日本には、樹上の人間を襲うために、群れをなした狼が肩車をするという「千疋狼」と呼ばれる怪異の伝承があります。その千疋狼のお話で最も有名なものが『かじ屋のばばあ』です。
今回は、『かじ屋のばばあ』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介します!
概要
『かじ屋のばばあ』は、四国地方に属する高知県室戸市佐喜浜町に伝わる民話とされます。
そして、お話に「上るに10里、下るに10里」として紹介されている峠は、高知県東部の奈半利町から野根山連山を尾根伝いに東洋町に至る35km余りの歴史と伝説に彩られた野根山街道の装束峠と伝わります。
また、お話にあるような「狼が群れをなして、樹上の人間を襲うために肩車する」という怪異は、「千疋狼」と呼ばれ、日本の説話の類型の一つとされています。
あらすじ
むかしむかし、「上るに10里、下るに10里」といわれるほど、恐ろしい峠がありました。
その峠を越えるには、普通に歩いて丸一日かかるといわれていました。
ある夏の日、一人の飛脚が、お殿様の使いで手紙を運ぶため、恐ろしいといわれている峠を走っていました。
飛脚なので足には自信がありましたが、それでも峠の中ほどまで来た時、日が暮れてしまいました。
森の中で夜を迎えてしまったので、山では何が起こるか分からないから、飛脚は安全のため、大きな木に登り、木の上で一夜を過ごすことにしました。
すると、真夜中になって、木の下に大量の狼が、ゾロゾロと集まってきました。
これが有名な「千匹狼」と呼ばれるものでした。
そして、木の上の飛脚に向かって、一斉に吠えました。
しばらく吠え続けた狼の群れは、それぞれの肩や背に乗り「犬梯子」と呼ばれる肩車を組み飛脚に迫ってきました。
持っていた短刀を抜いた飛脚は、斬って斬って斬りまくって狼の攻撃を防ぎました。
すると狼たちは、
「今日の肴は手強いぞ!どうすればいいかのう?」
と相談を始めました。
そして、
「佐喜浜の鍛冶ヶ嬶さんを呼んでこい」
と一匹の狼が叫びました。
しばらくすると、ヨイサ、ヨイサという駕籠舁の声が聞こえてきました。
「鍛冶ヶ嬶さん、到着いたしました。あの人間を退治してくださいませ」
と木の下から声がするので、飛脚が覗いてみると、
「なぜ人間一人に手を焼いておるのじゃ!犬梯子で攻めろ!」
と言いながら、一匹の白毛で大きな狼が駕籠から降りてきました。
その大きな狼は、どういう訳か、頭に鉄鍋を被っていました。
狼たちが犬梯子と呼ばれる肩車を組むと、大狼はフッフッと息を吐き、のっしのっしと犬梯子を登り、木の上に現れました。そして、飛脚に襲いかかってきました。
飛脚は、負けじと大狼に向かって短刀を振り回した。
カーーーーン!
カーーーーン!
飛脚の短刀は、大狼が被る鍋を叩くばかりでした。
大狼は鍋を上手に使い、飛脚の攻撃をことごとく防いだのでした。
「ぐわっはははは~~っ!」
大狼は、飛脚をバカにしたように大笑いしました。
「それっ~~!」
カーーーーン!
カーーーーン!
飛脚が短刀を振り回しても鍋を叩くばかりだったので、飛脚は短刀で鍋を突き上げ、大狼の頭から鍋を外してしまいました。
「えいっ!」
と叫んだ飛脚は、渾身の力で短刀を振り下ろすし、大狼の頭を斬りつけました。
「ぎゃあああっ!」
という叫び声が響くと、大狼の頭が真っ赤な血に染まっていました。
大狼は頭を傷つけられたので、一目散に逃げていきました。
これを見ていた狼たちも、一斉に逃げ出しました。
こうして飛脚は助かったのでした。
翌朝、飛脚が木から下りてみると、大狼の血らしき跡が地面に点々と落ちていて、それは村里の方へ向かっていました。
“鍛冶ヶ嬶さん”という言葉が、どうにも気になって仕方のなかった飛脚は、血の跡を追って村里に向かって駆け出しました。
血の跡を追って村里に着いた飛脚は、
「この辺りに鍛冶屋はないですか」
と村人に尋ねました。
「その先に鍛冶屋がありますよ」
と村人から教えてもらいました。
鍛冶屋に着いた飛脚は、家の戸を叩くと、中から一人のお爺さんが出てきました。
「私は飛脚です。こちらにお婆さんはいらっしゃいますか」
と飛脚がお爺さんに尋ねると、
「婆さんならいるけど、昨夜、川で鍋を洗っていたら転んで頭を切り、床に臥せっているよ」
とお爺さんは飛脚に言いました。
それを聞いた飛脚は、
「なんだってー!」
と叫ぶや否や短刀を抜いて、お婆さんが寝ている部屋へ向かいました。
驚いたお爺さんが止めに入りますが、飛脚はそれを振り切り、お婆さんの部屋に入ると、
「狼の化け物よ!出て来い!」
と叫びました。
すると、寝ていたお婆さんが、みるみるうちに大狼の姿へと変わっていきました。
「ウチの婆さんが狼に!!!」
と驚いたお爺さんは、そのままそこで腰を抜かして失神してしまいました。
そして、再び飛脚と大狼の激しい戦いが始まりました。
「えい~~~っ!!!」
グサーーーッ!
「うぎゃあああ~~~っ!!!」
大狼が襲い掛かってきたところを、飛脚は持っていた小刀を高く振り上げ、大狼の左肩から右腰骨に向かって斜めに振り下ろしました。
さすがの大狼も、その場にドサっと倒れ、そのまま動きませんでした。
大狼は見事に退治されました。
その後、飛脚はお爺さんと一緒に鍛冶屋の床下を調べてみると、本当のお婆さんをはじめ、多数の人間の骨と思われるものが出てきました。
解説
飛脚が、狼の群れに襲われたところは、野根山街道の装束峠です。
飛脚が登ったとされる大きな木は、お産杉(現在は枯れてなくなってしまいました)と呼ばれるものです。
鍛冶屋の家があった場所は、現在の佐喜浜町派出所辺りといわれ、明治時代まで大狼に襲われて命を落とした鍛冶屋のお婆さんのお墓が残っていたそうです(現在は、佐喜浜町派出所の入口近くに、鍛冶屋のお婆さんの供養塔が立っています)。
感想
『かじ屋のばばあ(鍛冶が嬶)』は、高知県室戸市の佐喜浜に伝わる民話です。
佐喜浜には、現在でも、狼に食い殺されてしまった鍛冶が嬶の供養塔が残っています。
また佐喜浜を訪れた郷土史家の寺石正路によると、明治時代には鍛冶が嬶の墓石もあったとされ、鍛冶屋の子孫も確認できたそうです。そして、鍛冶屋の子孫といわれる人々には必ず逆毛が生えていたと伝わります。
まんが日本昔ばなし
『かじ屋のばばあ』
放送日: 昭和52年(1977年)07月30日
放送回: 第0152話(0094 Aパート)
語り: 常田富士男・(市原悦子)
出典: 表記なし
演出: 小林三男
文芸: 沖島勲
美術: 内田好之
作画: 白梅進
典型: 千疋狼
地域: ある所
『かじ屋のばばあ』は「DVD-BOX第11集 第53巻」で観ることができます。
最後に
今回は、『かじ屋のばばあ』のあらすじと内容解説、感想、おすすめ絵本などをご紹介しました。
狼は、群れを形成し、広い縄張りを持ち、お互いを助け合いながら共同生活を営んでいます。そして、縄張り意識が強いため、群れや縄張りを脅かす可能性があるものを排除しよとする習性があります。そんな狼の習性からきたお話が『かじ屋のばばあ』です。ぜひ触れてみてください!