「滅私奉公」という故事があります。これは、「私を捨てて公に尽くす」ことが美徳とされる日本人の精神を意味します。『あとかくしの雪』は、まさにその日本人の精神である“自己犠牲”を主題にしたお話です。
今回は、『あとかくしの雪』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『あとかくしの雪』は、中部地方に属する新潟県や中国地方に属する広島県に伝わる民話とされます。
木下順二の『あとかくしの雪』が小学校国語教科書に採用されたことにより、日本中で広く知られるようになりました。
『あとかくしの雪』は、『お衣替え』と呼ばれる、いわゆる日本各地に多数存在する「空海(弘法大師)伝説」のひとつです。
そして、旧暦の11月23日、つまり冬至の晩に、日本各地で行われる民間行事「大師講」の由来のお話として、庶民の心に、より広く深く浸透しています。
『あとかくしの雪』は、悲しくて、切なくて、残酷なのに美しいお話です。
絵本『あとかくしの雪 (絵本・子どもの世界 19)』は、ポプラ社から出版されています。大川悦生さんによる越後方言で語られる優しい口調の文は、深く心に染み入ります。そして、雄大で色合いが渋い太田大八さんの絵が、とても良い雰囲気で物語を引き立てます。ただ、文と絵が別々に見開きで進む構成になっているため、もしかしたら読み聞かせには不向きな絵本かもしれません。あらすじ
むかしむかし、ある冬の日の夕暮れ、一人の旅人が雪の降り積もった小さな村にやってきました。
旅人は、とぼりとぼり雪の上を歩きながら、一軒一軒訪ねては、
「どうか一晩だけ泊めてください」
と頼んでまわりました。
しかし、どこの誰ともわからない、みすぼらしい旅人を家に泊める者は誰もいませんでした。
しかも、今にも雪が降り出しそうな日で、野宿をするわけにもいきませんでした。
旅人が最後に戸をたたいたのは、村でも一番貧しい家で、お婆さんがひとりきりで住んでいました。
「何もいらないから、どうか一晩だけ泊めてください」
と旅人が頼みこみました。
お婆さんは、自分の食べる物もろくにないくらい貧しいのに、
「ああ、ええとも。オラのとこは貧乏で何もないが、泊まっていってくれ」
とお婆さんは気の毒な旅人を快く家に招きいれました。
「ありがとうございます。泊めていただければ、私は何もいりません」
と言って、旅人はお婆さんの家にあがりました。
旅人を家にあげてはみたものの、なにしろこのお婆さんは、なんともかとも貧乏で、何ひとつ旅人をもてなしてやることができませんでした。
そこで、しかたなく、晩になってから、お婆さんは隣の大きな家の大根畑へ行き、
「今日だけは、許してくだされ」
と手を合わせ、その畑から大根を一本抜き取りました。
雪の上には、お婆さんの足跡がくっきりとついていました。
家に戻ったお婆さんは、盗んできた大根で大根焼きをつくり、旅人に食べさせました。
なにしろ寒い晩だったので、
「うまい、うまい」
と旅人は心からうまそうにしながら、お婆さんのつくった大根焼きを食べました。
翌朝、お婆さんはまだ夜も明けぬうちに旅人を起こし、早々に旅立たせました。
やがて日が昇ると、さらさらと雪は降ってきて、あゆむあとからのように、雪が地面をすっかり隠しました。
お婆さんの足跡も雪がみんな隠してしまいました。
このみすぼらしい旅人は、弘法大師という偉い僧侶で、お婆さんの優しい心を知って、法力で雪を降らせたのでした。
この日が旧暦の11月23日だったことから、今でもその地方では、この日に大根焼きを食べ、またこの日に雪が降れば、赤飯を炊いて祝う家もあるそうです。
解説
日本各地には「弘法大師伝説」が多数存在します。
弘法大師の諡号で知られる空海は、平安時代初期の僧で、真言宗の開祖です。
空海は、最新の仏教である「密教」を学ぶため、遣唐使として唐(現在の中国)へ渡り、密教を学んでから帰国した後、唐で学んできた密教を日本で広めようと日本各地を行脚したといわれます。
そして、弘法大師にまつわる伝説は、北は北海道から南は鹿児島県まで広く分布しており、その数は5000ヶ所以上もあるといわれます。
弘法大師信仰のあるところに弘法大師伝説は生まれ、弘法大師伝説の生まれたところに弘法大師信仰は、より広く深く、庶民の心に浸透していきました。
感想
『あとかくしの雪』ほど、読み終わった後に戸惑ってしまうお話はありません。
それは、「盗み」が美談のように取り上げられているからでしょう。
もう少し掘り下げていうと、「もてなし」という道徳的な価値と「盗み」という反道徳的な価値が混在しているため、道徳性の強いお話となっているからでしょう。
しかし、『あとかくしの雪』が、単に盗みは“良い”か“悪い”かを問うお話ではありません。
なぜなら、確かに盗みという行為は、とても褒められたものではありませんが、そう言い切れない何か大切なことがあるのではないかということに、すぐに気づかされるからです。
それは、お婆さんが単純に盗みを働いたわけではないからです。
葛藤の末「しかたがない」と決心し、お婆さんは盗みを働いたのです。
貧しさ故に、優しさ故に、悪いと知りつつ盗みを働かざるを得なかったのです。
そのすべてを見ていた神様は、盗みという行為のみならず、お婆さんの心までも包み込むように、雪を降らせたのでした。
つまり、盗みを働いたお婆さんの足跡を、雪という自然に宿る神が消したということは、罪を犯したお婆さんの心とその行為に、次元を超越した価値を認めたからに他なりません。
そして、旅人を大切にするという思想を根底におき、旅人とお婆さんのお互いを思いやる心情を描くことで、お婆さんの心と盗みという行為を必然性のあるものにしています。
『あとかくしの雪』が、昔から人々の中で受けとめられ、受け継がれてきたのは、大切な心が、人を育てる心につながっていることを感じるからでしょう。
改めて『あとかくしの雪』は、後世に語り伝える必要がある物語ということを強く感じます。
まんが日本昔ばなし
『あとかくしの雪』
放送日: 昭和51年(1976年)09月04日
放送回: 第0079話(第0048回放送 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 杉田実
文芸: 境のぶひろ
美術: 内田好之
作画: 高橋信也
典型: 自己犠牲譚・弘法大師伝説・由来譚
地域: ある所
『あとかくしの雪』は「DVD-BOX第3集 第14巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『あとかくしの雪』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
日本人にとって最高の美徳は、「自己犠牲」に他なりません。その「自己犠牲」を題材にしたお話が『あとかくしの雪』です。ぜひ触れてみてください!