雨を呼ぶ淵と呼ばれる石川県能美市の「蟹淵」は、大きな蟹の主がすむと伝わることから、大蟹伝説が残る神秘の淵です。『蟹の湯治』は、大蟹と村人たちを描いた、とても神秘的なお話です。
今回は、『蟹の湯治』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『蟹の湯治』は、『蟹淵の化け蟹』や『蟹淵の武士』とも呼ばれ、中部地方に属する石川県の南部の加賀地方に位置する能美市鍋谷町を流れる鍋谷川が舞台のお話です。
鍋谷川の上流には、青緑色の水面が神秘的な池があり、動植物の宝庫として知られ、素晴らしい自然を感じることができる、「蟹淵」と呼ばれる場所があります。
そんな蟹淵は、『蟹の湯治』にもあるように、古くから雨乞いの場とされ、主である大きな蟹がすむという大蟹伝説が伝わります。
あらすじ
むかしむかし、加賀国の鍋谷川の下流には、鍋谷七ヶ村と和気三ヶ村という村がありました。そして、鍋谷川の上流には大きな淵があり、そこには淵の主がすんでいると噂されていました。
ある年の夏のことです。和気三ヶ村は、干ばつによる被害が深刻化し、田畑はひび割れ、土はカラカラに乾いていました。
困った村人たちは相談をして、
「鍋谷川の上流の淵にすむ主に、雨乞いのお願いをしようではないか」
となりました。
そして、一人の若者とそのお爺さんが、鍋谷川の上流の淵にすむ主の元へと向かいました。
やっとの思いで淵に辿り着くと、古くからの習わしに従い、枯れ枝を集めて燃やし大きな焚き火をつくり、一斗樽の酒を淵の中へ投げ入れました。
数日が経ちましたが、いっこうに雨は降りませんでした。
堪りかねた和気三ヶ村の村長は、本来は淵をせき止めている水門を勝手に開くことは固く禁じらていましたが、水門を開けるよう指示しました。
村人たちは、
「掟を破ってでも水門を開けることは仕方がない」
と思い、若者とお爺さんを再び鍋谷川の上流の淵へと向かわせました。
淵に着き、若者が鍬を使って水門を開けると、淵の水は勢いよく鍋谷川へと流れていきました。
その時、淵の主である大蟹が姿を現し、お爺さんに襲いかかりました。
若者はお爺さんを助けようと、大蟹に向かって持っていた鍬を力一杯振り回すと、鍬は脚に当たり、ケガをした大蟹は身動きが取れなくなりました。
その隙に、大蟹の祟りを恐れた若者は、急いで水門を閉め、お爺さんと二人で逃げるように淵を後にしましたが、淵からは、
「おのれ、和気の者たち!鍋谷川の上流部に鍋谷七ヶ村がなければ、お前たちの住む和気三ヶ村を押し流してやるのに」
という、大蟹の恨みのこもった恐ろしい叫び声が聞こえてきました。
若者とお爺さんは、なんとか助かりました。
夏が終わり、実りの秋を迎えた和気三ヶ村では、水の恵みに感謝し、豊作を祝う祭りが行われました。
そんなある秋の日、若者とお爺さんは、疲れをとるため、近くの温泉へ湯治に出かけました。
若者が湯につかっていると、足をケガした一人のお侍さんが入ってきました。
「お前さんはどこからきたんだね」
とお侍さんが若者に尋ねました。
「私は和気の者です」
と若者が答えると、お侍さんの表情が急に険しくなり、
「なに、和気のもんじゃと!ワシはこの夏、鍬で足を打たれ、それがいまだに治らん。その傷を癒すため湯治にきているんじゃ」
と言うと、スーッとどこかへ消えてしまいました。
若者は、
「もしかして、大蟹がお侍さんに化けて、湯治にきていたのではないか」
と思いましたが、
「まさかそんなことはあるまい」
と思い直しました。
翌日、若者とお爺さんが村へ帰ろうとすると、昨日のお侍さんが現れて、
「一緒に帰ろうではないか」
と言って、後からついてきました。
お侍さんは足をひきずりながら、左から右へ、右から左へを繰り返し、まるで蟹の横這いように歩いていました。
若者とお爺さんは、なんだか気味が悪くなってきました。
しばらく歩くと、若者とお爺さんは、鍋谷七ヶ村の炭売りに後ろから声をかけられました。
若者とお爺さんが振り返ると、不思議なことに、そこにお侍さんの姿はありませんでした。
若者は、妙なお侍さんのことを炭売りに話すと、
「そのお侍さんなら、古くから鍋谷川の上流に住んでいるそうじゃ。蟹みたいな歩き方で、足を引きずりながら沢を上がっていったよ」
と炭売りに言われました。
それを聞いた若者は、
「ウワァー」
と叫び、
「やっぱりあのお侍さんは、鍋谷川の上流の淵にすむ主の大蟹だったのか。あの時のケガが治らないから、湯治にきていたんだ」
と言いました。
恐ろしくなった若者は、村人たちと相談をして、皆で鍋谷川の上流の淵へ行き、大蟹の怒りを鎮めるため、一斗樽の酒を二つ淵の中へ投げ入れ捧げました。
また、雨乞いを行う際には、あの時の事を何度も何度もお詫びをしてから、たくさんのお供え物をして、鍬などの武器になるものは持っていかないようになりました。
解説
石川県南部の加賀地方に位置する能美市鍋谷町を流れる鍋谷川が、『蟹の湯治』の舞台です。
鍋谷川の上流の山奥には、能美市の史跡名勝天然記念物として指定されている「蟹淵」と呼ばれる神秘的な池があります。
能美市の鍋谷地区に位置し、標高268m、淵の周囲は約200mある蟹淵は、山に囲まれ青緑色の水をたたえた神秘の淵で、動植物の宝庫として知られるとともに、千年もすみ続けるという大蟹の「大蟹伝説(化け蟹伝説)」が伝承されてきた地でもあります。
山々に囲まれ木々が鬱蒼と生い茂る蟹淵は、青緑色の水が特徴的で、神秘の池と呼ぶに相応しく、季節によって様々な表情を見せて楽しませてくれます。
5~6月頃の降雨期には、日本固有のカエルで、能美市の天然記念物として指定されているモリアオガエルの白い泡状の卵塊が淵の周囲の木々を飾り、まるで白い花が咲いたような光景となります。
通常は1000m以上の高地に生息するルリイトトンボは、能美市の天然記念物で絶滅危惧種にも指定される希少なトンボです。体長3cmたらずのルリイトトンボは、「空飛ぶ宝石」と形容され、最盛期の8月になると、美しい全身瑠璃色の小さな姿が乱舞し、淵の水面に映えて見られます。
その他にも、水面には、未の刻(午後2時ごろ)に花開くといわれるヒツジグサやカンガレイなどの希少植物が息づいています。
このように木々に縁取られた蟹淵の水辺は、四季の移ろいと共に様々な表情を見せてくれます。
感想
温泉地は、現在では観光地にもなっていますが、元々は「湯治」をする場所でした。
まだまだ解明されていない部分が多いですが、温泉には様々な慢性の病気や心身の疲労を回復するとされる不思議な働きがあるといわれます。
そこで、温泉に入ることを通じて病気の治療や健康の回復を図るようになりました。
それが湯治です。
湯治の歴史は、『古事記』や『日本書紀』のほか、各地の地誌をまとめた『風土記』、日本最古の歌集である『万葉集』など、歴史的文献に温泉に関する記述があるほど古く、中世から近世を経て、さまざまな形で温泉文化を開花させていきました。
さて、歴史ある温泉は、神様のお告げで発見したとされる温泉もあれば、高僧などの歴史上の人物が見つけたとされる温泉に加えて、動物のおかげで見つかったと伝わる温泉も少なくありません。
そして、『蟹の湯治』のように、ケガを治しに動物が訪れたという伝説が残っている温泉も数多くあります。
これは想像するに、動物は人間よりも生き延びようとする本能が強く働くため、温泉の不思議な力に引き寄せられるのではないでしょう。
そんな神秘的で、謎めいた存在だからこそ、温泉には、人間のみならず動物をも惹きつける魅力があるのでしょう。
ちなみに、『蟹の湯治』の舞台である石川県能美市のほぼ中央に位置する湯谷町は、町名からも分かるように、温泉が由来の街といわれています。湯谷町の温泉の歴史は古く、湧出は養老年間(717~724年)といわれます。
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『蟹の湯治』
放送日: 昭和52年(1977年)06月11日
放送回: 第0143話(0088 Aパート)
語り: 不明
出典: 不明
演出: 小林治
文芸: 沖島勲
美術: 山守啓陽
作画: 小林治
典型: 怪異譚
地域: 中部地方(石川県)
最後に
今回は、『蟹の湯治』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
温泉の効果や科学的なメカニズムは、まだまだ解明されていないことが多いですが、それでも温泉にはしっかりとした効果があります。そして、その効果を一度体験してしまうと、温泉の良さを身体がしっかりと覚えるので、「疲れたなぁ~」と思ったときは、『蟹の湯治』の大蟹のように、湯治で心身ともにゆっくりと休むことが大切と伝えているのかもしれませんね。ぜひ触れてみてください!