一般的には“彦一”と表記される、熊本県八代地方に伝わる『タヌキと彦市』は、全国的に有名な民話です。彦一は、日本における著名な頓智話の主役で、「彦一ばなし」と呼ばれる数多くの頓智話は、現在も人々に愛され語り継がれています。
今回は、『タヌキと彦市』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
熊本県八代地方に伝わる「彦一ばなし」の彦一は、日本を代表する頓智話の主人公ですが、素性に関して謎の部分が多く、空想の人物ではないかといわれています。
ただ一方では、肥後国(現在の熊本県)の熊本藩八代城の城下町の出町に居住していた下級武士で、定職を持たず、農作業や傘職人などをして生計を立てていたともいわれています。
また、出町の光徳寺には彦一の墓があると伝えられています。
「彦一ばなし」の特徴は、町人やお殿様などのお話のみならず、タヌキやキツネなどの動物から河童や天狗などの妖怪まで、素材がとても豊富だということです。
そして、彦一が働かせる頓智は、ズルい者や権力者を懲らしめたりするのではなく、失敗をして彦一が赤っ恥を掻いたり、民衆に笑いを振りまいたりと、『タヌキと彦市』に代表されるように、陽気な彦一の人物像が描かれています。
『ひこいちばなし (むかしむかし絵本 1)』はポプラ社から出版されています。彦一の知恵と大胆さが、大川悦生さんによる肥後の方言の文と箕田源二郎さんによる繊細な絵によって、とても楽しい絵本となっています。「天狗の隠れ蓑」と「河童釣り」が収録されています。あらすじ
むかしむかし、ある村に彦市という頓智の働く男が住んでいました。彦市が住む家の裏山には、いつも人を騙しては悪さをするタヌキが住んでいました。
ある寒い日の夜、タヌキが旅人に化けて彦市の家にやってきました。彦市は旅人がタヌキと分かっていましたが、素知らぬ顔で家に招き入れ、酒などを振る舞ってあげました。
するとタヌキが彦市に、
「この世で一番怖いものは何かね?」
と尋ねるので、
「実は饅頭を見ると恐怖で体が震えるんだよ」
と彦市は真面目な顔をして答えました。
翌日、家の前には饅頭が山ほど積まれて置いてあったので、彦市は嬉しくてたまりませんでしたが、
「こんな恐ろしいことをしたのは誰だ!」
と彦市は怖がるふりをして、母と二人で饅頭をお腹いっぱい食べました。
その様子を見て、タヌキは初めて騙されたと気づきました。
怒ったタヌキは、今度は一晩中かけて、村中の石ころを集めて、それを彦市の畑に投げ込みました。
あくる日の朝、彦市は畑を見てびっくりしましたが、少しも騒がず、わざと大きな声で、
「これは石肥三年と言って、とても良いことだ。これがもし馬の糞だったら大変なことになっていた」
と言いました。
それを聞いたタヌキは「しまった」と思い、畑から石を全部運び出すと、その晩のうちに苦労して馬の糞を集め、今度は馬の糞を彦市の畑にまきました。
次の日の朝、彦市が畑を見ると思った通りになっていたので、
「これはまた困ったことをしてくれたな」
とにっこりしながら言いました。
タヌキのおかげで、馬の糞がなくなり村が美しくなり、そして、その年はタヌキがまいてくれた馬の糞のおかげで、彦市の畑は大豊作となりました。
彦市は騙せないと悔しがるタヌキに、大豊作のお礼にと彦市はタヌキにトウモロコシをあげました。
解説
「彦一ばなし」と呼ばれる彦一にまつわる民話は、八代地方を中心とした熊本県では現在も語り継がれています。
彦一は、熊本県民にはとても親しみのある人物であると同時に、児童文学や戯曲などにも盛んに採り上げられることも多いため、日本を代表する頓智者でもあります。
物語から得られる彦一の人物像は、心の正しい善人であり、年の頃は子どもではなく老人でもない、むしろ働きざかりの青年といった印象で、妻子がいます。
家は長屋に住み、生活の程度は低く、その日暮しとして語られることが多いですが、どんな職業であったのかは、はっきりしません。
大きな体格と紹介され、気やすく、人々の心を和ませることに長けた性格であったようです。
神通力などといったものは持ち合わせていなく、無学であるが智恵や才覚があり、とにかく頓智や機知で窮地を切りぬけることが多いです。
それらは、まさに庶民の願望です。彦一の明るさは、いってみれば庶民の明るさです。だから頓智話が語りつがれ、現在も場を和ませる笑いを提供してくれるのでしょう。
感想
昔話には、時々 人間の力では、とうてい及びもつかないことをやってのける英雄や特別な力を持つ者が登場しますが、『タヌキと彦市』の主人公である彦一(彦市)は、頓智で相手を懲らしめたり、ぎゃふんといわせたりします。
そして、お話を読み終えると、読み手も聞き手もみんな気持ちがスカッとします。
「彦一ばなし」と呼ばれる彦一にまつわる頓智話は、日本の伝統や文化の中で育てられた民衆の“智恵”だと思います。
つまり、彦一は、民話の世界に生きる民衆の希望や願望であったといえるでしょう。
彦一のように智恵をしぼれば、希望や願望は叶うという教訓を伝えているのでしょう。
まんが日本昔ばなし
『タヌキと彦市』
放送日: 昭和51年(1976年)05月29日
放送回: 第0058話(第0034回放送 Aパート)
語り: 市原悦子・(常田富士男)
出典: 表記なし
演出: 水沢わたる
文芸: 沖島勲
美術: 山守正一
作画: 福田皖
典型: 頓智話・彦一噺
地域: 九州地方(熊本県)
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『タヌキと彦市』は「DVD-BOX第9集 第45巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『タヌキと彦市』のあらすじと解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
一般的には彦一と表記される、『タヌキと彦市』の主人公である彦一にまつわる民話の「彦一ばなし」は、権力者を懲らしめるのではなく、民衆に笑いを振り撒く、決して英雄ではない彦一の姿が生き生きと描かれています。児童文学などにも盛んに採り上げられることも多いお話なので、ぜひ触れてみてください!