」と呼ばれる“人が石になる”お話は、日本各地に広く分布しています。
それは、日本の神々は、特に神道では「八百万の神」と表現されるように、古来、石や樹木、水などのあらゆる自然物には神が宿り、人間と同じく霊魂が入っていると考えられてきた背景と深く関係しています。
その中でも石化の伝説は、大洪水などの自然災害が起きたことを、後世に伝える場合が多いとされます。
それは、人間が自然をコントロールし切れず、不安定な生活を送る中でも、石は安定した力を与える存在と信じられていたからです。
つまり、『山伏石』は、山伏が石になったというよりも、今でも魂が石の中にあり、山伏は永遠に生き続け、深い縁や絆はけっして途切れることはなく、これから先も永久 に見守ってくださるということです。
感想
インド独立の象徴であるマハトマ・ガンディーは、「死は肉体からの解放であり、そこに宿っていた魂がなくなることはない」と説いています。
さて、『山伏石』は、「生きるということ」と「死ぬということ」を考えさせられるお話です。
妖怪との勝負に勝ったものの、山伏は石となってしまいました。
つまり、山伏は死を迎えたことで、ガンディーが言うところの「魂が肉体から解放された」ということです。
しかし、そのことで残された村人たちは、妖怪がいなくなり、残りの命を生きることができるようになりました。
そして、多くの村人たちの心には、山伏のことが刻まれました。
これこそが、ガンディーが言うところの「魂がなくなることはない」ということです。
村人たちの心の中で、山伏は永遠に生き続けるのです。
時を超え、村人たちによって民話に込められた記憶を受け継ぐ私たちは、その想いを受け取り、ただただ山伏のために祈り続けるだけです。
それと同時に、山伏の魂が永遠となるよう、次の世代に伝承していくことが役目です。
まんが日本昔ばなし
『山伏石』
放送日: 昭和52年(1977年)02月12日
放送回: 第0117話(0071 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 亜細亜堂
文芸: 沖島勲
美術: 亜細亜堂
作画: 亜細亜堂
典型: 幽霊妖怪譚
地域: 東北地方(岩手県)
『山伏石』は「DVD-BOX第6集 第27巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『山伏石』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
人間は、亡くなったとしても魂は永遠であり、肉体が滅びても魂は永遠に生き続けます。魂のゆくえを説いたお話が『山伏石』です。脈々と受け継がれてきた山伏の魂に、ぜひ触れてみてください!