金の仏像を磨き、ただ自慢するだけの長者と、ただの木切れを仏像に見立て、日々、それを拝む信心深いが貧しい男との“振る舞い”を対比することで、信仰することの大切さを、『木仏長者』は諭しています。
今回は、『木仏長者』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『木仏長者』は『木佛長者』とも呼ばれ、東北地方に属する岩手県上閉伊郡 (現在の岩手県遠野市)に伝承されてきた民話とされますが、同じく東北地方に属する青森県や九州地方に属する大分県にも同じようなお話が存在します。
昭和18年(1943年)に児童文学者の坪田譲治が、『七人の子供』の中で「木佛長者」という題名で紹介したことにより、日本中で広く知られるようになりました。
「神仏を崇めて、その威徳に頼る」ことが「信仰」であり、「神仏の力を心から尊び、そのご加護を願って祈る」ことが「信心」であるということを諭しているお話が『木仏長者』です。
あらすじ
むかしむかし、あるところに一人の貧乏で信心深い男がおりました。その男は、ある長者さまの家に奉公していました。
ところで、その男の奉公先である長者さまの家には、立派な金の仏像さまがありました。
男は、生まれつき信心深い男でしたから、その金の仏像さまを「拝みたい、拝みたい」と、いつも思っていました。
しかし、その金の仏像さまは長者さまの家の仏壇の奥にしまってあって、一年の内に数えるほどしか、拝むことができませんでした。
だから男は、
「一生の内に一度でいいから、あのような立派な仏像さまを、自分の仏壇に置いて、心ゆくまで拝んでみたいものだ」
と思いました。
けれども、自分は奉公するほどの身分ですから、ただただそう考えるばかりでした。
ところで、ある日のこと、男が山へ木を伐りにいくと、ちょうど仏像さまのような形をした木切れが一つ木の下に落ちていました。
男は信心深いので、
「木仏さまじゃ。もったいない、もったいない」
と言って、すぐにその木を拾いあげ、喜んで持ち帰りました。
家では、寝ている部屋の棚の上に木切れの仏像さまを祀って、朝・昼・晩、ご飯をお供えして、拝みました。
ところで、それが本当の仏像さまならいいのですが、なにぶん仏像さまのような木切れでしたから、長者さまをはじめ、他のみんなが、本気で男が拝んでいるのを見ると、もうおかしくてたまりませんでした。
しかし、男は笑われても、からかわれても、毎日毎日、木切れの仏像さまを拝み続けました。
三度のお供えも欠かすことなく続けました。
ところで、長者さまですが、男がとても安い給料でよく働くものですから、こんないい奉公人は、またといないと考えていました。
そして、もし他のところへ奉公するなどと言いはしないかと心配していました。
どうにかして、自分のところでいつまでも安い給料で働かせたいとも考えていました。
それについて、良い考えはないかと頭を悩ませていました。
そんな時、仏像さまの形をした木切れのことが、ふっと頭に浮かんだのでした。
そこで早速、長者さまは貧乏な男を呼んでこさせ、
「お前さんの拝んでいる木の仏像さまと、私の持っている金の仏像さまと、一つ、相撲を取らせてみようではないか。お前さんの木の仏像さまが私の金の仏像さまに負けたら、お前さんは、一生、私のところに奉公しなければならない。その代わり、私の金の仏像さまがお前さんの木の仏像さまに負けたなら、私の持っている財産はみんなお前さんにやろう」
と言いました。
これを聞いて、男は驚きました。自分の持っている木の仏像さまは、毎日毎日、三度のお供えして、拝んではいますが、元々は山の木の下から拾ってきた、ただの木切れなので、とても長者さまの立派な金の仏像さまと相撲の取れるようなものではありませんでした。
男は、じっとうつ向いたまま、どう言ってこれを断ろうかと考え込みながら、木の仏像さまの前へ座り、手を合わせて、
「木の仏像さま、大変な事が起きてしまいました。あなたさまと金の仏像さまが、お相撲をお取りになるのです。どうしましょう」
と言って拝みました。
すると、木の仏像さまが、
「これこれ、騒ぐでない」
と言うので、驚いて男が頭を上げると、
「心配するな。金の仏像さまは強い相手だが、わしは勝負する」
と木の仏像さまが言いました。
男は、その言葉を信じて、木の仏像さまを持って長者さまのところへ戻りました。
かくして、長者さまの家では、世にも珍しい仏像さまの相撲の取り組みがあるとのことで、多くの奉公人が見物に集まり、円く輪になって、相撲の取り組みが始まるのを待っていました。その輪の中には、金の仏像さまと木の仏像さまが向かい合って立っていました。
長者さまが二つの仏像さまに、勝負に負けるとどうなるかを説明し、
「はっけよい、このった!」
とうちわを上げて、相撲の開始の合図をしました。
すると、なんとも不思議なことに、二つの仏像さまはグラグラと動き出し、相撲を取り始めました。
長者さまも男も、ハラハラしながら応援しました。
「金の仏像さま負けるな!」
「木の仏像さま負けるな!」
と見物人も応援しました。
それから、二、三時間も続いた大勝負の末、最初は金の仏像さまが優勢でしたが、そのうちに金の仏像さまは全身から汗をダラダラ流し始めました。
そして、汗だけでなく、あっちへグラグラ、こっちへグラグラとよろめき始めました。
それを見た長者さまは、もう気が気ではなくて、顔もダンダンと青くなり、額に玉のような汗をかきながら、夢中で金の仏像さまの応援をしました。
けれども、木の仏像さまがドンとついたら、金の仏像さまはコロリと転げてしまいました。
そして、疲れ果てて、起きあがる力もありませんでした。
すると、木の仏像さまは金の仏像さまをグングン押して、家の外にまで押し出してしまいました。
それから、木の仏像さまは、今まで金の仏像さまが祀られていた仏壇の上へ上がって、そこに座り込みました。
それを見た男と見物人は、
「ありがたい、ありがたい」
と手を合わせて木の仏像さまを拝みました。
負けた長者さまは、金の仏像さまを抱くと、約束通りに家を出ていきました。
長者さまの家は、その後を継いで、貧乏な男が主人となり、新しい長者さまとなりました。
金の仏像さまを抱いた昔の長者さまは、野原をトボトボと歩いていました。
そして、金の仏像さまに、
「お前さんは、どうしてあんな木切れの仏像さまなんかに負けたのだね」
と尋ねると、
「相手の仏像さまは木切れだが、毎日毎日、供えものにあずかり信心されていました。それなのに、オレは一年に、ほんの二、三度供えものにあずかるだけ。それに、お前さんは信心もしてくれない。力が出ないのは、当たり前ではないか」
と金の仏像さまは悲しそうに泣きながら言いました。
これを聞いた昔の長者さまは、返す言葉がなく、大きなため息をついて、信心の足りなかったことや、つまらない欲を出したことを後悔しました。
しかし、もうどうすることもできませんでした。
ところで、新しい長者さまは、いつまでも信心を忘れず木の仏像さまを拝み続けました。
そして、いつしか「木仏長者」と呼ばれ、村の人たちから慕われ幸せに暮らしたそうです。
解説
「八百萬の神」という言葉があります。
古来より、日本人は、身近な自然物のすべてに神を見出し、感謝と畏れとともに歩んできました。
「八百萬の神」の初見は『古事記』です。
『古事記』は、日本最古の歴史書であり、神道に通じる日本神話が数多く記されています。
そして、日本人の信仰の原点が神道です。
布教されたわけでもなければ、強制されたわけでもないのに、縄文の昔から、山や海や木や岩などに神の存在を感じとり、そこを聖地として、日本人は手を合わせてきました。
大昔、自然界に起こる「天変地異」は、時として人々の命を奪うことさえありました。
だからこそ、神が其処彼処に存在し、人々を見守っていると日本人は考えたのでしょう。
つまり、日本人は他では見られないほど、神に近しい気持ちをもっているということです。
そして、神がいれば自然と手を合わせるという、強い信仰心も持っています。
『木仏長者』は、そんな日本人の心を、ありのままに生き生きと伝えています。
感想
鎌倉時代末期に卜部兼好(吉田兼好)が書いたとされる随筆『徒然草』の第157段に、
外相もし背かざれば、内証必ず熟す。
とあります。
これは、
外見(身なり・振る舞い)をきちんとしておけば、中身(心)もそれに伴って熟す。
という意味です。
将来にわたり、生き抜く力をはぐくむためには、外相を整えることは、とても重要なことです。
「挨拶をする」「整理整頓をする」「時間を守る」「人には親切にする」など、それらが大切な行為であることには理由があります。
だからこそ、まずは自然に行うことができるよう、習慣にしなくてはなりません。
例えば、整理整頓をしないと、「物を探すのに時間がかかる」「物をなくすことがある」「仕事の効率が悪くなる」などが起こる可能性があります。
そのことを頭で理解していたとしても、習慣になっていないと、整理整頓を実践することはなかなか難しいものです。
「自然に挨拶ができる人」や「自然に人に親切にできる人」は、周りから好かれ信頼されます。
外相を整え、習慣化することが、生き抜く力を高めると考えます。
それを繰り返すことが、個人の行動基準を形成することにつながり、判断を迷うような場面でも、より良い選択ができる力となることでしょう。
仏像と見立てた木切れに信心が入ったように、日々、心をいれて良い行いをし、内証がさらに熟すよう努めることが大切ということです。
まんが日本昔ばなし
『木仏長者』
放送日: 昭和52年(1977年)01月01日
放送回: 第0105話(第0065回放送 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 上口照人
文芸: 沖島勲
美術: 槻間八郎
作画: 高橋信也
典型: 霊験譚・致富譚
地域: 九州地方(大分県)
『木仏長者』は「DVD-BOX第7集 第32巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『木仏長者』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
古来、日本人は山や海や木や岩など、身近な自然物のすべて、森羅万象の中に、神を見、仏を感じ、信仰の対象としてきました。それが、木切れの仏像を拝む『木仏長者』につながっています。ぜひ触れてみてください!