大晦日の晩、ある貧しい一軒の農家に嫁いできた嫁のところに、新年の幸運と稲の豊かな実りをもたら年神様が現れ、福徳を与えるというお話が『大歳の火』です。
今回は、『大歳の火』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『大歳の火』は『大晦日の火』とも呼ばれ、古くから東北地方に位置する秋田県や山形県、中部地方に位置する石川県や長野県、中国地方に位置する島根県など日本各地で語り継がれている民話の一つです。
同じ題名のお話でありながら、語られる地域によって、いくつかの種類が存在します。しかし、年の暮れに訪れる不思議な来訪者の正体が神様という点と、その来訪者によって最後は貧しかった家族が豊かになるという点は、すべてのお話に共通しています。
あらすじ
むかしむかし、ある村に貧しい一軒の農家がありました。その家には若い夫婦がおり、夫の母親と三人で暮らしておりました。
ある冬のこと、大歳の晩とも呼ばれる大晦日に、まだ嫁いでから間もない若いお嫁さんにお姑さんが言いました。
「これからは、お前さんが囲炉裏の火を絶やさんように気いつけてくだされ。決して絶やしてはならん。囲炉裏の火を消さずに守るのは、女の仕事だ」
「へえ」
と返事はしましたが、お嫁さんの心は不安でいっぱいでした。
こうして、この夜から、村に古くから伝わる「火種を絶やしてはならん」という習わしは、この家のお嫁さんの手に預けられました。
明日は元日という大事な夜ということもあり、若いお嫁さんは、囲炉裏の火種が消えてしまわないかと心配で、寝つかれませんでした。そして、夜中に布団から抜け出し、囲炉裏の灰をかき分けてみると、火はとうに消えていて、火種はもうありませんでした。
「どうしよう」
と困ったお嫁さんは、どこか近所で火種をもらえないかと、外に出てみましたが、隣近所は寝静まっていました。お嫁さんは、よい考えも浮かばず、悲しい思いだけが込み上げ、どこ行くあてもなく真夜中の道を歩き出しました
しばらく闇夜の中を進んでいくと、川のそばで誰かが焚き火をしているのが目にとまりました。
お嫁さんは、
「誰かが火を焚いている。あの火をもらおう」
と思い、闇夜に燃え盛る炎のところに近づいて行きました。
そこでは、恐ろしげな鬼の面に蓑をまとった男たちが、大きな焚き火の周りで踊っていました。お嫁さんは、その男たちに恐る恐る近づき、声をかけてみました。
「火種を分けてもらえませんか」
と尋ねると、その声に気づいた男たちは、踊るのをやめ、一斉にお嫁さんの方を振り向きました。
しばらく、沈黙の時間が続きましたが、やがて男たちは、お嫁さんの困っている様子を見て、
「火種を分けてやろう。その代わり、我らの言うことを聞いてくれないか」
と条件をつけてきました。
「火種がいただけるなら、どんな事でも聞きます」
とお嫁さんが答えると、
「実は仲間の一人が亡くなったので、その遺体を三日間だけ預かってくれないか」
と男たちに言われました。
覚悟を決めたお嫁さんは、
「分かりました。遺体を預からせていただきます」
と火種欲しさにそう答え、気味の悪い遺体を預かることにしました。
そして、重い遺体を引きずりながら、暗い夜道を帰って行きました。
家に帰ったものの、遺体を隠すようなところはありません。仕方がないので、お嫁さんは牛小屋の上の藁置き場の中に遺体を隠しました。
男たちからもらい受けた火種を、囲炉裏に用心深くいけると、お嫁さんはホッとして床につきました。
年が明けた翌朝、みなで雑煮を食べて正月を祝っておりました。しかし、お嫁さんは、旦那さんがしきりに牛小屋の方を気にかけているので、雑煮が喉を通りませんでした。
そして、旦那さんが、
「どうもあそこにおかしな物がある」
と言って、とうとう牛小屋の上を見るため立ち上がりました。
「これは何だ!」
と牛小屋から旦那さんの驚く声が響きました。
お嫁さんはうつむきながら、
「すいません。それは、私が昨晩…」
と訳を話そうと思い顔を上げると、旦那さんが抱えていたものは、人の背丈ほどある大きな金の塊でした。
どういう訳か、一晩で遺体が金の塊に変わっていたのでした。
そして、お嫁さんは、火種を切らしてしまったこと、川のそばで火を焚いていた男たちから火種を分けてもらったこと、そして遺体を預かってきたことまで、昨晩の出来事を正直に話しました。
それを聞いたお姑さんは、
「その方たちは、きっと七福神さんだろう。大晦日の晩に、七福神さんが年越しにやってきたんだ。お前さんの真心をめでて、福を分けてくれたのだろう」
と嬉しそうに言いました。
それから、その家は見違えるように豊かになったそうです。
解説
古来、日本では、囲炉裏で食事をとり、暖をとり、炎が灯りとなっていたので、家族は囲炉裏に集まざるを得ませんでした。
そのため、囲炉裏から、一家団欒や家族の絆が、自然と保たれてきたと思われます。
そして、身分制度が厳しく定められた時代の日本では、囲炉裏には統制を守るため、身分により座る位置が決められていました。これは、囲炉裏があるところに存在した制度なので、武家や公家だけに限らず、商家や農家でも同様でした。
上座にあたる神棚や床の間の側近は「ヨコザ」と呼ばれ、一家の主か、お坊様など身分の高い客人しか座れませんでした。
「キャクザ」と呼ばれる席には、外部の客人が座り、主人との関係が明確に示されていました。
台所に近い側にあたる「カカザ」には主婦が座りました。
「キジリ」や「キジリザ」と呼ばれる場所は、土間側で下座になり、老婆や娘、使用人が座り、薪の補給や火加減の調整を行いました。
家族で囲炉裏に置かれた鍋を囲むことで、食事だけではなく、豊かさも貧しさも全員で分かち合ってきたことでしょう。
その役目を担ってきたのが、実はカカザに座る主婦だったのではと思います。
主婦がカカザから皆の食事を取り分けたことで、その順序や分量などの絶妙なさじ加減が生まれ、そこから家長と呼ばれる一家の主を頂点とした身分制度を家族全員が共有することで、家族の絆、和を保ってきたと考えられます。
感想
『大歳の火』を読むと、「元日に遺体 とは縁起でもない」と思った方もいらっしゃることでしょうが、これは冬になり稲など穀物が枯れ死した後、新しい年を迎え穀物に新しい命が宿る、穀物の霊の死と再生を物語るお話です。
さらに、火は新しい年を迎えるために、むしろ積極的に消されるものです。それが、嫁と姑による「家の火の管理者の交代」という形で表現されています。
つまり、新年からは新しい火が灯され、新しい「カカザ」が就任するという、“世代交代”を象徴した物語なのです。
まんが日本昔ばなし
『大歳の火』
放送日: 昭和52年(1977年)01月02日
放送回: 第0108話(正月特番 Bパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 漉田実
文芸: 漉田実
美術: サキスタジオ
作画: 上口照人
典型: 怪異譚・致富譚
地域: ある所
『大歳の火』は「DVD-BOX第6集 第26巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『大歳の火』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
人は、日常の場で神様と顔を合わせていることはできません。『大歳の火』でも暗闇の中に一つの炎が登場し、神の宿る場所へと誘われます。つまり、神様と対面するには、常日頃から心構えや振る舞いを意識することが大切と物語は説いています。ぜひ触れてみてください!