
乳は切れても木は切れない
乳は切れても木は切れない
『山んばの嫁さん』は、人間が抱く「楽をしたい」という願望が、時に予想外の結果を招くことを教えると共に、人間と異界の存在との関わりを描いたお話です。
今回は、『山んばの嫁さん』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『山んばの嫁さん』は、『くわずにょうぼう』や『山姥と桶屋』とも呼ばれ、日本の中部地方に属する福井県の若狭地方に位置する遠敷郡上中町新道(現在の三方上中郡若狭町新道)に伝わるお話です。
『山んばの嫁さん』は、貧しい男が「飯を食わずに働いてくれる嫁が欲しい」と願うと、「飯を食わなくても生きていける」と言う不思議な女との奇妙な出会いからお話が始まります。
そして、女の驚くべき正体の発覚と、男の命がけの逃走劇へと展開する劇的でスリリングな結末に至るお話です。
また、お話の中に登場する「乳は切れても木は切れない」という印象的なフレーズは、危機的状況でのユーモアと知恵を象徴しており、欲や好奇心の危険性や機転の重要性といった教訓性を際立たせています。
『山んばの嫁さん』は、昭和52年(1977年)8月にテレビアニメ『まんが日本昔ばなし』でアニメ化され、視聴者の心に強い印象を残しました。
奇妙な山姥の姿は、アニメよりも原話を読むことで深みを増し、福井県の民話の奥深さに魅了されます。
『山んばの嫁さん』 を読めば、家族やお友達と「そんなバカな!」と笑い合いながら、昔話の魔法に浸れること間違いありません。
さあ山姥の不思議なお話があなたを待っています!
あらすじ
むかしむかし、若狭国の遠敷の山奥に、貧しい木こりの男が暮らしていました。
男は、毎日、山へ出かけて木を切り、それを町で売って生計を立てていましたが、稼ぎはわずかで、独り身の生活は寂しく、貧しさから抜け出せずにいました。
ある日、男はいつものように山で木を切っていました。
男は疲れていたので、
「飯を食わずに働いてくれる嫁がいたらなぁ~」
とため息まじりに呟きました。
この何気ない一言が、後に不思議な出来事を引き寄せるきっかけとなります。
その日の夕方、男が家に帰ると、見知らぬ女が家の前に立っていました。
女は美しく、穏やかな声で、
「おまえさんが飯を食わずに働いてくれる嫁が欲しいと言ったのを聞いて、山から出てきました。私は飯を食わずとも生きていけます。どうか、私を嫁にしてください」
と男に頼みました。
男は驚きながらも、貧しいことから、米を分け与える余裕はなかったので、飯を食べないという条件は非常に魅力的でした。
また、男は美しく穏やかな女にも心を惹かれたので、
「本当に飯を食わなくていいのか」
と尋ねると、
「はい、食べなくても大丈夫です」
と女は答えました。
半信半疑ながらも、女の優しそうな態度に心を動かされ、男は女を家に迎え入れ、夫婦として暮らすことにしました。
女は働き者で、力強く山仕事や家事を手伝いました。
それなのに、男との約束通り、女は一切の飯を食べませんでした。
女は一切の飯を食べないにもかかわらず、畑を耕し、木を切り、重い荷物を運ぶので、男は驚くほど楽になり、暮らしはみるみる豊かになりました。
村人たちも
「なんて働き者の嫁だろう」
と感心し、男も幸せを感じるようになりました。
しかし、男の心には、
「本当に何も食べずに生きられるのか?何か秘密があるのではないか?」
と次第に疑問が芽生え始めました。
ある日、男は、仕事に出かけるふりをして、こっそり家に戻り、女の様子を覗いてみることにしました。
すると、女は台所に隠していた米櫃を開け、大量の飯を炊き、幾つもの握り飯を作りました。
そして、女が束ねていた髪をほどくと、頭のてっぺんに大きな口が現れました。
その口へ、女は握り飯を次から次へと放り込んでいきました。
すっかり握り飯を食べ終わると、元通りに髪を束ねて、元の美しくて穏やかな女に戻ったのでした。
その様子を見て、怖くなった男は、
「こいつは山姥だったか!早く追い出さなければ!」
と男は思いました。
そして、夜、仕事から帰ったふりをした男は、
「お前はうちの女房には向かない。なんでもやるから出て行ってくれ」
と女に言いました。
「それなら出て行きますので、里に帰る前に、どうか大きな桶をひとつこしらえてください」
と女は男に言いました。
女が、意外にも男の申し出をあっさり受け入れたので、
「桶ならお安い御用だ」
と言って、男は女のために大きな桶を作りました。
すると山姥の女は、出来上がった大きな桶に男を入れると、その桶をかついで山へ向かいました。
男は、なんとか桶から逃げ出そうと試みましたが、なかなか出ることができませんでした。
しばらくすると、山姥は山道で木に寄り掛かって休みました。
大きな木の枝が頭上に見えたので、男はその枝に飛びついて、なんとか桶から抜け出すことができました。
そうとは知らず、ひと休みを終えた山姥は、空っぽの桶を担いで、さらに山奥へズンズン進んでいきました。
里に帰ると、山姥は、みんなで男を食べるため、山姥は子どもたちを呼びました。
しかし、山姥が桶を開けると、中は空っぽでした。
男が逃げたことに気づいた山姥は、
「お前を食ってやる!」
と叫び、怒りながら凄まじい勢いでもと来た道を戻り、男を追いかけました。
山姥が戻って来たことに気づいた男は、必死に逃げましたが、
「このままでは追いつかれてしまう」
と思い、近くの大きな木に登って身を隠しました。
木の上にいる男を見つけた山姥は、鋭い爪で木を切り倒そうとしましたが、木は頑丈でなかなか倒れませんでした。
すると、山姥は自分の大きな乳を取り出すと、その乳を振り回し、木を切ろうと、まるで斧のようして乳を木にぶつけ始めました。
男は恐怖の中から咄嗟に、
「乳は切れても木は切れない!乳は切れても木は切れない!」
と何度も唱えました。
すると、不思議なことに、山姥の乳がブチッと千切れ、どこかへ吹っ飛んでいきました。
山姥は、
「痛いよー!」
と泣き叫びながら山奥へと逃げていきました。
男の命は助かりました。
家に戻った男は、米櫃を見ると、中はすっかり空っぽになっていました。
それでも、山姥が働いてくれたおかげで、米の蓄えが少し残っており、男はその後もなんとか暮らすことができました。
そして、男は、あの不思議な嫁との日々を思い出すたび、
「飯を食わずに働くなんて、そんな都合のいい話はないものだ」
と苦笑いするのでした。
解説
土偶は、縄文時代に作られた、土製の人形です。
乳房や臀部が誇張されていることから、土偶のほとんどは女性像であるとされています。
そして、土偶は、生命を育む女性の神秘と力を表現し、呪術や祭祀の道具として豊穣や出産を祈るために用いられたと考えられています。
土偶として表現した、有難い女性の姿を、ただ土偶によって表しただけではなく、色々な形式の土器によっても、表現していたのではないかと考えられています。
縄文時代中期頃に作られ、煮炊きの用具と考えられている「深鉢」と呼ばれる型の土器の中には、土器の口縁部に土偶の顔とよく似た人の顔を表した飾りが付けられたものがあります。
この深鉢は、「顔面把手付深鉢型土器」と呼ばれています。
さて、『山んばの嫁さん』に登場する山姥は、頭の天辺に大きな口を持っていて、そこから大量の食物を、あっという間に身体の中に呑み込んでしまうことが語られています。
顔面把手付深鉢型土器と呼ばれる深鉢形土器は、考えようによっては、天辺に大きく開いた口を持っていて、そこから大量の食物などを土器の体内に入れていたと捉えることもできます。
まさに顔面把手付深鉢型土器は、『山んばの嫁さん』に登場する山姥とピッタリ合致しているのではないでしょうか。
また、『山んばの嫁さん』に登場する山姥は、巨大な乳房を持ち、その乳房を使って木を切ろうとします。
山姥の乳房に絶大な力があると考えられていた点でも、縄文時代の土偶や土器と明らかに符合するところが見られます。
先にも述べたように、縄文時代の土偶は、乳房や臀部が誇張されて作られ、「母神的女神」として崇められていました。
つまり、縄文時代中期頃に、すでに日本で崇められていた母神的女神が、民間では山姥という不気味な妖怪に変化し、民話として人々の間で口伝えに脈々と継承されてきたと言っても良いでしょう。

感想
『山んばの嫁さん』は、その奇妙でユーモラスなストーリーの展開に心を掴まれ、読む者は一気に物語の世界へと引き込まれます。
それは、「飯を食わずに働いてくれる嫁が欲しい」という貧しい男の素朴な願いが、「飯を食わなくても生きていける」という異界の山姥との出会いに繋がり、最後は恐怖と笑いが交錯する展開だからでしょう。
特に、クライマックスの「乳は切れても木は切れない」というフレーズは、危機的状況での男の機転が光る瞬間には心が躍ります。
山姥の乳が切れるという奇抜な内容は、怖さの中にも思わず笑ってしまうユーモアがあり、昔話ならではの自由な想像力に感動します。
この『山んばの嫁さん』は、福井県若狭地方の山深い風土や暮らしを背景に生まれ、貧しさや欲、好奇心の危険性を教えています。
そして、男が女の正体が山姥であると知ったことで、男が命の危機に瀕する展開は、まさに「知らぬが仏」と「知るが煩悩」という対をなした“ことわざ”を伝える普遍的なテーマもあります。
現代を生きる人々にも、「楽を求める心」や「軽率な行動」への戒めとして響きます。
それでいて、山姥が巨大な握り飯を食べる場面や乳で木を切ろうとする姿は、どこか愛嬌があり、恐怖と親しみやすさが絶妙に共存しています。
福井県若狭地方の風土や暮らしが反映された民話なので、地域の歴史や先人の知恵を感じる貴重な機会であり、奇抜で自由な想像力に満ちた昔話は、現代の忙しい日常に癒しと驚きをもたらします。
子どもから大人まで、読んだ誰もが驚きと笑いに包まれるので、読み聞かせや語り合いに最適であり、家族の会話が弾むお話が『山んばの嫁さん』であると思います。
まんが日本昔ばなし
『山んばの嫁さん』
放送日: 昭和52年(1977年)08月20日
放送回: 第0157話(0097 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 『若狭・越前の民話 第1集 ([新版]日本の民話 44)』 杉原丈夫/石崎直義 (未來社)
演出: 小林三男
文芸: 沖島勲
美術: 仔羊館
作画: 石黒篤
典型: 異類婚姻譚・逃竄譚・怪異譚・山姥譚
地域: 中部地方(福井県)
最後に
今回は、『山んばの嫁さん』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
『山んばの嫁さん』は、「楽な話には裏がある」という教訓を示した内容であるのに、「乳は切れても木は切れない」というユーモラスな結末は、一度読めば忘れられない強烈な印象を残します。ぜひ触れてみてください!