ある日、小僧に化けたキツネがお寺にやってきました。和尚さんは、働き者の小僧を大変に気に入り、とても可愛がりました。しかし、キツネには小僧に化けてでもお寺に来る理由がありました——日本には、キツネが登場する昔話が数多くありますが、『空をとんだキツネ』もその一つです。
今回は、『空をとんだキツネ』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『空をとんだキツネ』は、中国地方に属する岡山県の岡山市が舞台のお話といわれています。
キツネは、日本の民話・寓話・伝承・呪術・信仰などにおいて、その主役となっている場合がとても多い動物です。
キツネは化けて、人間を騙したり惑わしたりする狡猾な動物という印象を持ちます。しかし、その一方で、キツネは穀物や農業の神様である稲荷神のお使いという、神聖な動物という印象も持ちます。
それは、古来、日本人が生活の様々な場面でキツネと遭遇していたという表れでしょう。
岡山県は、南は瀬戸内海、北は蒜山高原など自然が豊富でありながら、古くから本州と四国を結ぶ玄関口として多くの人々が行き交い、発展しました。
また、昔話『桃太郎』ゆかりの地である岡山県は、岩手県と同様に、民話の宝庫でもあります。
※尚、現時点では『空をとんだキツネ』に関する絵本は存在しません。
あらすじ
むかしむかし、備中国のある山に、ごんぎつねというキツネがすんでおりました。
ある日、ごんぎつねは、気持ちよさそうに空を飛ぶトンビを眺めながら、
「オイラもトンビみたいに空を飛んでみたいなぁ」
と思いました。
キツネが空を飛ぶには、お寺のお守り札が必要なので、さっそく里のお寺へ向かいました。
ごんぎつねは男の子に化けて、あるお寺を訪ねました。
「和尚さん、私をこのお寺で働かせてくださいませ」
と頼みました。
「飯炊きや掃除はできるか」
と和尚さんに言われたので、
「はい、なんでもいたします」
と答えました。
「よかろう。寺にいた働き者の飯炊きが辞めてしまい、ひとりで困っておったところだ。今日からここで働くがいい」
と和尚さんは言い、男の子を小僧としてお寺で使うことにしました。
あくる朝、目を覚ました和尚さんが、
「小僧や、小僧や」
と言って小僧を呼ぶと、
「おはようございます。和尚さん、何のご用でございますか」
と言って小僧がやってきました。
「小僧や、今朝は豆腐の味噌汁をこしらえてくれ」
「はい、それならもうできております」
「なに、もうできておるのか。なかなかよく気が利くのう」
和尚さんは、不思議に思いながら、味噌汁を一口吸ってみました。
「ほう、味付けもなかなかいいじゃないか」
と和尚さんは言って、すっかり感心してしまいました。
昼時になり、また和尚さんが、
「小僧や、小僧や」
と言って小僧を呼ぶと、
「和尚さん、何のご用でございますか」
と言って小僧がやってきました。
「昼には、こんにゃくの白和えをこしらえてくれ」
「はい、それならもうできております」
「なに、もうできておるのか」
小僧がよく気が利くので、和尚さんは、また驚いたのでした。
日が暮れる頃になって、またまた和尚さんが、
「小僧や、小僧や」
と言って小僧を呼ぶと、
「和尚さん、何のご用でございますか」
と言って小僧がやってきました。
「晩には、裏の畑のホウレンソウを使って、おひたしをこしらえてくれ」
「はい、それならもうできております」
「なに、もうできておるのか」
和尚さんは、またまた驚いて、
「お前は本当によく気が利く小僧じゃ。そのおかげで、ワシはいつも欲しいものが食べることができるよ」
と言って、献立を先読みして食事の準備する小僧のことを、すっかり気に入ってしまいました。
ある日、檀家から法事を頼まれたので、
「小僧や、今日は法事があるので、ちょっ出かけてくるから、しっかり留守を頼んだよ」
と和尚さんは小僧に言いつけて、ひとりで出かけていきました。
法事が終わると、和尚さんは、急いでお寺に帰ってきて、
「小僧や、小僧や」
と呼びましたが、小僧からの返事はありません。
「小僧や、小僧や」
と大声で呼びながら、あっちこっちを和尚さんが探し回ると、囲炉裏の方から
「ガー、ゴー、ガー、ゴー」
ともの凄く大きないびきが聞こえてきました。
和尚さんが覗いてみると、そこには疲れて眠るキツネがおりました。
「不思議な小僧と思っていたが、このキツネが化けた姿だったのか」
と思った和尚さんは、その晩は何も言わず、そっと寝かしておきました。
翌朝、和尚さんの部屋に小僧がやってきて、
「和尚さんに正体がばれてしまったので、今日限りでお暇を頂きとうございます」
と、きちんと座って頭を下げながら丁寧に言いました。
「分かった。そんなら何のためにこの寺にやってきたんだね」
と小僧に和尚さんが尋ねると、
「はい、このお寺の天井裏にある、不思議なお守り札が欲しくて、やってまいりました」
と答えました。
「そんなもの、どうするんだ」
と和尚さんが尋ねると、
「私は色々なものに化けることができますが、空を飛ぶものにはどうやっても化けることができません。しかし、お守り札があればトンビの様に空を飛ぶことができるのです」
と小僧は答えました。
「よし分かった。今までよく働いてくれたから、そのお礼として、お寺のお守り札をお前にやろう」
と和尚さんが言うと、
「それでは私の気がすみません。お釈迦様の行列をお見せするので、和尚さんを上手に騙すことができたら、お守り札をいただくことにします」
と言った小僧は、くるりととんぼ返りをしました。
すると、あたりの景色が急に変わり、和尚さんの目の前には立派な御殿あり、その庭は桜が咲き乱れていました。
最初に、黄色い衣を着た和尚さまが、しゃなりしゃなりと木の間から出てきました。
そのあと後には、橙色の衣の和尚さまや紫色の衣の和尚さまが、次から次へと大勢続いてやってきました。
そして、行列の最後は、みすぼらしい衣の和尚さまが金色の光をまとって、しゃなりしゃなりとこちらに近づいてきました。
そのあまりの美しい光景に、和尚さんは思わず手を合わせて、
「ああ、このお方がお釈迦様じゃ。もったいないことじゃ。ありがたや、ありがたや」
と言いながら拝んだのでした。
そのとたん、立派な御殿も桜の花もお釈迦様の行列も消えてしまい、元の古寺に戻っていました。
そして、ハッとした和尚さんが顔を上げると、青い空にお札を首から下げた一匹のキツネが、トンビの様に円を描いて嬉しそうに飛んでいる姿が見えたそうです。
解説
人間をはじめとした様々なものに変身するなどして、人間を化かしたり、たぶらかしたりする化け狐は、妖狐とも呼ばれ、日本では狐の妖怪と考えられています。
実は、稲荷神、および稲荷神社を信仰する人々の間では、この妖怪は、神格の違いによって階級があるとされています。
江戸時代末期に儒学者の皆川淇園が書き記した随筆『善庵随筆』によると、上位から天狐、空狐、気狐、野狐の順であるとされています。
天狐
千歳を超えた狐だけがなることができ、千里眼で様々な物事を見透すなどの強力な神通力を持つとされ、神と等しい存在とされます。天狐を天狗と同一のものであるという説もあります。京都の伏見稲荷大社の一ノ峰(上社神蹟)には、小薄という天狐が末広大神(大宮能売大神)として祀られています。
空狐
千歳を超え、天狐に次ぐ神通力を持つとされ、千里を一瞬で飛ぶなど、神通力を自在に操れる狐とされます。気狐の倍の霊力を持っているとされています。
気狐
野狐よりも位が進んだ狐とされ、天狐や空狐に至る前のまだ修行中の狐を指します。稲荷神社での神の使いは気狐とされています。
野狐
人間に対して悪事や悪戯をする狐の総称とされています。妖狐の中では階級が最も低く、何ら神格を持たない狐として扱われます。
妖狐の実体を視覚で捉えることができるのは野狐のみで、気狐より上の階級では姿形がなく、霊的な存在とされています。
感想
『空をとんだキツネ』は、多くの日本の昔話にみられるような、人間がキツネに仕返しをされる訳でもなければ、キツネに人間が仕返しをされる訳でもありません。人間の女性に化けたキツネが、人間の男性と婚姻するお話でもありません。
では、『空をとんだキツネ』は、どのような教訓を伝えようとしているのでしょうか。
化けても空を飛べないという弱点があるキツネが、苦労していても、励んでいれば、いつかは物事が良い方向へと導かれるという内容の『空をとんだキツネ』は、少し特異なお話なのかもしれません。
しかし、前向きに生きるキツネの姿からは、意欲や勇気を与えられます。
もちろん『空をとんだキツネ』のように、簡単に物事が進むことは、現実の世界ではなかなかあり得ません。
それでも、お話に登場するキツネの姿をみていると、苦しいことがほんの少しだけ楽な気持ちになります。
貧しくても、劣っていても、助けてくれる人が必ずどこかにいると思えば、希望を持って生きることができます。
人生には転機や展開があることを知ることが、生き抜くための手段であると諭しているのが、『空をとんだキツネ』と考えられます。
まんが日本昔ばなし
『空をとんだキツネ』
放送日: 昭和51年(1976年)12月11日
放送回: 第0101話(第0062回放送 Bパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 『岡山の民話 ([新版]日本のむかし話 36)』 稲田浩二 (未來社)
演出: 漉田実
文芸: 漉田実
美術: 槻間八郎
作画: 樋口雅一
典型: 霊験譚・狐譚
地域: 中国地方(岡山県)
最後に
今回は、『空をとんだキツネ』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
日本には、キツネが登場する昔話が数多くあります。多くの昔話では、キツネが化けて人間を騙したり惑わしたりする狡猾な動物として描かれています。しかし、『空をとんだキツネ』で描かれたキツネのように、なかには義理堅いキツネもいるようです。ぜひ触れてみてください!