「困っている人を助ける」という、他人に対して無償で与えた行為が、限りない繋がりにより、巡り巡って自分に返ってくる物語が『蛙の恩返し』です。
今回は、『蛙の恩返し』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『蛙の恩返し』は、『蛇婿入り』とも呼ばれ、「蛇が人間の男になって人間の娘に求婚する」という内容を持つ、異類婚姻譚に属する昔話です。
東北地方に属する岩手県・秋田県・福島県、中部地方に属する新潟県・静岡県、近畿地方に属する兵庫県、中国地方に属する鳥取県、四国地方に属する香川県、九州地方に属する長崎県・熊本県など、日本各地に広く類似のお話が残っています。
『蛙の恩返し』は、伝承される地域によって細部に違いはありますが、主な展開は以下のようなものです。
通りがかった男が、蛇に飲み込まれそうになった蛙を助けるため、自分の娘を蛇の嫁にするが、嫁入りする途中、娘はヒョウタンと針で蛇婿を殺す。
また、この『蛙の恩返し』には変形があり、
通りがかった男によって、蛇は蛙を飲み込むことを止める代りに、男の娘の婿になり、男の娘を病気にさせるが、六部の姿になって現れた蛙が蛇を退治する。
という内容です。
あらすじ
むかしむかし、あるところに、お爺さんと美しい三人の娘が仲良く暮らしていました。
ある日、お爺さんが山を歩いていると、蛇が蛙をくわえて、今にも飲み込もうとしていました。
お爺さんは、蛙がかわいそうに思い、蛇に向かって、
「これ、蛇や、その蛙を飲み込まないで助ければ、ワシの娘を嫁にやろう」
と言いました。
蛇はお爺さんの顔をじいっと見た後で、口を開けて蛙をポイっと離しました。
「やあ、蛇よ、聞きわけてくれたのか。ありがとう」
と言って、蛙が逃げるのを見届けてから、お爺さんはその場を立ち去りました。
それから月日が流れた、ある満月の夜、一人の若い侍が、お爺さんの家を訪ねてきました。
若い侍は、
「私はあの時の蛇です。約束通り、嫁を貰いにきました」
とお爺さんに言いました。
「冗談で蛇に言ったのに......取り返しのつかないことになってしまった。急にやって来られても返事のしようがない。今日のところは帰ってくれないか」
とお爺さんは蛇に言って、なんとかその場をとりつくろいましたが、本当に蛇が来るとは思っていなかったお爺さんは、憔悴のあまり寝込んでしまいました。
その日は、しぶしぶ納得して、おとなしく帰った侍でしたが、次の日も、その次の日も、そのまた次の日もお爺さんの家にやってきて、
「どうしても娘を嫁に貰う」
と言って承知しませんでした。
お爺さんは三人の娘を呼んで、
「お前たちの中で、誰か蛇に嫁いでくれる者はおらんか」
と言いました。
三人の娘は驚いて、
「そんなことはできません!」
と言って、その場から逃げてしまいました。
ところが、末娘は戻ってきて、
「蛇にとっては、約束は約束なのでしょう。わかりました。私がお嫁に行きます」
とお爺さんに伝えました。
嫁入り前のある日、末娘のところに、お爺さんから命を助けられた蛙が訪れました。
蛙は、
「巨大なひょうたんと針を千本用意してください」
と末娘に言いました。
蛙に言われたことを、末娘はお爺さんに伝えました。
嫁入りの日、巨大なひょうたんを背負い、千本の針を持った末娘は、お爺さんに送られて蛇のすむ山へ向かいました。
ある池のほとりに着くと、蛇が化けた若い侍が末娘を迎えに現れました。
すると末娘は、
「私を嫁にしたかったら、ひょうたんを沈めて、針をすべて浮かべてみせなさい」
と侍に言い、巨大なひょうたんと千本の針を池に投げ込みました。
侍は、必死に沈む針をすくい上げ、それと同時に、ひょうたんを沈めようとしますが、どうしようもできませんでした。
やがて、侍が怒り出すと、池の水面が激しく波立ち、その波が侍を中心にグルグルと渦巻いて、渦の真ん中にいた侍が大きな蛇となりました。
侍の正体を見て驚いた末娘は、大蛇から逃げようと懸命に走りました。そして、お堂を見つけたので、その中へ逃げ込みました。
末娘がお堂の中にいることを確認した大蛇は、お堂に巻き付いて締め上げました。
お堂が軋み、末娘が、
「もはやこれまでか!?」
と思った時、急に外が静かになりました。
末娘が、お堂の外に出てみると、そこには大勢の蛙がいました。
蛙たちが大蛇の腹を食いちぎって、末娘を助けたのでした。
解説
古代の日本人は、蛇信仰を持っていたため、「蛇」は日本の神話に数多く登場します。
蛇が信仰の対象となったことには、様々な理由が考えられますが、蛇の特殊な生態系が大きく関係しているといわれています。
田畑の害虫であるネズミやカエルなどの生き物を丸呑みにする動物食、牙に備わる毒腺、脱皮という死と再生を繰り返す生態、そして生命力の高さなどが、古代の日本人の中で徐々に蛇を神格化し、信仰の対象としていったのでしょう。
ところが、時代が下るにつれて、人々の認識に変化があらわれ、日本人の蛇信仰の中に、強い畏怖から少しずつ嫌悪が含まれるようになりました。
そして、蛇は、危害を加え、死をもたらす動物として物語に登場するようになり、恐ろしい怨霊としての側面が強調されていきます。
つまり、蛇は、日本人に嫌悪され、畏怖されつつも、忌避されるようになっていったのでした。
『蛙の恩返し』は、蛇に対する日本人の恐れとともに、崇敬の念を抱いていることがよくあらわされたお話です。
感想
「恩」とは、養老4年(720年)に完成した日本最古の勅撰国史『日本書紀』にも見られるように、古くから「恵」という意味と解釈され、「めぐみ」「みうつくしみ」「みいつくしみ」などの読み方がされていました。
そして、「めぐみ」は、「草木が芽ぐむ」などと表現する時の「芽ぐむ」を名詞形にしたとものとされています。
「草木が芽ぐむ」とは、「冬眠していた草木が、春の暖かい陽気に育まれて目覚める」という意味です。
つまり、ある者が他の者に生命を与えたり生命の発展を助けたりすることが、「めぐみを与える」ことであり、「恩を施す」ことです。その逆のことが、「めぐみを受ける」ことであり、「恩を受ける」ことです。
したがって、恩というものが存在するのは、人間と人間との間にだけではなく、森羅万象と呼ばれる天地間に存在する数限りないすべての万物や事象から、私たち人間は広く恩を受けていることになります。
振り向けば お世話になりし 人ばかり
上記の句が示すように、さまざまな恩によって、今の私たちの生命が存在するということです。
『日本書紀』は、養老4年(720年)に成立した日本初の正史です。第四十代の天武天皇の第六皇子である舎人親王が、第四十四代の元正天皇の命によって編纂しました。全三十巻から成り、巻第一と巻第二は神代、他は初代の神武天皇から第四十一代の持統天皇までの国史を収めています。
こちらの『日本書紀 (一)』には、「巻第一:神代上」から「巻第五:第十代の崇神天皇」までが収録されています。
原文は漢文であるため、こちらのシリーズ全五巻では、漢文を日本語として意味がわかるように書き改めた読み下し文が右の頁にあり、その註釈が左の頁にあるという形式なので、楽に読み進めることができます。また、補注が豊富で、原文と資料も掲載されています。ここまで網羅している文庫本は他にはないでしょう。いつ読んでも新しい発見が尽きないため、常にそばに置いておきたい一冊です。
まんが日本昔ばなし
『蛙の恩返し』
放送日: 昭和52年(1977年)05月07日
放送回: 第0135話(0083 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 福富博
文芸: 沖島勲
美術: サキスタジオ
作画: 本木久年
典型: 動物報恩譚・異類婚姻譚・蛇聟譚・龍蛇譚
地域: ある所
『蛙の恩返し』は「DVD-BOX第2集 第6巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『蛙の恩返し』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、古来、日本には、「恩送り」という言葉があります。これは、「恩に報いる、恩返しをする」という意味の言葉です。見返りを求めず、無償の恩を送る、心の通った温かさを感じる、「恩送り」の物語が『蛙の恩返し』です。ぜひ触れてみてください!