天狗は山の神として、古来、日本では信仰の対象となってきました。奥深い山に住み、厳しい修行を重ねる修験者のように描かれることが多い天狗ですが、『天狗の羽うちわ』に登場する天狗は、ちょっと間が抜けていて、ずる賢い人間に簡単に騙されてしまうという、ちょっぴり可愛い天狗です。
今回は、『天狗の羽うちわ』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『天狗の羽うちわ』あるような、天狗の“羽うちわ”を使って鼻が長く伸びる民話は、東北地方に位置する秋田県や福島県など日本各地に類話が存在します。
いい気になって、自慢したり、得意になったり、うぬぼれたりすることを、「天狗になる」とか「鼻が高い」とか表現することがあります。
『天狗の羽うちわ』は、主人公が天狗の“羽うちわ”を使って鼻が伸び、まさに天狗のようになります。
人としての道を踏み外さないための戒めが題材となっているお話です。
あらすじ
むかしむかし、あるところに、頓智の利くというかずる賢いというか、そんな男がおりました。
ある日、男は天狗が舞い降りると噂される、村にある大きな樫の木へ出かけました。
大きな樫の木の根っこで、男はサイコロをころがしては、
「うわっ、江戸が見える、京が見える、大阪が見える」
とおもしろそうに大声で言いました。
それを聞いた天狗が、
「わしにもサイコロを貸してくれ」
と男に言いました。
しかし、男はサイコロに一生懸命です。その様子を見ていた天狗は、サイコロが欲しくてたまりません。
そこで天狗は、
「なぁ、お前のサイコロとわしの“うちわ”を交換しないか」
と男に言いました。
さらに、
「このうちわであおぐと、鼻が高くなったり低くなったり出来るぞ」
と天狗は、男の鼻をあおぎながら言いました。
「鼻よ、高くなれ、高くなれ」
と天狗が言うと、男の鼻はグングン伸びて、向こうの山に突き刺さりそうになりました。
「うわっ、早く元に戻してくれ」
と男が言うと、天狗は、
「わしのうちわとサイコロを交換するか」
と言うので、男は、
「仕方がない。交換するから、早く鼻を元に戻してくれ」
と言いました。
こうして男は天狗のうちわを手に入れると、逃げるように急いで村へ帰っていきました。
サイコロを手に入れた天狗は、
「まずは、京の都を見物しようかな」
と嬉しそうに言いました。
天狗はサイコロをころがしましたが、何も見えません。
「おや、変だな、もう一度」
と言いながら、天狗は何度もサイコロをころがしましたが、いくらやっても何も見えませんでした。天狗はようやく、男に騙されたことに気がつきました。
さて、男は家に着くとあたりを締め切って、試しに、
「鼻よ、高くなれ」
と言って、天狗のうちわで自分の鼻を仰いでみると、たしかに鼻は、みるみる高くなりました。逆もまた然り。
そして、男はいいことを思いつきました。
夜になると男は町へ出かけて、長者の家に忍び込みました。そして、寝ている長者の一人娘の鼻を、天狗のうちわであおぎ、鼻を高くしてしまいました。
夜が明けると、長者の娘は自分の鼻を見て泣き叫びました。鼻が伸びていて、とても人前には出ることができません。長者の家では大騒ぎとなっていました。
男は頃合いを見計らって、長者の家の前で、
「鼻直し、鼻直し」
と大声をあげて歩きました。
長者の家では、すぐに男を呼び止め、
「お礼は何でも言うことを聞くから、とにかく娘の鼻を直してくれ」
と頼みました。
男は、長者の娘の前で天狗のうちわを取り出し、
「鼻よ、低くなれ、低くなれ」
と唱えながらうちわで娘の鼻をあおぎました。すると娘の鼻はたちまち元に戻りました。
これにより、男は長者の娘の婿となりました。
ある日、男は、
「暑いからあおげ」
と嫁に言って寝てしまいました。
ところが、嫁が間違って天狗の羽うちわであおいでしまったので、男の鼻がどんどん伸びていきました。嫁はおもしろくて、あおぎ続けました。そして、のびた鼻はとうとう天にまで届いてしまいました。
天では、天の川に架かる橋の工事をしていました。そこに鼻がきたので、柱だと思い鼻に釘を打ってしまいました。
痛みで飛び起きた男は、嫁にうちわを裏返しにしてあおがせますが、鼻は釘で橋に固定されてしまったので、鼻が縮むと男の方が空へと向かい上っていき、やがて男は空に消えてしまいました。
解説
『天狗の羽うちわ』の“羽うちわ”は、漢字では「羽団扇」または「葉団扇」と表記されます。
羽うちわはヤツデという名の植物で、葉が大型で大きく掌状に裂けた独特の形をしていたり、天狗が持ついといわれていたりすることから、別名「テングノハウチワ」とも呼ばれています。
ヤツデ=八つ手と漢字表記されることから、葉が八つに裂けていると思われがちですが、実際は七か九と奇数に裂けたものがほとんどです。
ちなみに、鞍馬天狗で有名な京都府京都市左京区の鞍馬寺の天狗が持つ羽うちわは、十一に裂けています。関東地方で天狗が有名な東京都八王子市の高尾山薬王院の天狗が持つ羽うちわは、十一と十五に裂けています。
羽うちわは、天狗の中でも、大天狗または力の強い天狗が持つとされています。それは、羽うちわ自体が強力な神通力を有するからだといわれています。
羽うちわ一本で、飛行、縮地、分身、変身、風雨、火炎、人心、折伏など、何でも自由自在だといわれます。その中でも特に恐れられたものが、天狗によって起こる火事です。
天狗の羽うちわは、火を煽り、火勢を強め、火を自在に操るために使われるものと信じられてきました。そのため、天狗を祀る寺社では天狗が火事を起こさないよう、火伏の神として祀られていることがあります。
感想
孔子の論語に「君子は泰かにして驕らず。小人は驕りて泰かならず」とあります。
これは、「人間の出来ている人は、泰然として高慢ではない。人間の出来ていない人は、威張り散らして落ち着きがない」という意味です。
孔子は、自分の行いに誇りと自信があれば、態度は自然と落ち着いたものになり、自分が目指そうとするものが、さらに高いところにあれば、決して驕ることなく謙虚な人間になれると説いています。
傲慢な人を「天狗になる」と言うように、『天狗の羽うちわ』の主人公はずる賢く傲慢な男で、天狗の羽うちわによって鼻が長く伸び、まさに天狗となり、最後はその驕り高ぶりが戒められる結果となりました。
つまり、自分自身を高めようとするのならば、日々の判断や行為が果たして、人間として正しいものであるかとか、驕り高ぶることがないかとか、常に謙虚に厳しく反省し、自らを戒めていかなければならないということを、『天狗の羽うちわ』は教えているのでしょう。
まんが日本昔ばなし
『天狗の羽うちわ』
放送日: 昭和51年(1976年)06月05日
放送回: 第0060話(第0035回放送 Bパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 小華和ためお
文芸: 沖島勲
美術: 竹森佳史
作画: 福田皖
典型: 因果応報譚・天狗譚
地域: 東北地方(福島県)
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『天狗の羽うちわ』は「DVD-BOX第4集 第19巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『天狗の羽うちわ』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
先人たちは、色々な形で生きていく上での教えを語ってきました。『天狗の羽うちわ』も驕り高ぶることを戒め、因果が巡ることを伝えてきたお話です。ぜひ触れてみてください!