『大沼池の黒竜』は、「黒姫伝説」として知られている、黒龍と黒姫の神秘的でいて、とても舞台である長野県に密着した、長野県民に愛されてきた民話です。
今回は、『大沼池の黒竜』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『大沼池の黒竜』は、中部地方に位置する長野県北信地方に伝わる民話である「黒姫伝説」がもとになっています。
長野県北部の上水内郡信濃町にある黒姫山。その名前の由来となった黒姫に関する伝説の物語です。
また、大沼池のほとりには、「黒姫伝説」に登場する黒龍を祀る大蛇神社が鎮座しています。
あらすじ
むかしむかし、信濃国の北部の中野鴨ヶ嶽に小館城という城があり、城主の高梨摂津守政盛には黒姫というとても美しい姫君がおりました。
ある春の日のこと、政盛は黒姫と共に家臣を連れて花見に出かけました。政盛が黒姫の酌で盃を傾けていると、どこからか一匹の小さな白蛇が姿を現しました。
政盛から、
「黒姫、白蛇も盃が欲しいようだ。酌をしてやるがよい」
と戯れた様子で促されたので、黒姫は恐れることもなく白蛇の前に杯を差し出しました。
白蛇は、盃の酒を飲み干すと、しばらく黒姫の顔をじっと見つめた後、その場から姿を消しました。
その夜、黒姫のもとに狩衣を着た小姓が現れ、
「私は昼間に姫君から盃をいただいた者です。どうか、あなた様を妻に迎えたい」
と言いました。
小姓の言葉に黒姫は戸惑いながらも、その気高く美しい姿に、姫も心を惹かれました。
「そのようなことは、父のところへお話しください」
と黒姫が答えると、
「では、後日あらためて伺います」
と小姓は言い残し、そして自分がここに来た証として鏡を置いて姿を消しました。
数日後、小姓は政盛のもとを訪ね、黒姫を嫁にもらいたいと申し入れました。
小姓の物腰は柔らかく非の打ち所がありませんでした。
政盛から見ても立派な青年だったので、小姓に政盛が身元をたずねると、
「私は志賀山の大沼池の主の黒龍です。花見の宴で姫君に盃をいただいてから、姫君のことがどうしても忘れられないのです」
さらに小姓は続けて、
「姫君をさらって行くことはたやすいことですが、それは道理に反するので、こうして伺いました。黒姫をぜひ妻としてお迎えしたい」
とお願いしました。
驚いた政盛は、
「人間ではないものに黒姫を嫁がせるわけにはいかない」
と断り小姓を追い返しました。
それから毎日のように小姓は城を訪ねて政盛に同じ願いを繰り返しました。
しかし、政盛も大事な黒姫を龍の化身に嫁がせるわけにはいかず、小姓の申し出を断り続けました。
小姓が訪れるようになってから百日、政盛は一計を案じ、
「私が馬に乗り城の周りを二十一周するので、その後を遅れずについてくることができれば黒姫をやろう」
と小姓に試練を課すことにしました。
翌日、政盛が馬に乗り城の周りを走り始めると小姓は自らの脚で城の周りを走りました。しかし、さすがに人の姿では追いつくことができず、ついに黒龍の姿に戻って政盛の後を追いかけました。
すると、各所に逆植えに刀が備えられており、地を這う黒龍はこの刀によって見るも無惨に切り裂かれました。
これは政盛の計略でした。
それでも黒龍は怯むことなく、死に物狂いで約束の二十一周を走り終えました。
そこで、
「約束どおり黒姫を」
と願う黒龍に対し、政盛はせせら笑って、
「龍の化身が姫を嫁にするなど、身の程を知れ」
と言って、手下の者たちに斬り掛からせました。
この仕打ちに黒龍は激怒し、
「湯の山四十八池の水を落とそう」
と叫び、傷ついた体で鴨ヶ嶽の頂上へと昇っていきました。
その途端、辺り一面には激しい嵐が訪れました。
容赦なく大雨は続き、ついには洪水となって村を襲いました。
何の因果もない村人たちが水に飲まれる様子を見て黒姫は、
「黒龍は約束を守ったではありませんか。これでは黒龍がかわいそうです」
と小姓に酷い仕打ちをした政盛を責めました。
そして、黒龍に向かって嵐を鎮めるよう叫び、いつかの日に黒龍が置いていった鏡を高く投げ上げ黒龍の心を鎮めようとしました。
すると黒龍が姿を現し、黒姫を背に乗せると天に駆け上がりました。
黒姫は洪水で荒れ果てた村を見て、
「約束を破ったのは父ですが、なぜ罪もない民を」
と黒龍を責めました。
黒姫の優しい心に触れた黒龍は、荒れ狂う自分の心を鎮め、
「お許しください。人間に裏切られた時、我を忘れて怒りに身を任せました」
と涙を流しながら黒姫に許しを乞いました。
こうして黒龍は大沼池を捨て、鏡に導かれるままに新しい山の池へと移り住み、黒姫と一緒に暮らすことになりました。
これより、その山は黒姫山と呼ばれるようになり、山の池には今でも黒龍と黒姫が幸せに暮らしているといいます。
解説
『大沼池の黒竜』は、「黒姫伝説」として日本中で広く知られています。
この物語は他にも、龍蛇の化身と結ばれることに苦しむ黒姫が自害する「大蛇になった黒姫」や、水害に苦しむ民を救うために黒姫が龍蛇を退治する「黒姫物語」、さらには黒姫自身が龍蛇になってしまう「黒姫様と七つ池」など、さまざまな内容の物語が伝わりますが、すべてに共通して、地元領主の娘が黒姫で、その姫に恋をした龍蛇との悲恋に関しての物語となっています。
それは、それだけ人々が、この黒姫山に思いを馳せてきたということの表われではないでしょうか。脈々と続いてきた黒姫山と共にある里の暮らしがあったからでしょう。
つまり、数多くの伝説が生まれたのは、人と山との密接な関係があったからということです。
それから、原作・脚本・監督が宮崎駿で平成13年(2001年)に劇場公開されたスタジオジブリの長編アニメーション映画『千と千尋の神隠し』には続編が存在するとの噂があって、それは『水の帰り道』という題名なのですが、実はそのお話は「黒姫伝説」がもとになっていると言われています。
感想
この黒姫と黒龍を題材とした『大沼池の黒竜』ほど、人々を惹きつけ、その時代の彩りを帯び、現在も生き続ける民話は他に存在しないと思います。
「黒姫伝説」として日本中で広く知られる物語は、黒龍と表現された自然災害と人々の戦いという確かな現実が、黒姫という悲劇の主人公を得ることで、悲恋物語としての魅力もあわせ持つ民話です。
黒姫山は木々の深い緑に包まれた山です。日本海からの海風を受けて、すぐに霧に包まれる神秘的な山です。山を隠し流れる雲を見ていると、不思議と龍を連想します。
この自然と人々の物語への願いがなくならないかぎり、『大沼池の黒竜』は、永遠に語り継がれ、生き続けることでしょう。
まんが日本昔ばなし
『大沼池の黒竜』
放送日: 昭和51年(1976年)05月22日
放送回: 第0057話(第0033回放送 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 水沢わたる
文芸: 沖島勲
美術: 山守正一
作画: スタジオアロー
典型: 黒姫伝説・異類婚姻譚・龍蛇譚・蛇聟入譚
地域: 中部地方(長野県)
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『大沼池の黒竜』は「DVD-BOX第10集 第48巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『大沼池の黒竜』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
「黒姫伝説」としても知られる『大沼池の黒竜』の主人公の黒龍と黒姫は、今も黒姫山に遊び、暮らします。そんな伝説の黒姫山を、これからも里の人々は見上げて暮らしていくことでしょう。ぜひ触れてみてください!